時空ゲーム

KaZU

第1話

『過去の出来事はすべて、デジタルデータとしてアーカイブされている』


 この発見で、今世紀最高の物理学者と呼ばれるに至った光明寺彰人は、ある日忽然とその姿を消した。


 彼の研究室には、走り書きで次のようなメッセージが残されていた。


「保存される容量には上限がある。我々の歴史を消し去りに来る平行世界の奴らに気をつけろ」



 *



 正確に数えたわけではないけれど、今週、このセリフを言うのは多分10回目くらいだと思う。


「お客様……大変申し訳ないのですが、そちらは規定上禁止されておりまして……」


 んでもって、こちらも正確に数えたわけではないけれど、多分10回くらい耳にした、お客様からの返答がこちらだ。


「ガイドさん、私たちは本物のサムライが戦うところを見に来たのです!」



 本日の俺のアテンド相手は、アメリカからのお客様2名。IT関連の仕事をしているという中年の男性(確か名前はジョン)とそのご夫人と思しき女性(名前は忘れた)だ。


 奥様が若すぎて全然夫婦に見えない点はいったん置いておくとして、ふたりで参加ということは、多分1000万円くらいは支払っているに違いない。


 ほんの数時間のツアーにそんな大金をポンと払えるのだから、まあ超富裕層なのだろう。


 観光業とIPコンテンツが経済の柱であるいまの日本。インバウンド客はとても大切だ。

 リピートしてもらうためにも、できれば希望は叶えてあげたい。


 でもね、ダメなんだって。


 ”規定で禁止されているから” が理由ではない。命にかかわる問題だからだ。


「お客様、もう一度ご説明させていただきますね……」


 俺はふーっと息を吐くと、時空ガイドとしての責務を果たすべく後を続けた。



 *



「いま我々がいるのは、天正10年、西暦1582年6月2日早朝の京都です」


「まさに時代の転換点。いやー、これから起こることを想像しただけでワクワクします」


 ジョンは嬉々とした表情で声を上げた。

 名前は思いっきりアメリカ人って感じなのに、日本の歴史にはかなり精通している様子だ。


「深夜なので見えづらいとは思いますが、この情景。あたかもタイムマシンに乗って、お客様がご要望された時代へ遡ったように感じられるかもしれません」


「前方にわずかに見えるのが本日の舞台ですな」


 彼の興奮は収まらない。

 人形のように静かに、口を開かずにいる女性の方とは全く対照的だ。


 俺は説明を続ける。


「でも実際はそうではありません。我々は6月2日の出来事がデータとして記録されたアーカイブの中に潜り込んでいるだけなのです」


「いやはやまったく現実と区別はつきませんな」


 ジョンはきょろきょろとあたりを見回しては、感嘆の声を上げている。


「我々の歩んできた歴史はデータ上確定しています。ですので我々がこのデータの中でなにをしようとも、ドラマで目にするような歴史改変が起こることはありません」


「全くですか?」


「全くです」


「タイムパラドックスは……」


「もちろん発生しません」


「それなら……」


 その言葉を右手で制し、俺は次のように釘を刺した。


「だからと言って過去の出来事に干渉しても良いかと言うと、そこは別問題なのです」


 なかなか納得してくれないお客様向けのマニュアルに沿って俺は話を続ける。


「まず、データの中に潜っている我々がどういう存在として扱われるかですが……」


「……存在ですか?」


「はい。それをひとことで言うと……”異物”になります」


「……異物?」


「ええ。アーカイブされたデータに本来我々は含まれていません。そこに潜り込んでいるわけですから、異物として扱われてしまうというわけです」


「なんともイヤな感じですな」


「勝手にお邪魔させてもらってるのですから、文句は言えません」


「……なるほど」


「とは言え、すぐに異物として扱われるかというとそうはなりません」


「どういうことです?」


 ジョンは眉をひそめてそう呟いた。


「データはその完全性を図るため、定期的に探索<クロール>を行います。その際に検知されると、異物としての扱いを受けてしまうということです」


 俺はそこまで話すと、ツアー客の手首に装着されるロケーターという装置を指さした。


「ツアー前のご説明でそちらは、お客様の位置を特定するために必要な、いわば命綱に当たるものとご案内しました。でも実はもう1つ、大きな役割を担っています」


 ジョンは腕を左右にひねって四方から装置を眺めている。


「それがデータ偽装です。この装置が機能している限り我々はアーカイブされたデータの一部として巧妙に紛れ込み、検知から逃れることができるというわけです」


「偽装ですか……んっ?……我々はいまどんな姿をしているのです?」


 彼は自分の身体を眺め、続いてパートナーの方に目をやった。

 見た目の話ではないから、もちろん見ただけではわからない。


 さて、いよいよここからが説明の本旨だ。


「先程、データの完全性というお話をしましたが、実は全ての事象がアーカイブされるわけではありません」


「全てではない?」


 訝しげな表情でそう聞き返すジョン。


「はい。分かりやすいように、本日の出来事を例にお話しましょう」


 俺は一本道の向こう100mほど先に、月明かりに照らされうっすらと見える建造物を指し示した。


「あの本能寺でこのあと起こる出来事。それはお客様がおっしゃった通り、まさに歴史における大きな転換点と言えるものです」


 ジョンがその通りだとばかりにうなづくのを待って俺は先を続けた。


「では、その舞台から少し離れたここ、いま我々がいるこの地点はいかがでしょう?」


「……いかがでしょうとは?」


 再びけげんな面持ちになるジョン。


「この場所の情報を克明に記録しておく必要性はあるでしょうか?」


 ジョンは周りを見回すと、こちらが意図したとおりのことを語ってくれた。


「うーん、いやまあ、特段変わったところもない平凡な……」


 喋っていた彼の瞳が一瞬、何かを悟ったかのように輝いた。


「んっ? この家々……木戸、潜戸……」


 周りに見える町の様子を次々と口にするジョン。


「お気づきになられたようですが、いま目に写ったものはただの素材データから生成されたもの。汎用的な背景データの使いまわしです。今日という日の情報が記録されたものではありません」


 理解が追いつかないのか、ジョンは困惑した様子でまだ辺りを見回している。


 長い説明となったがそろそろ終盤だ。

 俺は決め台詞のように次の一言を発した。


「そしてそれは、人においても同様です」


「人も?……」


「このあと午前4時頃に明智の軍勢が寺を取り囲みます。銃声が響き、寺内には火の手が上がります」


「軍勢は約1万3,000人。銃声は明智軍の鉄砲ですな」


 ジョンがそう補足した。


「それを受けて、近隣の住民たちが集まってきます。ただ……その人たちに個性はありません……」


「……個性がない?」


「はい……」


「……それは要するに……そうした人たちはモブデータということですかな……」


 俺は大きくうなづくと、こう締め括った。


「我々はそのモブに偽装しているのです。モブが主役に成り得る者たちに接触すると、それはもうモブではなくなってしまいます。モブはモブのままでいないとマズいのです」


 情報を咀嚼するかのようにジョンはしばらく俯いていたが、顔を上げると、気色ばった様子でこう訊ねてきた。


「もし……そうしたアーカイブされる存在に私が接触したとすると……どうなるのでしょう?」


「モブから昇格し、そして……」


 固唾をのんでジョンは次の言葉を待っていた。


「クロールにひっかかると、異物として感知されます」


「……感知されるとどうなります?」


「歴史は自己防衛のため、データの完全性を脅かす存在として異物を排除しようと動き出します」


「……排除」


「ええ。わかりやすく言えば……歴史が我々を……」


「抹殺しにくるということですか……」


 俺は無言でうなづくと、少し重くなった空気を払うように声のトーンを上げた。


「話を元に戻しましょう!」


 俺は居住いを正した。


「実際に戦っている姿を見たいというご要望は、本当に多くの方からいただきます。ただ、いまお話した理由で禁止事項とさせていただいているわけです。お客様におかれましても、ご了承いただけると幸いなのですがいかがでしょうか?」


 この話をすると皆、行動に制限があることに納得してくれる。まあ中にはすぐに帰りたいという者も出てしまうが、それはそれで仕方がない。


 ジョンの反応はどうだろうか?


「……なるほど……よく理解できました」


 そう答えたジョンはほのかに微笑んでいた。


「ご理解いただけて何よりです」


 良かった。

 納得してくれたようだ。


 と思いたいところだが……。


 なんだろう?

 なんだかとても違和感がある。


 ジョンの様子を観察する。


「!」


 ……その表情は、軽妙なやり取りをしていた頃とは別人のように見えた。


 口元に薄ら笑いを浮かべ、手はわなわなと細かく震えているようにも見える。


「……どうかされましたか?」


「いえいえ、……大丈夫です」


 少し声が浮ついている。


「失礼ながら、そのようには見えませんが……」


 明らかに挙動がおかしい。


「おかげさまで……」


「……はい?」


「……我々の目的を達成できそうです」


「……目的?」


 ジョンは今日一番の笑みを浮かべ俺にそう告げると、続いて女性に向かって目配せをした。


 なんだ?


 その疑問をぶつけるいとまも無く、ジョンはそのまま全速力で本能寺に向かって走り出した。


「ま、待っ!!」


 急いで後を追おうと駆け出した俺の足首を女性が両腕でガッチリと抱え込む。


「うぁ!」


 膝を落とし前のめりに倒れるのを手で支えた。


「……奥さん、なにを?!」


 足元を振り返り女性を見ると、その目は道の先を駆ける夫の姿を捉えているようだった。


 彼女の拘束を振り払い前方を見やる。

 暗がりの中、ジョンがちょうど寺の土塁に行き着き、右手に曲がるのが見えた。


 マズい。


 俺は非常回線を繋いだ。

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