第3話

 男は憎々しい表情をこちらに向け、門番から奪い取った刀を中段に構えた。


 人々がまだ寝静まっている早朝、物音ひとつしない空間に緊張が漂い、空気が張り詰める。


 俺は、腰につけた太刀に手を掛け、鯉口を切り、男との距離を保ったまま対峙した。


 転位者


 平行世界からこの世界線に転位して来た者を、時空管理局ではそう呼んでいる。

 公にはされていないが、現在、複数の世界線からの転位現象が観測されているらしい。


 転位者には1つの特徴がある。

 それはアーカイブにダイブした際にその者のみに発現する特殊能力だ。


 能力はその転位者によって多種多様、中には危険なモノも存在する。

 そのため、転位者に立ち向かう必要が生じた際にはまず、相手の持つ能力へ最大限注意する必要があるのだ。


 ──ジョン、いまこの瞬間、厄介なのはお前の能力、その隠している手札は何なんだ?!



 一陣の風が吹き、足元の砂がふわっと宙に舞い上がった。


「!」


 耳を澄ますと、遠くから微かに地鳴りのような音が聞こる。


 これは……。

 とうとう来たか!


 土埃のような匂いが辺りに漂い始めた。

 地中で何かが蠢くような不気味な音が、徐々にその大きさを増している。


 男の方もこの異変に気づいたようだ。


 突然、大地を揺らす低く長い轟音が鳴り響いた。

 地面が激しく揺れ、眼の前の景色が大きく揺らぐ。


 俺は片膝をつき、倒れ込まないように強く足を踏ん張った。


 この機を利用して間合いを詰め、一気にケリをつけることも考えたが、男も抜かりなく、こちらから片時も目を逸らさない。


 堀の水が波打ち、土塁の上に設けられた棘のある木々がバサバサと音を立てる。


 そして、大トリを務めるように、本能寺の南門の大扉がギギギ──と重く鈍い音を立て、ゆっくりと開き始めた。

 扉の向こうからは、まだ空が暗い時間にもかかわらず、眩い光が漏れ出している。


 寺の中から、小鼓や太鼓の打ち鳴らされる音が流れてきた。続いて、そのリズムに合わせて謡う声が空間を満たしていく。

 まるで俺達を歓迎しているように。


 招かれている先は、どう考えても排除の罠だ。


 俺の説明をあれだけきちんと聞いていたからには、ヤツにだって容易に想像がつくはずだ。

 にもかかわらず、男は迷う素振りすら見せず、待ってましたと言わんばかりに扉の中へと駆け込んでいった。


「ずっと待ってるんだが、なかなか異物として検知してもらえないようでね」


 この場所で相対したとき、ジョンが最初に言ったあの言葉。

 あれは本当のことを言っていたのか?!


 俺は、揺れに足元を取られないように進むと、扉の前で太刀を鞘から抜き放ち、境内へと足を踏み入れた。



 *



 寺の中はまるで異世界のようだった。


 あれだけの激しい揺れが、こちらに入ったとたんピタリと止み、厳かな空気と深い静寂があたりを包み込んでいた。


 上を見上げるとそこに夜空はなく、一面、曼荼羅絵で覆い尽くされていた。


 それらは荘厳な光を放ち、まるで下界を照らし出しているように見える。

 まさに幻想的で美しい空間だ。


 とは言え、そんな感情に浸ってはいられない。

 これもアドミニストレーションの産物なのだ。

 とすれば、そのすべての要素が、我々を排除するための仕掛けと考えておくのが賢明だろう。


 案の定、その予想は的中した。


 ジョンの姿を探して辺りを見回していると、急に、境内を分け隔てなく照らしていた曼荼羅の光の一部が変容した。


 その色が、何かを警告するような真っ赤な色へ切り替わったのだ。

 そしてその光は収束し、ある1点を照らし出した。


 同時に、扉の外に漏れ聞こえていた幽玄な調べが一気に高まり、境内に点在する大小さまざまな居所の扉がバンと音を立てて開いた。


 そこから打楽器のリズムに乗って舞うように、ゆらゆらと身体を左右に揺らしながら、警護の武士たちが数十人姿を現す。


 その瞳はうつろなままだが、目指す方向はみな同じ、収束した光の中心。


 そこにはジョンがひとり佇んでいた。

 その瞳はなぜかジッとこちらを見ている。


 ジョンの元へ武士たちが大挙して迫る。


 スポットライトが ”異物はここですよ” と、ヤツの居場所を照らし続けている。

 まるで狙われた獲物のように逃げ場はない。


 ジョン、転位者としての特殊能力を示すのはココしかないだろう!

 俺はそう思ってしばらく観察を続ける。

 だが、そんな雰囲気は微塵も感じられない。


 戦いには向かない能力なのか?


 どうする?

 このまま見捨てるのか?


 俺は、水神さんから託された使命を考えた。


 そして剣を握り直すと、ジョンに差し迫る武士の集団へ、不本意ながら突き進んでいった。



 *



 ヤツに一番近い集団の前に躍り出た。

 相手方は3人。


 こちらから打って出るよりも、まずは動きを止めることが先決だ。


 俺は剣を下段に構える。


 すると武士たちの動きが一斉に止まった。

 何かに戸惑っているように見える。


 ……そうか。


 スポットライトが当たったのはジョン、ヤツだけだ。

 俺は異物排除、ヘイトの対象にはなっていないということらしい。


 俺は相手の出足を剣先で牽制しつつ、ジョンの方へ目をやった。


「!?」


 どういうつもりだ?


 ヤツは自ら、こちらの次に自身に近い集団へと歩を進めていた。


「おい! そっちへは行くな!!」


 俺はそう叫ぶか、ジョンの耳には届いていないのか、その歩みは止まらない。


 なんなんだ!


 俺は3名の武士に背を向け、あらたな集団へと駆け出した。


 そして次の集団の前でも同じように、俺はその動きを制する──と、


「!」


 ジョンはというと踵を返し、また違う集団へと向かっている。


 ……もしかしてコイツ、ワザとやっているのか!


 このままではキリがない。


 俺は再び相手に背を向けると、今度はジョンに向かって一直線に走った。


 俺の登場で一度動きを止めた集団。

 そして少し離れたところから迫る集団。

 それらが、ちょうどタイミングを合わせたように、ジョンの元へと集まりつつある。


 これはマズい。


 今までと同じように機先を制するのは難しそうだ。


 ひとりの武士がジョンに迫り、刀を上段に構えた。


 俺は間一髪、両者の間に滑り込むと、打ち下ろされる剣を裁く。

 続いて、体勢を崩しスキができた相手の脇に向け、刀を横一閃、鋭く斬りつけた。


 その勢いのまま、今度は自らを中心に円弧を描くように回転し、次の相手を袈裟懸けに斬る。


 次は?!


 周りを見回す。


 ジョンが何度目かの特攻を試みていた。

 俺がヤツを助けるために、相手を斬り倒さざるを得ない位置へと、小賢しく動き回っている。


 否応なく、切った張ったの大立ち回りをする羽目になる。


 にしても、本当に間一髪のところに顔を出す。万が一俺が、相手を仕留め損なったら良くても大怪我だ。そこまでリスクを侵してやることなのか?


 それでなくても、ヤツの片手はヒドい怪我で……。


「!」


 男の腕のキズがすっかり癒えていた。

 そんな短時間に治るような怪我ではなかったはずだ。

 そうか! それでこんな無茶なこともやれるというわけか!!


 ジョンのあの時の言葉が再び脳裏によぎる。


「ずっと待ってるんだが、なかなか異物として検知してもらえないようでね」


 あれは、この俺のことも待っていたということか……。

 狙いはヘイトの受け渡し。


 武士たちの動きが明らかに変わってきていた。

 すっかり、彼らのヘイト先は俺へと移動している。


「さすがはガイドさん。最後まで面倒を見ていただけるとは、感謝の極み」


 自身からヘイトが外れたのを見てとったジョンは、こちらから十分に離れた場所から声を掛けてきた。


「おまえなぁ!」


 もうお客様と呼ぶことはない。


「では、ご武運を!」


 ヤツは一言そう言い放つと、視界の外へと消えていった。


 残された俺の周りを、俺を排除すべき異物と見なした十数名の侍たちが取り囲んでいる。


 今日はヤツに関わったせいで全く碌なことがない。


「ふーーーっ」


 ……仕方がない。

 少し本気を出すか。


 俺は右手で刀を一度頭上に掲げ、風を切り裂くように一気に下へ振り下ろした。

 そして、左手を軽く前に伸ばし、指を大きく広げ、全神経を集中させた。

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