5.シェリアザード、冒険者になる






 あの婚約解消から一年


 十六歳になったシェリアザードは冒険者になった。


 本来であればシェリアザードはアーヴェルと結婚していたのだが、婚約者が男爵令嬢と浮気していた事に加えて王女を焼き殺そうという事件があったのだから現在独身。


 仮にシェリアザードが結婚したいと望んだとしても、王女と釣り合いが取れる身分に加えて年頃の男性は婚約者が居るから見つからなかったという事もある。


 次男や三男といった跡取りでない立場にある高位貴族子息、子爵家、男爵家、平民であればシェリアザードと同年代の男性が居るのだが、二十一世紀と違って彼等が王族と結婚だなんて許されるはずがない。


 仮に王女を妻に迎える事が出来る他国の王族や高位貴族の当主、或いは子息がいたとしても何かしらの問題───例えば酒に溺れている、賭けに狂っている、女遊びが派手、祖父と言っても差し支えのない老人という感じで結婚相手としては地雷でしかないだろう。


 生涯独身である可能性があるシェリアザードも結婚したいと思っている男性が居る。


 レオンハルトという王国騎士だ。


 彼はオーウェン公爵家の四男で家を継ぐ長男ではない。


 そのレオンハルトが貴族として名を残したいのであればどこかの貴族に婿入りするしかないだろし、趣味であるドールハウス作りで生きていくなら平民になるしかないだろう。


 立場もあやふやなレオンハルトをラウロが一国の王女の結婚相手として認めるはずがないのだ。


(それに──・・・もしかしたら、お父様とお母様は相手側の有責で婚約解消だったとしても傷物となった私を厄介と思っているのかも知れないのよね~)


 シェリアザードの両親である国王と王后も次女の結婚は諦めたと言えばいいのか───嫁き遅れとなったら神殿に入れてもいいやと思っていそうな雰囲気なのだ。


「姫様、結婚できなかったら本当に神殿の巫女になるのですか?」


「ええ。考えてみたら巫女になれば結婚しなくてもいいもの。私には相応しい道かも知れないわ」


 でも、ブランシェット様をはじめとする同志との楽しい語らいの一時を捨ててまで神殿の巫女になるなんて今の私には出来ないわね


「そうですね~。姫様は男同士の恋愛本を楽しんでいますし、何よりブランシェット様が主催する【男同士の恋愛本愛好会】の一員ですから。どう考えても煩悩塗れの姫様が神殿の巫女なんて無理ですよ!」


「ステファニー・・・仮にも主である私に対して毒を吐くわね」


 まぁ、シェリアザードが腐女子で煩悩塗れなのは事実だから本人も否定しなかったりする。


「神殿の巫女になるのは最終手段であって、今年とか来年の話ではないわ。実はね、ステファニー・・・」


 私、冒険者になろうと思っているの


「何で!?」


「私は弱い。誰よりも弱い・・・。本当の意味での強さを手に入れたいの」


「素手でオーガを倒せるだけではなく、水の上でも普通に歩いたり走ったり出来る姫様が弱かったら、大抵の者は弱いですよ?」


 自分で言うのもなんだけど思うが、神の元で修行とラクシャーサに師事していただけあって自分の身は自分で護れるくらいに強くなっているとシェリアザードは思っている。


 それに世間一般では戦闘に不向きで農業系と建築系だと思われている土魔法と木魔法で戦う事も、一応剣も扱えるが〇ルモンド家に憧れて得物にした鞭で戦う事だって出来る。


(でも・・・私の心は弱い)


 ユースティアの時に負ったトラウマを克服していない。


 そんなシェリアザードがトカゲ野郎と対峙したら──・・・?


 精神的な強さを手に入れるにはユースティアの時に体験した恐怖以上の恐怖を克服する事だとシェリアザードは思っているのだが、どうすればいいのか分からないでいる。


 死と隣り合わせの冒険者になれば・・・トカゲ野郎に対する恐怖を克服できるのではないか?


 この理屈に根拠はない。だけど、今のシェリアザードにはその方法しか思い浮かばないのだ。


「という訳で・・・お父様とお母様に冒険者になると報告してくるわ」


「姫様!?」


 冒険者になりたい事を父王ラウロと母后ティティス伝える。


「「シェリー・・・」」


 一国の王女が冒険者になる事に反対で両親は頭を抱えていたが、危険を伴う依頼を受ける時はラクシャーサかレオンハルトを護衛に、お目付け役としてステファニーを置く事と王都・グロリオサにある、ラウロとティティス目線では王族が住むには小さ過ぎる屋敷(但し、二度目の人生で庶民感覚を得たシェリアザードから見れば使用人を含めて十人前後住めるレベルの広い屋敷)を拠点にして活動する事を条件に許可を貰った。


 国王と命令が下ったのか、シェリアザードの元にレオンハルトが馳せ参じた。


「シェリアザード王女。貴女は私の心を救って下さった。今後は私が貴女だけの盾となり、騎士となり御身を護りましょう──・・・」


 ラウロとティティスの粋な計らいに心の中で感謝しつつも、自分と行動を共にするという事は密かに想いを寄せているレオンハルトを復讐に巻き込んでしまう形になる。


 だがレオンハルトの純粋な厚意を無に出来ないシェリアザードは、自分の騎士になる事を誓った男の言葉を受け入れる。







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