ボッチの魔王と不可解な集団
前書き
神社の石段を降りると、そこはすでに祭りの熱気に包まれていた。色とりどりの提灯、屋台の賑わい、そしてその中心に立つ、精悍な顔つきの的屋たち。彼らとの再会は、黒木万桜の奇抜なアイデアを、一気に現実へと引き戻す起爆剤となる。
万桜は、的屋たちのネットワークと、彼らが持つ情報を利用し、前代未聞の「神仏再習合のスーパー盆踊り」を計画。その突飛な発想は、的屋たちに「魔王アントワネット」という新たな二つ名を与える。彼は、祭りの客寄せから、物品の輸送、さらには町の有力者である白井勇希の父親までを巻き込む、壮大なビジョンを語り始める。
そして、その「魔王」の暴走を前に、勇希は、自身の使命感を胸に、関係者たちへ緊急連絡を打つ。彼女の言葉は、この祭りが、単なる地域イベントではなく、町全体を揺るがす一大事件となることを予感させた。
これは、天才的な発想力を持つ男と、三人の個性的な女性、そして豪快な男たちが織りなす、青春と知性と、そして友情の物語。彼らの計画は、常識と非常識の境界線を軽々と超え、町の未来を、そして彼ら自身の運命を、大きく変えようとしていた。
★★★★★★
社務所での白熱した議論と、奇妙な結託が成立した居間を後に、五人は麓へと続く石段を降り始めた。山の空気は、わずかではあるが、先ほどよりも生ぬるく、そして賑やかな音を帯びていた。鳥の声は遠ざかり、代わりに聞こえてくるのは、ざわめく人々の声や、祭りの屋台から漂う香ばしい匂いだ。石段の苔むした緑は次第に減り、アスファルトの道が見え隠れするようになる。まるで、神聖な領域から、一気に俗世へと引き戻されるかのようだった。
麓に辿り着くと、そこはすでに祭りの熱気に包まれていた。色とりどりの提灯が軒先に揺れ、金魚すくいの水槽が光を反射し、かき氷の冷気が一帯に漂う。子供たちの歓声と、大人たちの談笑が混じり合い、祭りの活気が五感を刺激する。彼らは、喧騒の渦の中にある、
その門が、ゆっくりと内側から開く。そして、その開いた空間から現れたのは、一際異彩を放つ男たちだった。彼らは、祭りの賑わいとは一線を画す、どこか厳かで、しかし活気に満ちた空気を纏っている。顔つきは精悍で、眼光は鋭い。がっしりとした体躯に、使い込まれた作務衣のような素朴な着こなしが多い。彼らはこの祭りの伝統を支える、歴戦の的屋たちだった。彼らの周囲だけが、まるで時間が凝縮されたかのように、張り詰めた空気を醸し出していた。
彼らは、五人組の姿を認めると、一斉に視線を向けた。その眼差しは、
「おお、若。ご到着か」
低い声が、響いた。それは、決して威圧的ではないが、確かな重みと敬意を含んでいた。
「ああ、親方たち、今年も世話になる」
親方と呼ばれた男の視線が、
「おや、
恭しく、そしてどこか慈しむような響きを持つその言葉に、
「
そんな
「ヤダ、恐い。目が恐い。声が恐い。ヤダ、恐い。目が恐い。声が恐い。ヤダ、恐い……」
そんな
「濃いなぁ~、相変わらず」
そんな
「ちょっ、魔王! あんたの
「「「辛辣?」」」
彼らの言葉には、自分たちの顔が「恐い」と言われたことへの、戸惑いと、わずかな反論が混じり合っていた。彼らは、その顔つきが職業柄、ある種の「迫力」を持つことは自覚しているが、それを「恐い顔」と
「ったく、おまえら…。特に福元。おまえは直球すぎんだよ。もう少し、オブラートに包んでやれ」
彼は、呆れと親愛を込めた視線を友人たちに向けると、すぐに顔を的屋の親方へと向けた。彼の表情は一転して真剣になり、その目には、この祭りを円滑に進める「若」としての責任感が宿っている。
「親方、少し、尋ねたいことがあるんだが」
「なんだ、若。言ってみな」
親方の言葉に、
「あの…大量の吸水ポリマーの、在庫処分に困っている町工場や、その流通に詳しい者に、心当たりはないだろうか? あと、大量の塩化マグネシウムとか、天然ゴムの廃棄物も探してるんだが」
「吸水ポリマー、ねぇ…。塩化マグネシウムに、天然ゴムの廃棄物だと? 一体、何に使うんだ? まさか、あの黒き魔王さまが、また奇妙なもんでも思いついたのか?」
親方は、懐から使い込まれた扇子を取り出すと、それを広げながら、ニヤリと笑った。その目には、すべてを見通すかのような、鋭い光が宿っている。
「氷嚢でも作るんか?」
親方の言葉に、
「えっ、親方、なんでわかったの? 伊達に長く生きてねえな」
親方を含め、的屋の男たちは、
「しかしよ、若。お前さんも、随分と貫禄がついてきたじゃねぇか。パッと見、俺たちとタメか、それより上に見えるぜ」
男の言葉に、周囲の的屋たちも、ドッと笑いを漏らした。彼らの笑い声は、祭り慣れした者特有の、腹の底から響くような、豪快なものだった。
「うるせえ、オッサン! とっくに年上にしか見えねえくせに!」
そのやり取りを、
「(…対象人物、祭谷結。推定年齢19歳。しかし、その外見から推測される年齢は、彼の言動から判断される対象人物たちと近接している……いや、むしろ、彼らが示す年齢よりも、対象人物の方が視覚的に上回っていると、私のデータは示唆している。この情報と、彼らが『タメ』であるという言動は、論理的に矛盾する。これは、どのような『場の論理』によって成立しているのか! 非合理的な現象を前に、私のアルゴリズムが機能不全に陥っている。)」
「…年齢データの整合性が、取れません。この言動は、論理的に矛盾しています」
「全部、声に出てるからな
的屋たちが、
そんな喧騒の中、
「聞けぇいオッサンたち! 儲け話だ! この吸水ポリマーってやつを使えば、祭りの客寄せと、的屋の売上も、全部まとめて爆上げできるぜ!」
「おい、いま俺も『たち』に…」
「「うっさいオッサン」」
そんな
「ドンマイ。これも、その…うん。慰める言葉が見当たらない。ごめん。なんかごめん」
その光景に、的屋の男たちは再び豪快な笑い声を上げた。彼らにとって、この若者たちのやり取りは、祭りの賑わいに花を添える、愉快な出し物の一つだった。
「でだ、その儲け話ってのが、祭のことなんだが」
「山の中腹にさ、古びた寺があるだろ? かつて、この神社と習合してたって話の。あそこを使って、大規模な祭を打つ。ここ数十年で一番でかい、ってくらいにな。ただの祭りじゃねえ。人が集まる仕掛けも、いくつも考えてる」
「ほう…」
親方は、興味深げに頷いた。彼の目は、
「で、そのかつての寺だが、今はどうなっている? 使える場所なのか? 周囲の状況は? 何か、知っていることがあれば教えてほしい」
「ああ、あの寺か。そりゃあ、詳しいさ」
親方の口元に、自信に満ちた笑みが浮かんだ。彼の言葉には、この「儲け話」に、自分たちも深く関われるという確かな予感と、そしてそれが「黒き魔王」の仕業であるがゆえの、大きな利益への確信が込められていた。親方は続ける。
「たしかに、昔ほど参拝客は多くねえが、墓があるからな。墓参りする者がいる限り、あそこが廃れることはねえんだよ。住職もちゃんといるし、手入れも行き届いてる。むしろ、静かで広いから、そういう祭りにはもってこいかもしれねえな」
的屋たちの間で、具体的な計画の匂いを嗅ぎ取ったかのように、ざわめきが広がった。彼らの目には、既に新しい商売のビジョンが映っているようだった。
「知り合いだってんなら口をきいてくれオッサンズ。神仏再習合のスーパー盆踊りを開祭する!」
その
沈黙を破ったのは、的屋の若衆の一人だった。彼は、長年の経験からくる実務的な視点で、即座に最も大きな問題を指摘した。
「いや、あそこ車入れねえぜ?」
山の中腹にある、墓地を抱える古びた寺。そこへ大規模な祭りの資材や機材を運び込むとなれば、車両の乗り入れは必須だ。しかし、道の狭さや地形を考えれば、それは不可能に近かった。
しかし、
「車が駄目なら、舟で曳けばいいじゃない?」
「「「魔王アントワネット?」」」
その奇妙な二つ名が、彼らの間で瞬時に共有された。彼らは、
「おい、そこの
「おいそこの
そして、
「
「ボッチにサブリナ。大学行くぞ、川に山登らせんぞ」
彼の言葉は、
「
「(父さん、善さん、
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