黒き魔王の魂の叫び
前書き
それは、保冷剤のゲルが導く、新たな創造の物語だった。
黒木万桜が、保冷剤のゲルと結束バンドで作り上げたミニチュア模型は、彼の奇想天外な「ロープウェイ計画」を具現化する第一歩だった。しかし、その模型が持つ視覚的な特徴は、福元莉那、茅野舞桜、そして白井勇希の三人に、それぞれ異なる、そしてどこかユーモラスな連想を呼び起こさせる。
彼女たちの奔放な言葉は、万桜の創造的な思考をかき乱し、彼の計画を一時的に「猥褻物陳列」の危機へと追いやる。しかし、この一連のやり取りこそが、彼の天才的な発想をさらに研ぎ澄ませ、「舟」という概念すらも超越し、新たなアイデアへと結びつける。
そんな奇妙な研究会に、北野爽大学長が差し入れを持って現れる。彼の口から語られたのは、十年前の冬に起こった、信源郷町を揺るがした「雪輸送計画」の真相だった。それは、万桜の無邪気な一言が、周囲の大人たちを巻き込み、奇跡を現実のものとした、驚くべき物語だった。
この物語は、過去と現在が交錯し、万桜の天才が、ただの偶然ではなく、周囲の人々を巻き込む強大な「力」であることを示唆する。そして、彼の「魔王」としての片鱗が、再び顕現しようとしていた。
★★★★★★
大学の敷地に入り、研究棟へと続く並木道を歩いていると、前から颯爽と歩いてくる人影が見えた。凛とした姿勢で、風になびく茶髪。その特徴的な立ち姿に、
「
「…置いてくとか酷いと思う…」
「白井さんは、学外者なので研究室への立ち入りはできません」
「ごめん
「ふ、
許可証取得済みを突きつけ「どやぁ」とした。
ぐぬぬとする
「「三人乗りのガッコってなんだよ? ねえよそんな乗りもん」」
突っ込む
そもそも、向かった先は、
★★★★★★
研究室のテーブルには、使い古された保冷剤の山が積まれていた。その冷気を失った袋は、くたびれた表情で、これから始まる奇妙な実験を待ちわびているかのようだった。
彼は、無造作にハサミを手にすると、保冷剤の袋に躊躇なく刃を入れた。シャク、と鈍い音がして、透明な袋の口が開く。中から現れたのは、半透明でとろりとしたゲル状の物質だ。それは、まるで宇宙の未知の生命体のような、不思議な光沢を放っていた。
「これで、まずは水嚢の材料はオッケー!」
「うわぁ、プルプルだねぇ。食べられそう」
「腹壊すぞ」
「食うか」
次に
「さてと、次は芯だな」
彼はその作業を黙々と繰り返した。一本、また一本と、細長いミニチュア水嚢が作られていく。それぞれの水嚢は、不揃いながらも、
その光景を、
「よし、これを板に植えるぞ!」
そして、
やがて、板の上には、結束バンドを芯にしたミニチュア水嚢の列が完成した。それは、まさに
「どうだ、これなら、摩擦が極限まで減らせるはずだ!」
しかし、
「待てよ…このシステム、獣害の危険があるな」
彼は、独りごとのように呟いた。山の中腹という立地を考えると、当然の懸念だ。吸水ポリマーの水嚢は、動物たちにとって、何らかの興味の対象となり、あるいは食料と誤認される可能性も否定できない。鋭い爪や牙で食い千切られれば、システムはあっという間に機能不全に陥るだろう。
「シートで覆えばいいのか」
そうと決まれば、実験あるのみだ。
その様子を覗き込んでいた
「ワレメだね」
「せめて裂け目と言え! 乙女!」
「鞘ね」
「鞘だな」
二人の言葉を聞いた
「てめえら、それラテン語にすんじゃねえぞ!?」
「「「ヴァ」」」
乙女たちは、
「やめんか! 痴女ども!」
しかし、
「くそっ、この猥褻物陳列は回避しないと…!」
彼は、誰にともなく呟いた。模型の川に浮かべた舟の軌跡、そしてそこから連想される言葉の数々。このままでは、せっかくの革新的なシステムが、あらぬ誤解を生みかねない。
「そうだ! 舟底を、いくつものソリの歯を履かせるように改良するんだ!」
彼は、閃いた。舟の底に、平行に並んだ複数の細い板状の「ソリの歯」を取り付ける。これならば、水嚢の列を覆い隠すことができ、同時に接触面をさらに減らす効果も期待できる。
模型の舟に、早速、薄い板を並べて貼り付けていく。見た目は、まるで複数の細長いキールが並んだようだ。
「これでどうだ!」
だが、
「ていうか、舟でなくてもいいじゃない?」
その言葉は、まさに「魔王アントワネット」の再来だった。彼の頭の中では、もはや「舟」という概念すらも、このシステムの可能性を限定する枷でしかなかったのだ。ソリの歯状の底面を持つ、新たな運搬体が、彼の脳内に浮かび上がった。
その瞬間、
「パンツのシワみたい」
「風呂上がりのな」
「風呂上がりのね」
「恥じらい! 恥じらい置き忘れちゃダメ! 絶対!」
しかし、その「シワ」という言葉が、
「シワ…! そうか、シワだ!」
彼は、目を輝かせた。シワ、つまり「たるみ」だ。舟が上り坂を進む際、もしその底面にたるみがあれば、後退する力に対して抵抗力を生むことができるのではないか?
「よし! このシワを即座に張る仕掛けを設定するんだ! これが張力の役目を果たして、舟の後退を防ぐ役目を担う!」
「おおっ!」
彼は驚きの声を上げた。これならば、舟が坂を上る際の、次の動作への移行もスムーズになるだろう。ある程度進んだところでシワを張ることで、舟体全体が安定し、推進力を持続させる。
そして、その舟の動きと、シワが戻る様子を見ていた
「わかった! これ、無数の水嚢の位置も戻すアイデアに繋がるんじゃない? 舟が進んだら、その下の水嚢も自動的に元の位置に戻るようにすればいいのよ! そうすれば、常に新しい水嚢の列の上を舟が滑っていくことになる!」
「あたし天才?」
しかし、
「「痴女だけどな」」
まさかの切り捨て。
「いや、おまえら全員そこへなおれ!」
★★★★★★
研究室(休憩室)のテーブルには、
「よし、いくぞ!」
「おおっ!」
「だろ? このアイデア、いけるぜ!」
その時だった。
休憩室の扉が、ゆっくりと開いた。ヒヤリとした冷気が、熱気を帯びた実験の場へと流れ込む。現れたのは、
「やあ、君たち。ずいぶん熱心だね」
「頑張っている君たちに、差し入れだよ。冷たいものでも食べて、水分補給しないと熱中症になるからね」
「
失礼を言いかける
「そんなわけないだろう
呆れる
「差し入れ、ありがとうございます。
ペコリとお辞儀し、
そこに
「黒木、学長は夏休みでもお仕事があるわ。研究とか、論文の執筆、学会の準備もあるし、大学の運営に関する会議なんかも。特に学長ともなれば、一年中ずっと忙しいものよ。私たちの夏休みとは、ちょっと違うわ」
その意味を理解した
「「あざ~す!」」
彼らなりの最敬礼で、学長に感謝の意を表した。
「軽いな~、君らの感謝~。ま、いいけどさ~」
「
学長の温かい言葉に、
「
「これは……なるほど。黒木くん、君はこれを滑落しない雪の道と見立てているのかい?」
学長の言葉は、
「そうですね。そのイメージです。
「ん? 魔王案件?」
「十年前だったかなー。降雪量の少ない
「い、いや、あれは、俺、校庭でカマクラ作っただけだし」
心当たりがあるのか、
「持ってくりゃいいじゃん――子供って無邪気で残酷だよね~」
「き、
「市立
恨み節が加速度的にじとつく。
「えっ、えっとぉ、鳥インフルの影響や、土壌の調査をした偉い学者さんって…」
「はい。私です。奥さんと娘からのお願いを突っぱねる、お父さんは、おりません」
◆◆◆◆◆◆
2008年冬。
彼は、誰に指示されるわけでもなく、ただ思いつくままに、校庭の雪をせっせとかき集め始めた。そして、あっという間に、小さな雪の塊を積み上げ、カマクラの形を作り始めたのだった。
徐々に形になっていくカマクラを見て、生徒たちの間からは「もっと雪があれば、もっと大きいのが作れるのに!」という声が上がった。その会話を耳にしたのか、騒ぎの収拾に乗り出した校長先生こと学長の奥さんと、学長の娘さんこと担任の先生は、もういっそ清々しいまでに諦めた。
その様子を微笑ましく見守って、その輪に入ることにした。他の先生たちも諦めたように合流する。その傍らで、
「持ってくりゃいいじゃん」
奥さんと娘さんは、ふと
「だって山の向こうじゃ、ここより、いっぱい降って困ってんだろ? 貰ってくればいいじゃん」
その言葉は、まるで子供の純粋な思いつきのように、あっけらかんと響いた。
さらに、
「だって、災害じゃん。自衛隊のトラック借りりゃいいじゃん」
その
すでに町中では、珍しい大雪に沸き立ち、「せっかくだから雪祭りを開催しよう!」と大人たちが盛り上がっていた。そんな中、
家に帰ったふたりは、
「お父さん、影響調査! もうみんな止められない…大地がお怒り(怒ってないけど)なのよ」
「無駄じゃよ…
自宅で、二人は
「いや、どこの谷の姫ねえさま?」
学長は、現実的な懸念を口にするが、二人の攻勢は止まらない。
「あなたぁ~、来たわよぉ~
奥さんの言葉に、学長はぐっと詰まった。
「「「
理屈が通らないわけではない。強迫にも近き調査依頼。当時の学長は、
「誰か~、姫ねえさま呼んできてー!」
こうして、学長は奥さんと娘に文字通り拝み倒される形で、この「雪輸送計画」の実現に向けて動き出すことになった。まずは、山の向こうの自治体への影響調査と、自衛隊への非公式な打診。彼の多忙な日常に、新たな「魔王案件」が加わった瞬間だった。
★★★★★★
「おい、
「『
「
「「砕けたなー」」
「黒木の影響でしょ? 白井さん」
「ああ、その通りだ。
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