黒き魔王の登る川
前書き
それは、究極の「味の暴力」が引き起こした、奇想天外なプロポーズと、予期せぬひらめきだった。
祭谷結が振る舞う、常識を超越した「焼きラーメン、オンザピッツァ」。その強烈な美味しさは、冷静沈着な茅野舞桜の理性を破壊し、彼女にまさかのプロポーズを決意させる。その光景は、白井勇希や福元莉那を驚かせ、黒木万桜を呆れさせるが、彼の脳裏には、この「味の暴力」から生まれた新たなアイデアが閃いていた。
それは、ラーメンの麺とブラシを組み合わせた、摩擦低減システムという、彼の奇想天外な発想だった。そして、そのアイデアを巡って、舞桜と勇希は、それぞれの知性と感性で議論を交わし、やがて、万桜の「ロープウェイ計画」を具体的に進めるための、奇妙な「結託」を形成する。
さらに、彼女たちは、些細なゲームの話題から、それぞれの価値観をぶつけ合うヒロイン論争へと発展。そんな女子たちの間で繰り広げられる激論は、次第に、それぞれの内面を浮き彫りにし、この物語のもう一つのテーマを暗示する。
これは、天才的な発想力を持つ男と、個性豊かな女性たちが織りなす、青春と知性と、そして恋の物語。彼らの関係性は、番長の「味の暴力」を通じて、さらに複雑に、そして鮮やかに絡み合っていく。
★★★★★★
居間には、再び女子三人と
その時、厨房から調理の活気ある音が聞こえ始めた。ジュージューと油が跳ねる音、香ばしいソースの匂い、そして肉が焼ける匂いが混じり合い、居間に漂ってくる。期待と、それに混じるかすかな不安が、三人の女性の間に漂う。
やがて、厨房の奥から、
「お、おい、そちらの……えっと、
「苦手な食べ物、あるか? 俺の自信作なんだが、人によっては、ちと強烈かもしれねぇからな。無理に食うこたぁねぇ。遠慮なく言ってくれ」
「いいえ。特に苦手なものはありません。どのようなものでも、美味しくいただきます」
「ハハッ、そいつは気が利くぜ、
「…な、なんだ、あの音…?」
「あの音と香りから察するに、相当なカロリーと旨味の暴力が、これから我々を襲うでしょう」
耐えきれなくなったのは、
「ちょっと! これ、見に行かなきゃ損でしょ!?」
その言葉に、
「う、うるさいわね、サブリナ! しかし、確かに、あれほどの音がするとなれば、ただ事ではない…!」
「ん? あ、やべ、飯だ飯だ!」
彼の脳内では、未完成の「ロープウェイで曳き舟」のビジョンと、目の前の「味の暴力」が、奇妙な形で結びつき始めていた。彼は、子供のように無邪気な笑顔を浮かべると、よろよろと立ち上がり、3人の後を追って厨房へと向かった。
4人が厨房の入口に立つと、
彼は、大きなヘラを両手に持ち、焼きラーメンを熟練の動きで鉄板の上で炒め、焼き上げている。ジュワァァア!という脂の焼ける音、シャカシャカとヘラが鉄板を擦る音、そして香ばしいガーリックの香りが、四人の鼻腔を容赦なく襲う。彼の額には、汗が光っていたが、その表情は真剣そのもの。まるで武道家が型を演じるかのように、無駄のない動きで麺をほぐし、肉と野菜を混ぜ合わせ、ソースを絡めていく。彼の腕の筋肉は隆起し、その手さばきは芸術的ですらあった。
そして、その傍らでは、
石窯の炎は、あっという間にピッツァを焼き上げる。数分も経たないうちに、香ばしい焼き色がつき、チーズがとろけて生地の端がふっくらと膨らむ。
その後、切り分けられたピッツァ一切れ一切れの上に、鉄板で炒められたばかりの熱々の焼きラーメンが惜しげもなく乗せられ、さらにその上には、とろりとした半熟玉子の目玉焼きが慎重にトッピングされていく。最後に、鮮やかな緑のバジルが散らされると、
それは、ただのB級グルメではなく、
「さあ、食え! これが俺の自信作、『
「結婚してください」
「
「
ツッコむ
「この我のものとなれ! 僧侶よ!」
求める
「神主なー? どーした
ツッコむ
「まさかの魔王
呆れる
そして、
その瞬間、彼女の瞳が、わずかに、しかし確かに見開かれた。咀嚼するたびに、豚骨の濃厚な旨味が、香ばしい焼きラーメンと、モチモチとした米粉ピッツァ生地、そしてとろけるチーズと渾然一体となり、口の中で爆発する。ラードと背脂の甘く芳醇な脂が舌を覆い、ガーリックの香りが脳髄を脳髄を直接揺さぶる。半熟の黄身が全てをまろやかに包み込み、最後にバジルの爽やかさが駆け抜ける。
それは、彼女のこれまでの人生において、経験したことのない「情報」の奔流だった。理屈を超えた「快楽」が、彼女の冷静な思考回路をショートさせる。
彼女の口から紡ぎ出された言葉は、社務所の空気を凍りつかせるには十分すぎるほど、静かで、そして重かった。
「名前を変えなさい。
社務所の空気が、完全に静まり返った。
しかし、そんな凍り付いた空気の中、
「あ、自分、婚約者いますんで」
「おまえら、胃袋掴まれすぎー。美味いけど…」
そして、最後の一口を飲み込み、大きく息を吐いた時だった。
彼は満足げに口元を拭うと、皿に残った香ばしい油の膜と、ラーメンの麺の残りを見ていた。豚骨スープの旨味を吸い込み、ラードと背脂で光を放つその一本一本の麺が、まるで生き物のように絡み合い、しかしそれぞれが独立している。油分をまとった麺の表面は、なめらかに輝いている。
その時だった。
彼の脳裏に、何かが見えた。麺のしなやかな形状、互いに絡み合いながらもスムーズに動く様子、そして油分による独特の滑らかさ。それらが、彼の未完成なアイデアと、突如として強烈な形で結びついた。
「
「ブラシあるか?」
彼は、
★★★★★★★
番長から差し出されたのは、使い古された、しかし毛並みの良いブラシだった。番長は相変わらず怪訝な顔をしているが、
「なあ、
「ブラシ? なんに使うんだよ、
「いいから見てろって! これはな、究極の摩擦低減システムなんだよ!」
その様子を、
「これさ、水嚢の形を指の太さほどの形にして、中にブラシのような芯を入れて、坂の上を向かせるイメージなんだよ。言ってみれば、水流が慣性の法則を無視するようにさ。水嚢をブラシのように川底に埋めれば、この技術、実用に足ると思わないか?」
「
「慣性の法則を無視する、とは極端な言い回しですが、このアイデアには複数の物理原理が働くでしょう。水嚢は地面との直接摩擦を軽減し、ブラシ状の芯は進行方向の抵抗を減らし、逆方向には力を生む可能性がある。魚の鱗のような、一方向の構造を思わせますね」
「加えて、水流や水嚢内部の水の動きが、ブラシ状の芯と相互作用し、物体を坂で上らせる推進力、あるいは下らせる抵抗力を生む可能性もあります。川底に埋めるならば、水流そのものよりは、水嚢と芯が移動のための『経路』として機能する、ということになりますね」
「
「例えば、エネルギー効率の問題だ! 慣性の法則に逆らうならば、その上向きの力をどこから得るのか? 水流のみで坂を上る推進力を確保するなど、容易なことではないだろう!」
そして、彼女はさらに続けた。
「そして、構造の耐久性だ! 指ほどの水嚢が、どれほどの重量に耐え、長期間機能し続けるのか? 川底のような過酷な環境で、その維持は困難を極めるだろう! メンテナンスの手間とコストも、決して無視できるものではない!」
「そうなんだよな! でもさ、このアイデア、吸水ポリマーで水嚢を加工するんだよ。ブラシのように無数に埋められた水嚢が、浮力の代わりを担うイメージなんだ! まるで、坂を逆上る川に見立てるんだよ。そこに舟を浮かべて曳けば、少ない力で坂での輸送が可能になるはずだ!」
「なるほど、
「物理的に解釈するならば、吸水ポリマー水嚢は水を吸収し、膨張することで、舟底と坂道の直接摩擦を極力排除する『低摩擦表面』を形成します。また、無数の水嚢が舟の重量を分散させ、部分的な浮力補助をもたらすでしょう」
「その機能は、湿地を渡るかんじきや、エアホッケー盤の原理にも通じます。微細な水分の層が、あたかも上向きの流れを錯覚させ、抵抗の少ない移動を可能にする、という比喩も理解できます」
「待て、
「おお、
「なるほど。舟の接地面へのローラー配置。これもまた、摩擦係数を極限まで排除するための、極めて有効なアプローチと評価できます」
「前述の吸水ポリマー水嚢による低摩擦路面と組み合わせることで、まさに『水嚢で構成された低摩擦の地面』上を、『ローラー付きの舟』が滑らかに進む革新的なシステムが構築されるでしょう。物理原理としては、水嚢が舟の重量を支え、ローラーがその衝撃を緩和しつつ均一な接地圧を保つ。これにより、滑り摩擦が転がり摩擦に変換され、曳引に必要な力が格段に減少します」
「この組み合わせは、理論上、極めて抵抗の少ない移動を可能とします。あたかも、ローラー敷きのベルトコンベア上を、さらにローラーを持つ物体が滑るようなイメージです。摩擦係数の削減において、このローラーのアイデアは強力な効果をもたらすでしょう」
「だろ? このアイデアなら、水の反発から生まれる浮力に極力近いんだ。無数の水嚢が舟を浮かべるイメージなんだよ!」
★★★★★★
「どうだ、
「で、結局、なんの話だ? そのブラシがどうしたって?」
「勿体ねえからやらねえけど、さっきの焼きラーメンが、ブラシの一本一本に刺さって、坂のてっぺん向いてる感じ!」
★★★★★★
「
「さん。くらい付けられないの
「せ、せめて名前で呼んでよぉ~」
「特許は取る。法人名義で」
「ああ、
そう言って、
「スマホ? 持ってるわ」
「世界に繋がらない、あたしらだけの電話だ。魔王さまのお手製だ。要らないならいい」
「要らないなんて言ってないでしょ?」
手を伸ばす
「あたしの名は?」
「
彼女は、正確な姓を口にした。
「さんは?」
また、ぐぬぬぬ、と
「し、
「そっか~。要らないか~」
「
こんなやりとりを経て、二人の間には、奇妙な、しかし強固な「結託」が生まれた。それは、
不意に
「
「ビアンカに決まっている! ビアンカ以外って、サイコパスか?」
「「ふぅ~ヤレヤレだぜ~」」
二人は、そう言いながら、両手を軽く広げて肩をすくめる、お決まりの「ヤレヤレ」の仕草を見せた。その動きには、深いため息が伴っていた。
「な、なんだと?」
「
「うるさい! データだけが全てじゃない! あたしは、苦楽を共にしてきたビアンカの心の強さを信じる!」
「そうだよ、
「デボラはツンデレの極致よ! あの言葉の端々に隠された優しさが、たまらないのよ! それを理解できないなんて、あんたたちには人間の心が足りないわ!」
三人の間で、ヒロイン論争が激化する。それぞれの主張がぶつかり合い、社務所の居間は、まるで白熱した討論会の様相を呈していた。
そんな喧騒の中、
「「結局、みんなデボラじゃん」」
その言葉に、三人の女性は一瞬動きを止め、それぞれの顔を見合わせた。確かに、激論を交わしていたものの、
「
「フローラ。ゲームくれー、お
彼の周りにいる女性陣は、誰も黒髪ではない。淑女でもない。その言葉には、彼のささやかな、しかし切実な願望が込められていた。
「おまえは、ビアンカ派だな~」
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