ボッチの魔王と白い勇者
前書き
それは、予期せぬ再会から始まった、静かなる宣戦布告だった。
東京での日々を終え、故郷の山梨へと戻った白井勇希は、カフェで幼馴染の黒木万桜と、見知らぬ女性、茅野舞桜の姿を目撃する。クールな知性派美女として完璧な装いを纏う舞桜は、万桜の突飛な発想を理解し、その思考を現実へと引き戻す存在であった。それは、これまで万桜を「白い勇者」として導いてきた勇希の、知られざるライバルの登場を意味していた。
そして、この予期せぬ遭遇に、万桜のもう一人の幼馴染、福元莉那も加わり、万桜を巡る三人の女性の間に、目には見えない火花が散り始める。さらに、そこに現れたのは、万桜に神社の再生を依頼する祭谷結。彼らの奇妙な関係は、やがて、誰も想像し得なかった壮大な計画へと発展していく。
これは、天才的な発想力を持つ男と、三人の個性的な女性たち、そして一人の豪快な男が織りなす、青春と知性と、そして友情の物語。それぞれの思惑が交錯する中で、彼らは何を生み出し、何を見出すのか。そして、未来の「ロープウェイ計画」は、この夏、いったいどのような形で幕を開けるのか。
★★★★★★
2018年7月。
東京本郷大学での忙しい日々を終え、束の間の夏休みで山梨に帰省した
実家で荷を解き、一息ついた勇希は、気分転換にと、学生時代からよく訪れていた地元の小さなカフェへと足を向けた。懐かしい木製の扉を開けると、コーヒー豆の香ばしい匂いと、優しいジャズの調べが彼女を包み込む。窓際の席が空いているのを見つけ、そこへ向かおうとした、その時だった。
視界の隅に、見慣れた、しかしどこか見慣れない二つの人影が飛び込んできた。
一つは、日焼けした顔に能天気な笑顔を浮かべる、まさしく
肩までの
(誰だ、あの人…!?)
「
「お、
「こちらは、大学で一緒の
「
(…
その時、
「おお、サブリナー!」
「
「うるさいサブリナ。あたしは、元からこんなんだ」
「へへ、ごめんごめん、
ふたりが席に着き、コーヒーやジュースが運ばれてきた。
「なあ、これどうかな。山奥の村とかって、配送が大変な場所、あるだろ? 電柱の間をロープウェイみたいに繋いで、無人機で荷物を運ぶシステム。ドローンみたいにバッテリー気にしなくていいし、電柱使えばインフラもほとんど要らないんじゃないか? まだ全然アイデア段階なんだけど、ボッチも『面白い』って言ってくれてさ」
隣でその様子を見ていた
「ええ。彼の発想は、現状の技術や法規では極めて困難な部分も多いけれど、コンセプトとしては非常に興味深い。特に、過疎地域における物流の課題解決という点では、社会的な意義も大きいわ。現在は、その実現可能性について、基礎的な調査と、法的な制約の検討を行っている段階よ」
「…いずれ、
(…っ! この女…!)
内心の動揺が最高潮に達し、彼女の口調が思わず変わる。
「…なるほど。しかし、
「あー、それなら大丈夫。
「け、ケンカはやめて~。ヤッベ、こいつらなんかピキッてる…」
「
「ねぇ、
「
「な、なぜそれを?」
慄く
「魔王から聞いたって言ったじゃん?」
ツッコム
「「ないわー」」
「う、うるさい!
「
「「ないわー」」
「ねぇ、
「どんなカッコして料理した? 裸エプロン?」
「そ、それは…! あ、あれは、その…!
観念したように、
まるで、精密に計画された作戦を遂行するかのように、
「ふむ。つまり、
「
その事実を改めて突きつけられ、
「うぅぅもう許してください。お願いですからぁ~」
カフェのBGMが、
「やだ、この
「元々、乙女だよぉあたしは~」
と、
「「痴女だけどな」」
★★★★★★
「おい、
「番長ぉ? なにか用か?」
「用がねぇなら、こんな所で声かけっか、アホか。いや、アホだなおまえは…ちげぇよ、深刻な相談があんだ。ちょっとツラ貸せや、
番長の語尾は乱暴だが、その声色にはいつもの軽快さがなく、どこか重苦しい響きが混じっていた。彼は腕組みをしながら、鋭い眼光で
「神社のことで、ちょっと頭抱えててな。おまえさんなら、なにか面白いこと考えつくんじゃねぇかなと思ってよ」
番長はそう切り出すと、普段の豪快な笑みを引っ込め、真剣な表情になった。
「この辺のジジババもな、祭りは好きだけど、もう昔みてぇに大規模なことできねぇって、寂しがってんだ。うちの神社の土地も、使い道なくて荒れてる場所もあんのよ。それ、どうにかできねぇかなって」
彼の視線が、カフェの窓から見える、遠くの山へと向けられた。そこには、彼の実家である
「特に、うちの
「ふっふっふ……番長、いいこと思いついたぜ」
「神社に人が来ねえ? 坂があるからさ。神社の不便さ? それ、ぜーんぶ解決できる最高のアイデアがあるぜ!
番長は眉をひそめた。
「おい、
番長の言葉を、
「いいね。神仏再習合! いいじゃねえか?」
「ロープウェイで曳き舟…いいね番長!」
カフェの喧騒が、一瞬遠ざかった気がした。番長は、その言葉の意味を理解するまで、数秒の時間を要した。そして、その強面の顔に、驚きと、どこか呆れたような、しかし微かな期待の入り混じった表情が浮かんだ。
「……はあ?」
その瞬間だった。
テーブルに着いていた
「…ら、乱暴するのはよして?」
どうやら、紙一重で躱したようだ。万桜は弱々しく悲鳴。
この一連の出来事を、目の前で見ていた
「……ポカン」
と呟いた。その様子は、まるで予期せぬエラーに遭遇した精密機械のようだった。
これは、彼の思いつき的な発想を、現実的なプロジェクトとして機能させるための、言わば「安全装置」だった。今回のハイキックは、その「安全装置」が、万桜が勝手に突っ走ろうとしたことに対する、条件反射的な起動だった。
その白き勇者と女魔法使いサブリナの動きは、次には、まさに暴走しかけた黒き魔王(
「「話せ」」
番長は、二人のまるで鋼鉄の
「お、おっと……」
番長は、強面にも似合わず、しどろもどろになった。リーゼントの頭を軽く揺らし、鋭い眼光は泳ぎ、普段の豪放な態度は鳴りを潜めている。
「「いいから話せ」」
畳みかけるような
「さーせん。
彼の口から出たのは、いつもの「俺」ではなく、完全にギブアップを意味する平謝りの言葉だった。その姿は、まるで悪さを咎められた子供のようにも見え、ギャップが際立つ。莉那と勇希は、そんな番長の様子を満足げに見つめると、互いに視線を交わし、静かに頷いた。プロジェクト始動の号令は、既に下されたのだ。
★★★★★★
蒸し暑い夏の日差しが、まるで熱波を実体化させたかのごとく照りつける中、
先頭を行くのは、Tシャツにハーフパンツという夏らしい軽装の
「……坂に、川を張る……か。いや、水だと流れる……吸水ポリマー? いや、それだと乾く……ならば、膜に包まれた水や空気の層を何重にも……それなら、舟は地面に接触せずに浮力を得る……いや、目的は抵抗の軽減だ……」
「
その時だった。まるで予期せぬエラーを検出した精密機械が、自動的に修正プログラムを起動するかのように、
「ご心配には及びません、
(こ、この女、今、あたしが
彼女の脳裏に、そんな独り言がよぎる。
(この女ッ、ま、
「この魔王はね、いつも頭の中でとんでもないことばかり考えてるのよ、
「
「おいおい、
「魔王のアイデアは、常に常識の向こう側にあるからな。面白いのは確かだね
「坂に川を張るというのは、水の流れを制御するという点で、エネルギー効率の課題が伴うでしょう。もし、吸水ポリマーのようなものを応用するとしたら、水の消費量は抑えられますが、耐久性やメンテナンスの側面で新たな問題が生じる…」
「そうだ。それに、単に水を流すだけでは、流速や深さの均一性を保つのが難しい。輸送手段として安定性を求めるなら、水路の構造自体に工夫が必要になる」
「そうなんだよな……」
「水と空気の層を何重にも重ねた膜で坂道全体を覆うのはどうか。舟を地面に接触させずに浮力を得る……いや、これだけだと浮力は足りない。あくまで抵抗の軽減が目的だ」
「水と空気の層を重ねるという発想は、流体潤滑や空気浮上の原理に通じます。舟の底と路面の間に薄い流体の層を形成することで、固体間の直接的な摩擦を大幅に削減できる可能性はあります」
「だが、何層もの膜が本当に機能するか、その耐久性や、層の間を均一に保つ技術的な課題も大きい。もし破れてしまえば、効果は失われる。ましてや坂道全体を覆うとなると、膨大なコストと手間がかかる」
「そうなんだよな……でも、工夫すれば、少ない力で坂を進むボートが見えたんだ」
やがて、鬱蒼と茂る木々を分け入った山の中腹に、苔むした石段の先に立つ社殿が姿を現した。その姿は、幾世代もの祈りが染み込んだかのように重厚な気配を放ち、訪れる者を静かに、しかし有無を言わせぬ力で圧倒する。山全体が、その悠久の歴史と、目に見えない女神の息吹に満ちているかのようだ。
社殿の脇には、
「到着! さ、上がってくれ。冷たいお茶でも出すよ」
広々とした社務所の居間は、簡素ながらも清掃が行き届き、どこか凛とした空気が漂っていた。中央には大きな座卓が置かれ、その周りには座布団が整然と並べられている。
居間には、冷えた麦茶と、
「いやー、しかし涼しいな、ここ。やっぱ山の上は違うな」
「
「た、確かに、って、どこでも出るわ」
「東京は出ないぞ…せいぜい足長蜂だ…」
「それにしても、
「ああ、ボッチか。こいつは俺の大学の同級生の
「
「おお、ご丁寧に。どうも、どうも」
「なあ、
「ああ~、あれか。なんか地鎮祭で呼ばれたけどな、旦那がクリスチャンだとかでな~。親父が嫌がったから、俺が行ってきたんだ」
「へえ~、神主が神父の格好で地鎮祭? すげーな」
「ま、地鎮祭自体は日本の古くからの慣習だからな。神様は違うが、土地の安全を願うって意味じゃあ、どこも同じだろ。形はどうあれ、気持ちが大事ってやつよ」
「…ていうかさ、クリスチャンの旦那が地鎮祭をそもそも頼むってのが、もうわけわかんないんだけどねー。地方あるあるかな~?」
「まあな。でも、そういうもんだろ、田舎ってのは。揉めるよりゃ、丸く収めた方がいいんだよ」
「あのさー、
「おお、よく覚えてたな、
居間には、再び女子三人と
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