2話 好きすぎて幻覚症状?



 今日のステージは、最初から熱気がすごかった。


「ラリロリカルさいこーっ!!」

「ララさまーっ!」

「リリちゃーん!」

「ロロたーん!」


 スポットライトに照らされて、客席がサイリウムの海みたいに揺れていた。

 ボクたち──ララ、リリ、ロロの三人で活動してるアイドルユニット・ラリロリカル。

 この間、公式アカウントで出した配信曲がプチバズしてから、お客さんの数がぐんと増えた。


「最後まで盛り上がっていこうね〜っ!」


 センターで声を張るララの笑顔がまぶしい。

 ボクは振り付けを頭の中でなぞりながら、ステージの端へ動く。フリルの袖が舞い、髪飾りが軽く揺れた。


 ──ターン。


 いつもどおりの振り返り。決め角度で目線を客席に走らせる。


 そのときだった。


(え……)


 視界の隅に、見慣れた輪郭が一瞬、引っかかった。


 髪を後ろで一つに束ねて、落ち着いたベージュのコート。

 切れ長の目に小顔の輪郭。冷静な中に柔らかさを宿した雰囲気。

 ……まるで、キャリアウーマンの雑誌から出てきたみたいな大人の女性。


(あれ……生半先生……!?)


 いや、でもこんな場所に来るはずが──。


 次の瞬間、ダンスの流れで目線が外れ、もう一度そこを見たときには──


 誰もいなかった。


 客席のざわめきとライトの反射にかき消されるように、その姿はどこにも見当たらない。


(……気のせい……?)


 胸の奥がきゅうっと締めつけられる。

 だけどステージの上で立ち止まるわけにはいかない。

 ボクは強引に笑顔を貼りつけて、また振り付けに戻った。





 ライブが終わって、楽屋に戻った頃には、メイクが汗で少し浮いていた。


 着替えもせず、ボクはロッカーの前に腰を下ろして、冷えたペットボトルを両手で握りしめる。

 すっかり喉がカラカラなのに、中身はまだ半分も飲めてない。けど、蓋を開けたり閉めたりしてばかりだった。


(……好きすぎて幻覚見たとか、ないよね……)


 顔が自然とほころぶのが、怖かった。

 頬の筋肉が緩んだら、心の内側まで崩れそうな気がした。


 そこに、シャツの袖をまくったララちゃんが水を飲みながら近づいてきた。


 いわゆる“メスガキ”キャラで売っており、人をからかう癖があるけど、人の内心を見抜く目だけはやたら鋭く、仕切りもMCも完璧な頼れるリーダー的存在だ。


 そのララちゃんの口元が、次第にニヤニヤと歪んでいく。


「ロロぴ〜。ねえ、今日さあ……恋する乙女の顔だったんですけど? ね? なんかいた? 好きな人とか来てた?」


「なっ……!」


 ペットボトルを落としかけて、慌てて両手で握り直す。


(なんでそんなピンポイントに突っ込んでくるのララちゃん!??)


 動揺しているボクの前に、今度はソファに座っていたリリが、猫のように滑らかな動きで近づいてきた。


 リリちゃんは対照的におとなしく、あまり表情を変えない子で、どこか浮世離れした雰囲気を纏っている。

 口数は少ないけど、独特の間合いと柔らかい声色で、ファンからは“ラリロリの癒し”として人気を集めている。


 リリちゃんが、ソファから身体をすっと滑らせて、ボクの真横にピタッと密着してきた。


「ロロの視線がどこにあったか……気になる」


 ひゃ、と情けない声が喉奥で跳ねた。


 近い、近い近い近い! 

 上目遣いで寄り添うリリちゃんの柔らかい髪が肩に触れて、膝が当たって、体温がじわりと伝わってくる。


(ま、まずい……さすがにこれは……ていうか、こんなに密着されたら──さすがに、バレるかも……!)


 実際は男なんだから、女の子に密着されて反応するなってほうが無理だ。普段は意識しないようにしてるのに、これだけくっつくかれると逆に意識しすぎて頭が熱い。焦りと照れがごちゃ混ぜになって、喉がカラカラに乾いていく。


 ──そのとき。パシャッと突然鳴ったシャッター音に、ボクもリリちゃんもびくっとなった。


「……ララちゃん!?」


 振り返ると、スマホを構えたララちゃんが得意げにニヤついている。


「だってさ〜、キスしそうなカップルのイチャイチャみたいだったから、つい撮っちゃった♡」


「カ、カップル!?」


 慌てて立ち上がろうとすると──


「わたしたち、付き合って一年になりました」


 リリちゃんがダブルピースをキメた。あくまでもいつもの無表情で、悪ノリしてるだけなのはわかる。

 でも、どっと変な汗が出てきた。


「いや付き合ってないからっ! リリちゃん変なこと言わないっ!!」


 がばっと立ち上がって、反動で水をこぼしかける。


「と、とにかく! ボク、好きな人なんていないから! アイドルに好きな人なんていないの!」


 言いながらカバンを掴んで立ち上がったものの、扉に手をかける直前で思い出す。


「あっ……ていうか、このあとチェキ会あるじゃん! 忘れてないよね!? ほら行くよ!!」


 慌てて振り向いて言い訳する。

 耳まで熱くて、自分の声が裏返ってるのがわかる。


「さ、先に準備してくるから! それじゃっ!」


 ドアをバタンと閉めて、そそくさと出ていく。自分でもわかる。この背中に伝う冷や汗が二人にもバレている事を。

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