第7話 闇の儀式と、決死の救出

倉庫の窓から中の光景を目の当たりにしたカイトは、言いようのない恐怖と怒りに震えた。檻に入れられた人々、怪しげな祭壇、そして蛇と鎌の刺青を持つ男たち。これは、単なる誘拐や人身売買ではない、もっと邪悪な何かを感じさせた。


(早くリリアに知らせないと…そして、騎士団にも!)

カイトは慎重に窓から離れ、壁を伝って地上へと降りた。そして、息を切らせながらリリアの元へ駆け戻る。

「リリア、大変だ!倉庫の中には…!」

カイトは見たままをリリアに伝えた。リリアの顔は、話を聞くうちにみるみる青ざめていく。


「なんてことだ…儀式? 一体何をしようとしているんだ…」

リリアは信じられないというように呟いた。

「分からない。でも、あの人たちを助けないと!」

カイトの言葉に、リリアは強く頷いた。

「だが、私たち二人だけでは無謀だ。一度城に戻って騎士団に応援を…」

リリアがそう言いかけた時、倉庫の方から甲高い悲鳴が聞こえてきた。続いて、男たちの怒号と、何かが打ち据えられるような鈍い音。


「まずい! 儀式が始まったのかもしれない!」

カイトの顔色が変わる。今から城に戻っていては、手遅れになるかもしれない。

「どうする、カイト!?」

リリアがカイトの判断を仰ぐ。彼女の瞳には、焦りと決意が入り混じっていた。


カイトは一瞬ためらったが、檻の中で怯える人々の顔が脳裏に浮かび、決断した。

「…応援を待っていたら間に合わないかもしれない。俺たちで、できる限り時間を稼ぎ、一人でも多く助け出す!」

「正気か!? 敵の数は多いんだぞ!」

「分かってる! でも、見捨てるわけにはいかない! リリア、力を貸してくれ!」

カイトの真剣な眼差しに、リリアはゴクリと唾を飲んだ。

「…ああ、分かった! やってやろうじゃないか! お前が道を作り、私が斬る!」

二人の間に、再び強い覚悟が生まれた。


作戦はシンプルだ。カイトが【付着】スキルで敵を攪乱し、その隙にリリアが檻の鍵を破壊して人々を解放する。その後、可能な限り多くの人々を連れて脱出する。


「行くぞ!」

カイトは合図と共に、倉庫の扉に向かって駆け出した。

扉の前にいた見張りの男が二人、驚いてカイトに気づく。

「何奴だ!」

男たちが武器を構えるより早く、カイトは地面の砂埃を大量に【付着】させ、男たちの顔面に叩きつけた。

「ぐわっ! 目が!」

視界を奪われた男たちが怯んだ隙に、リリアが疾風のごとく駆け抜け、その剣で二人を打ち据える。


倉庫の中に突入すると、中は騒然となっていた。

祭壇の前では、ローブを纏った中心人物らしき男が、何か呪文のようなものを唱えている。そして、檻の一つから引きずり出された若い女性が、祭壇に縛り付けられようとしていた。

「やめろおおおっ!」

カイトは叫び、手近にあった木箱の破片を、ローブの男の顔に【付着】させた。

「むぐっ!?」

呪文が途切れ、ローブの男が顔を押さえる。

「何事だ! 侵入者だぞ、捕えろ!」

周囲にいた刺青の男たちが、一斉にカイトとリリアに襲いかかってきた。


「リリア、檻を!」

「任せろ!」

リリアは敵の攻撃を巧みにかわしながら、檻へと向かう。

カイトは、四方八方から迫る敵に対して、【付着】スキルを最大限に活用した。

床に油を撒き、そこに敵の足を【付着】させて転倒させる。

敵の武器を持つ手に、ネバネバした樹脂を【付着】させて武器を落とさせる。

天井から埃やクモの巣を【付着】させて視界を悪化させる。

彼のスキルは直接的な殺傷力こそないものの、敵の動きを確実に封じ、混乱を引き起こした。


「こ、こいつ、何なんだ!?」

「魔法か!? いや、違う!」

刺青の男たちは、カイトの奇妙な戦術に翻弄される。

その間に、リリアは檻の鍵を次々と剣で破壊していく。

「皆さん、逃げてください! 外へ!」

解放された人々は、最初は怯えていたが、リリアの力強い声と、カイトが敵を引きつけている姿を見て、勇気を振り絞って逃げ出した。


しかし、敵の数はあまりにも多い。

カイトは連続してスキルを使い続けたため、集中力も体力も限界に近づいていた。

「カハッ…! はぁ…はぁ…!」

息が切れ、足がもつれそうになる。

ローブの男が、顔の破片を取り払い、怒りに満ちた目でカイトを睨みつけた。

「小賢しい虫けらが…! この聖なる儀式の邪魔をするとは許さん!」

ローブの男が手をかざすと、その手から黒い靄のようなものが現れ、カイトに向かって伸びてくる。

「まずい、あれは…!」

カイトは咄嗟に身をかわしたが、黒い靄はカイトの腕を掠めた。

途端に、腕に激痛が走り、力が抜けていくような感覚に襲われる。

「ぐっ…! なんだ、これ…!」


「カイト!」

リリアがカイトの異変に気づき、駆け寄ろうとするが、新たな敵に阻まれる。

ローブの男は、カイトが弱ったのを見て、ニヤリと笑った。

「終わりだ、小僧。我らが『夜蛇の爪団(ナイトサーペント・クロウ)』の秘術の味、とくと味わうがいい!」

男は再び黒い靄を放とうとする。


(ダメだ…避けられない…!)

カイトが覚悟した瞬間。

バンッ!と大きな音を立てて、倉庫の扉が外から蹴破られた。

「そこまでだ、悪党ども! 王国騎士団が来たぞ!」

騎士団長の声が響き渡り、武装した騎士たちが雪崩れ込んできた。

どうやら、カイトたちが倉庫に突入する直前、リリアが機転を利かせて、近くを巡回していた騎士に伝令を頼んでいたのだ。


「ちぃっ! 騎士団だと!?」

ローブの男は舌打ちし、形勢不利と悟ったのか、懐から何かを取り出した。

「撤退する! だが、この邪魔者は道連れにしてくれる!」

男は、煙幕弾のようなものを床に叩きつけ、同時に隠し持っていた短剣をカイトに向かって投げつけた。

煙が立ち込め、視界が悪くなる。

「カイト、危ない!」

リリアが叫ぶ。


カイトは腕の痛みで動きが鈍っており、短剣を避けきれない。

(ここまでか…!)

目を閉じたカイトの前に、銀色の影が飛び込んできた。

キンッ!という金属音。

リリアが、カイトを庇い、投げられた短剣を自らの剣で弾き飛ばしたのだ。しかし、その勢いで彼女の肩口が浅く切れてしまう。

「リリア!」

「…かすり傷だ。お前こそ、大丈夫か?」

リリアは痛みを堪えながら、カイトに微笑みかけた。


煙が晴れると、ローブの男と数人の幹部らしき者たちの姿は消えていた。残された刺青の男たちは、騎士団によって次々と制圧されていく。

カイトは、リリアの肩の傷の手当てをしながら、彼女の無事を心から安堵した。

「ありがとう、リリア…また助けられた」

「…お互い様だろ? 私だって、お前がいなければどうなっていたか」

二人は、互いの無事を確かめ合うように、強く見つめ合った。


その後、騎士団によって倉庫は完全に制圧され、残っていた人々も全て無事に保護された。

騎士団長は、カイトとリリアの勇敢な行動を称賛した。

「君たち二人のおかげで、多くの命が救われた。そして、王都の闇に潜む大きな悪事の尻尾を掴むことができた。感謝する」


夜が明け、朝日が王都を照らし始める頃、カイトとリリアは城へと戻った。

疲労困憊だったが、その表情には達成感が浮かんでいた。

「なあ、リリア」

「なんだ?」

「俺たち、結構いいコンビかもしれないな」

カイトが言うと、リリアは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにふっと笑った。

「…まあ、そうかもしれんな。お前のような変わり者の相棒も、悪くない」


ゴミスキルと馬鹿にされた少年と、騎士見習いの少女。

二人の絆は、王都の深い闇との戦いの中で、さらに強く結ばれていた。

しかし、逃げた「夜蛇の爪団」の存在は、新たな脅威として彼らの前に立ちはだかるだろう。

カイトの【付着】スキルは、これからさらに大きな試練に立ち向かうことになる。そして、その隣には、常に信頼できる相棒、リリアがいるはずだ。

二人の物語は、まだ終わらない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る