第6話 王都の影と、新たな依頼

フォレストウルフ討伐と村の子の救出から数週間。カイトとリリアの名は、王都でも少しずつ知られるようになっていた。特にカイトの【付着】スキルは、「奇策の勇者」「トリックスター」などと、以前とは異なる評価を受け始めていた。リリアも正式に騎士叙任の内示を受け、カイトとの共同訓練にも一層熱が入っていた。


「カイト、最近お前のスキルのコントロール、格段に良くなったな。特にあの『簡易操作』の精度が上がっている」

訓練後、リリアが感心したように言った。

カイトは、離れた場所にある複数の小石を、同時に別々の場所に【付着】させ、さらにそれらを僅かに動かして見せる。

「リリアのおかげだよ。実戦に近い訓練ができるから、どういう時にどう使えば効果的か、イメージしやすくなったんだ」

「ふん、当然だ。私が直々に指導してやっているのだからな」

リリアは得意げに胸を張るが、その顔は嬉しそうだ。


二人の間には、以前のような遠慮やぎこちなさは消え、気心の知れた相棒のような空気が流れていた。訓練中はお互いに容赦ないが、終われば冗談を言い合ったり、互いの悩みを相談したりすることも増えていた。


そんなある日、カイトは騎士団長から新たな任務を言い渡された。

「カイト殿、今回は王都内での任務だ。最近、貧民街を中心に不審な失踪事件が多発している。何者かが関与している可能性があるが、手がかりが掴めていない。君のスキルで、何か糸口を見つけられないかと期待している」

「王都内での失踪事件…ですか」

カイトは眉をひそめた。華やかな王都の裏側に、そんな影が潜んでいるとは。

「うむ。表立って騎士団が動けば、犯人が警戒して尻尾を隠してしまう恐れがある。君のスキルならば、目立たずに潜入し、情報を集めることができるかもしれん」


「今回も、私が同行する」

任務の説明を聞いていたリリアが、即座に申し出た。

騎士団長は少し驚いた顔をしたが、すぐに頷いた。

「リリア殿の剣技があれば、カイト殿の護衛としても心強い。許可しよう。だが、くれぐれも慎重に行動するように」

「はっ!」

リリアは力強く返事をした。彼女は、カイトのユニークな能力を間近で見てきたからこそ、その価値を誰よりも理解していたし、同時にその危うさも感じていた。彼を守れるのは自分だという自負もあった。


カイトとリリアは、平民の服装に着替え、失踪事件が多発しているという貧民街へと向かった。

そこは、王都の華やかさとは無縁の、薄暗く、澱んだ空気が漂う場所だった。家々は朽ちかけており、道行く人々の表情も暗い。

「…ここが、王都の貧民街か」

カイトは言葉を失った。同じ王都の中に、これほどの格差があるとは。


二人は聞き込みを開始したが、住民たちはよそ者に対して警戒心が強く、なかなか口を開いてくれない。

「失踪? ああ、そんな話は聞くがね…関わらない方が身のためだよ」

「ここじゃ、人が一人や二人いなくなっても、誰も気にしやしないさ」

冷たい言葉が返ってくる。


「どうしよう、カイト。これじゃ埒が明かない」

リリアが焦れたように言う。

カイトは考え込んだ。直接的な聞き込みが難しいなら、別の方法で情報を集めるしかない。

「リリア、少しの間、ここで待っていてくれ。俺、ちょっと一人で調べてくる」

「え? 大丈夫なのか?」

「ああ。俺のスキルなら、人に見つからずに情報を集められるかもしれない」


カイトは、人通りの少ない路地に入ると、【付着】スキルを使い、壁や屋根に張り付くようにして移動を開始した。まるで蜘蛛のように、音もなく建物の間をすり抜けていく。

彼の目的は、住民たちの「噂話」や「密談」を盗み聞くことだった。

【付着】スキルで壁に張り付き、息を殺して聞き耳を立てる。時には、小さな虫にスキルを使い、それを民家の窓辺に付着させて、中の会話を探ることも試みた。


数時間後、カイトはリリアの元へ戻ってきた。その顔には疲労の色が見えたが、瞳には確かな光があった。

「何か分かったのか?」

リリアが期待を込めて尋ねる。

「ああ、いくつか気になる話を聞けた。失踪した人たちは、皆、夜中に『黒い馬車』に連れ去られたという噂がある。そして、その馬車は、どうやら街の東側にある古い倉庫街の方へ向かうらしい」

「黒い馬車…倉庫街か…」

リリアの表情が険しくなる。


「それと、もう一つ。失踪者の中には、特定の『印』を持つ者が多いという話もあった。ただ、その印が何なのかまでは…」

カイトは悔しそうに言った。

「印…? 一体何だろうな」


二人は、その情報を元に、夜になるのを待って倉庫街へと向かった。

倉庫街は、昼間とは打って変わって不気味な静けさに包まれていた。月明かりだけが、古びた倉庫の輪郭をぼんやりと照らし出している。


「気をつけろ、カイト。何か出てきそうだ」

リリアが剣の柄に手をかけ、警戒を強める。

カイトも頷き、周囲の気配を探る。

その時、遠くから微かな車輪の音が聞こえてきた。

「…来た!」

二人は物陰に隠れ、息を潜める。


やがて、カイトが聞いた通りの「黒い馬車」が姿を現した。馬車は窓がなく、密閉されている。そして、その馬車を引く御者の顔は、フードで深く隠されていて見えない。

馬車は、ある倉庫の前で止まった。

御者が降りてきて、倉庫の扉をノックする。中から、屈強そうな男たちが数人現れ、馬車から何かを運び込んでいるようだ。それは、布に包まれた人間のようにも見える。


「間違いない…あれが失踪者を運んでいる馬車だ」

リリアが低い声で囁く。

「中の様子を探りたい。でも、どうやって…」

カイトが呟いた時、リリアがあることに気づいた。

「カイト、見てみろ。あの男たちの腕に…」

リリアが指差す先、倉庫から出てきた男たちの一人の腕に、月明かりの下で微かに何かの模様が見えた。それは、蛇が鎌に絡みついたような、奇妙な刺青だった。

「あれが…『印』か…!」

カイトは息を呑んだ。


「どうする、カイト? 突入するか?」

リリアがカイトの判断を仰ぐ。

カイトは冷静に状況を分析した。敵の数は多く、倉庫の中にはまだ何人いるか分からない。下手に突入すれば、返り討ちに遭う可能性が高い。

「いや、まだだ。まずはもっと情報を集めよう。特に、あの倉庫の中に何があるのか、誰が関わっているのかを知りたい」


カイトは、再び【付着】スキルを駆使することを決意した。

「リリア、ここで見張っていてくれ。俺は、あの倉庫に潜入してみる」

「なっ…危険すぎる! もし見つかったら…」

「大丈夫。壁を伝って、音を立てずに中に入れるかもしれない。それに、いざとなったら、このスキルで煙に巻いて逃げるさ」

カイトは不敵な笑みを浮かべた。彼のスキルは、直接的な戦闘力は低いが、潜入や攪乱においては他の追随を許さない。


リリアは不安そうな顔をしたが、カイトの決意の固さを感じ取り、頷いた。

「…分かった。だが、絶対に無理はするな。何かあったら、すぐに合図をくれ」

「ああ、任せろ」


カイトは、闇に紛れて倉庫の壁に近づくと、【付着】スキルを使い、文字通り壁を這い上がっていく。

月明かりが、彼の小さな影を壁面に映し出す。それは、まるで王都の闇に挑む、小さな蜘蛛のようだった。

倉庫の屋根近くにある小さな窓を見つけると、慎重に窓枠に手をかけ、僅かな隙間から中を覗き込む。


倉庫の中は薄暗く、異様な臭いが立ち込めていた。

そして、カイトはその光景に言葉を失った。

そこには、何十人もの人々が、まるで家畜のように檻に入れられていたのだ。彼らは皆、衰弱しきっており、虚ろな目をしている。

そして、その檻の周りでは、あの蛇と鎌の刺青を入れた男たちが、見張りをしていた。

倉庫の奥には、祭壇のようなものが設えられ、怪しげな儀式が行われているようにも見えた。


「これは…ただの失踪事件じゃない…!」

カイトの背筋に、冷たい汗が流れた。

これは、王都の根幹を揺るがしかねない、巨大な陰謀の一端なのかもしれない。

最弱の烙印を押された少年は、今、王都の最も深い闇に触れようとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る