読後、まるで夕暮れ時のやわらかな風に包まれながら、山道をゆっくり歩いているような、静かで温かな余韻が心に残りました。フランスでの濃密な時間を経て帰国した巧の熱が、秩父という土地の穏やかさにそっと溶け込んでいくような描写に、思わず引き込まれます。
国宝の刀を前にした隼人と巧。互いに言葉少なに見つめ合うその距離感がとても繊細で、やがて語られる巧の幼き記憶に、胸がぎゅっと締めつけられました。前川國男の建築に見とれる場面や、日本刀の美に絵描きとして嫉妬する描写など、芸術へのまなざしが随所に感じられて、知的な刺激にも満ちた一編でした。
秩父での物件探しに奔走するふたりの姿はとても感慨深く、ページを閉じたあとも、彼らの未来が穏やかで実り多きものであるようにと、そっと願いたくなりました。