第2話 洗礼「ワイドアイランド風」の禁忌

アークレイ中央駅に降り立ったゆきは、まずその活気に圧倒された。行き交う人々は異国の装束をまとい、耳慣れない方言が飛び交っている。駅構内の市場には、見たこともない海の幸や山の幸が並び、香ばしい匂いが鼻をくすぐる。



「わぁ、すごいわね。 さっそく腹ごしらえと行きましょ、姫子ちゃん」


ゆきは市場の一角で、ひときわ賑わっている店を見つけた。鉄板の上でジュージューと音を立てて焼かれているのは、小麦粉の生地に野菜や肉、麺などを重ねて焼き上げる、この地方独特の料理らしい。


(確か、資料よると『お好み焼き』と言う名前でしたね。何事も挑戦でございます。いざ)


カウンター席にちょこんと座ったゆきは、元気よく注文した。



「おじさま おすすめの『ワイドアイランド風お好み焼き』一つお願いします」



その瞬間、店の空気が凍りついた。先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり返り、鉄板を操っていた強面こわもての店主が、ピタリと手を止めてゆきを睨みつけた。その眼光は、まるでバジリスクのようだ。



「……なんじゃと」


地を這うような低い声が、ゆきの鼓膜を震わせる。


「えっ あ、あの、だから、『ワイドアイランド風お好み焼き』を……」


ゆきが戸惑いながら繰り返すと、店主は手に持っていた巨大なヘラを鉄板に叩きつけた。 ガシャーンという轟音と共に、火花が散る。


「『ワイドアイランド風』じゃとぉ 嬢ちゃん、あんた、喧嘩売りに来たんか お好み焼きはワイドアイランド王国のもんじゃ それ以外に何があるっちゅーんじゃあ」


店主の怒声は、静寂を切り裂く雷鳴のようだった。周囲の客たちも、いつの間にかゆきを囲むようにして、厳しい視線を向けている。


「そうじゃ、そうじゃ」


「お好み焼きを『ワイドアイランド風』なんて呼ぶ奴は、この王国から出て行け」


「何が『風』じゃ、本体そのものじゃろうが」


(えええええっ な、何この展開 地雷踏んだのっ 私、地雷踏んじゃったのぉ)


ゆきの目はみるみるうちに涙で潤む。永遠のじゅうななさい、人生最大のピンチである。


「ひっく……ご、ごめんなさぁい……わ、私、そんなつもりじゃ……うわーん」


思わず泣き出してしまったゆきに、さすがに周囲も少し動揺したようだ。すると、隣に座っていた優しそうなおばさまが、ぽん、とゆきの肩を叩いた。


「まあまあ、嬢ちゃん、悪気はなかったんじゃろう。この王国の人間は、お好み焼きにかける情熱が人一倍……いや、星一倍強いけんねぇ」


「お、おばさま……」


「ここではな、『お好み焼き』でええんよ。それが一番美味しい呼び方じゃ」


おばさまはそう言うと、店主に目配せした。店主はまだ少しむすっとしていたが、ヘラを手に取り、黙々とお好み焼きを焼き始めた。やがて、ゆきの目の前に、湯気を立てる完璧な円形のお好み焼きが置かれた。ソースの香ばしい匂いが食欲をそそる。


「ほら、嬢ちゃん。これが本物の『お好み焼き』じゃ。よう味わって食べんさい」

店主はぶっきらぼうに言ったが、その声にはどこか温かみが感じられた。


「は、はい いただきます」


ゆきは涙をぬぐい、おそるおそる一口食べた。途端に、口の中に広がる複雑で豊かな味わい。シャキシャキとしたキャベツの甘み、豚肉の旨み、そばの香ばしさ、そして濃厚なソースとマヨネーズのハーモニー。


「お、美味しゅうございますっ」


ゆきの顔が、ぱあっと輝いた。それは、心の底からの叫びだった。その素直な反応に、店主も、周りの客たちも、ふっと顔をほころばせた。


「じゃろう。 これがワイドアイランドの魂じゃ」


おばさまは満足そうに頷いた。こうして、ワイドアイランド王国での最初の試練は、涙と笑顔、そして絶品お好み焼き(800ワイド)によって幕を閉じたのだった。そして彼女は心に深く刻んだ。


「お好み焼き」と「ワイドアイランド風お好み焼き」は、天と地ほども意味が違うのだ、と。

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