第3話 魔法軌道馬車と商業ギルド

お好み焼き騒動でいきなり王国の洗礼を受けた(と本人は思っている)ゆきだったが、お腹も心も満たされ、気を取り直して本来の目的地である商業ギルドへ向かうことにした。


移動手段は、街中を網の目のように走る「魔法軌道馬車」、すなわち路面電車だ。レトロな外観の馬車(もちろん馬はいない)が、カランコロンと心地よい音を立てて進む。


車窓からは、ワイドアイランド王国の首都の風景が広がっていた。海と山に挟まれた美しい街並みは、どこか懐かしさを感じさせる。時折、きらめく水面に浮かぶ無数のいかだが見えた。あれは、この国の特産品である「海の宝石」こと、牡蠣の養殖場だろう。


(ふむふむ、なかなか風情のある街ね。あの牡蠣もいつか食べてみたいものですわ)


やがて魔法軌道馬車は、ひときわ立派な石造りの建物の前で停まった。ここが、ワイドアイランド王国商業ギルドの本部だ。外観こそ古めかしいが、入り口の自動扉(もちろん魔法式)や、受付で軽やかに浮遊しながら案内をする妖精(小型ドローン)など、内部には最新技術が導入されているようだった。



「ようこそ、聖女ゆき様。お待ちしておりました」


受付の妖精に案内され、奥の応接室へ通されると、一人の男性が立って迎えてくれた。年の頃は三十代半ばだろうか、きっちりとしたスーツ(この世界風の仕立てだが)を着こなし、真面目そうな眼鏡の奥の瞳がゆきを捉えた。



「商業ギルド、ギルドマスター補佐の島田と申します。この度は遠路はるばるお越しいただき、誠にありがとうございます」


島田と名乗る男性は、深々と頭を下げた。


「ごきげんよう 聖女ゆき、永遠のじゅうななさいでございます。 よろしくお願い致しますね」


ゆきは丁重に挨拶し、優雅にカーテシを決めた。しかし島田の眉がピクリと動いたのを、ゆきは見逃さなかった。


(むっ 今「じゅうななさい」のところで若干引いたわね)


「は、はあ……聖女ゆき様。本日の『AIの利用方法講座』の件ですが、会場の準備は整っております。受講者の皆さんも、聖女さまの画期的なお話が聞けると、大変楽しみにしております」


島田は若干どもりながらも、業務連絡を続けた。彼が「聖女」と呼ぶたびに、ゆきの「じゅうななさい」設定との間で微妙な空気が流れるのだった。



「お任せください。 聖なる力とAIの力を合わせ、ワイドアイランドの商人さんたちを新しい時代へ導いてご覧に入れましょう」


ゆきは無い胸を張り、自信満々に言った。内心では、今日の講座でどんな面白い反応が見られるか、少しワクワクしていた。特に、あのお好み焼き屋の頑固オヤジみたいな人がいたらどうしよう、などと想像し、一人でクスクス笑うのだった。


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