第7話

俺の黒いオーラを纏った剣と、ガルバスの歴戦の剣が激しく火花を散らし、夜の森に甲高い金属音を響かせた。

「ふん、その禍々しい気配…やはりただの人間ではないようだな!」

ガルバスは俺の渾身の一撃を危なげなく受け止め、逆に力強い一閃を繰り出してきた。

重い。ただの傭兵が振るう剣筋ではない。こいつ、間違いなく手練れだ。

「お前こそ、何者だ! なぜ俺の邪魔をする!」

俺は叫びながら剣を打ち返し、さらに追撃を加える。黒いオーラが剣身を奔り、斬撃の威力を増しているのが分かる。

だが、ガルバスはその全てを冷静に見切り、紙一重でかわし、あるいは的確に受け流していく。

「邪魔? 笑わせるな。俺は、お前のような『歪み』を正しているだけだ」

「歪みだと!?」

「そうだ。人を喰らい、その力でさらに人を襲う。そんな存在が、この世界にあっていいはずがない」

ガルバスの言葉が、俺の胸に突き刺さる。

こいつは、俺の本質を完全に見抜いている。そして、それを断罪しようとしている。


「黙れ! 俺は生きるために喰った! そして、この力で魔王を倒す!」

「魔王を倒す者が、新たな魔王となってどうする? お前のその力は、世界を救うものではない。破滅させるものだ」

ガルバスの剣が、俺の鎧の隙間を掠め、浅い傷を刻んだ。

痛みと共に、奴の言葉が俺の頭の中で反響する。

破滅させる力…そうなのかもしれない。だが、それでも、俺にはこれしかないのだ。

「綺麗事を言うな! お前のような奴に、俺の何が分かる!」

俺は怒りに任せて、さらに大振りの一撃を放つ。

だが、ガルバスはそれを待っていたかのように身を低くし、俺の懐へと鋭く踏み込んできた。

「分かるさ。お前が、その力に酔いしれているただの餓鬼だということがな!」

下から突き上げるような斬撃。咄嗟に剣で受け止めるが、体勢を崩される。

まずい。こいつ、俺の動きを読んでいる。

それだけではない。俺の力の使い方、その荒削りな部分を的確に突いてくる。


「な、なぜだ…なぜ俺の動きが…」

「お前のような『成り立て』の化け物の動きなど、手に取るように分かる。俺は、お前のような存在を…これまでにも見てきたからな」

ガルバスの瞳が、冷たく俺を射抜いた。

これまでにも見てきた? こいつ、一体何者なんだ。

「お前は…!」

「問答無用!」

ガルバスは俺の言葉を遮り、流れるような連続攻撃を仕掛けてくる。

一つ一つの攻撃は致命的ではない。だが、確実に俺の体力を削り、精神を追い詰めていく。

黒いオーラは依然として俺の身体を覆っているが、その勢いは徐々に弱まっているような気がした。

この力は、無尽蔵ではないのか? それとも、俺の精神状態に左右されるのか?


「どうした、化け物! その程度か! 人間二人分の命を喰らって、その程度とはな!」

ガルバスの挑発が、俺の怒りをさらに煽る。

「黙れええええ!」

俺は雄叫びを上げ、再び黒いオーラを強引に練り上げた。

身体の奥底から、何かが軋むような感覚。無理をしているのは分かっている。

だが、ここで負けるわけにはいかない。リリが待っているのだ。

そうだ、リリ…彼女を守るためにも、俺はこいつを倒さなければ。

彼女の無垢な寝顔が脳裏をよぎり、それが俺に新たな力を与えたような気がした。

いや、これは…力ではない。ただの、焦りか?


黒いオーラを纏った剣が、再びガルバスに襲いかかる。

先程よりも速度が増し、威力も上がっている。

「ほう、まだそんな力が残っていたか。だが、その力…お前自身を喰らっていることに気づいていないのか?」

ガルバスは、俺の攻撃を捌きながら、冷静に言い放った。

自分自身を喰らう? どういう意味だ?

確かに、この黒いオーラを使うと、身体の奥から何かが削り取られていくような感覚がある。

生命力か? それとも、魂そのものか?

分からない。だが、今はそんなことを考えている場合ではない。


「小賢しいことを! お前を倒せば、全て解決する!」

「解決などしない。お前が生きている限り、新たな犠牲者が増えるだけだ」

「俺は犠牲者など出さない! 俺は、魔王を倒す勇者だ!」

「勇者が、仲間を喰らうか? 勇者が、無辜の民を喰らうか? お前のやっていることは、魔王と何ら変わらんぞ!」

その言葉は、俺の心の最も痛い部分を抉った。

ロナのこと。そして、先程喰らった三人の男たちのこと。

彼らは、本当に「喰われても仕方ない」人間だったのか? 俺に、そんなことを判断する権利があったのか?

罪悪感が、再び鎌首をもたげる。

その一瞬の動揺を、ガルバスは見逃さなかった。


「隙あり!」

ガルバスの剣が、俺の脇腹を深々と貫いた。

「ぐ…あああああっ!」

激痛が全身を走り、黒いオーラが霧散していく。

膝から崩れ落ちそうになるのを、必死で剣を杖代わりにして堪える。

脇腹から、大量の血が流れ出ているのが分かった。

人間を喰らったことによる超回復能力も、この深手には追いつかない。

「…まだだ…まだ、終わってない…!」

俺は、歯を食いしばり、ガルバスを睨みつける。

だが、身体に力が入らない。視界が霞み始める。

これが、俺の限界なのか…?


「哀れなものだ。力を求めた結果が、これか」

ガルバスは、俺を見下ろし、静かに言った。その目には、憐憫の色すらない。

「お前のような存在は、ここで始末するのが世のため人のためだ」

ガルバスが、剣を振りかぶる。

もう、避けられない。

死ぬのか…俺は、こんなところで…

リリ…すまない…約束を、守れそうにない…

ロナ…お前の犠牲も、無駄にしてしまうのか…


諦めかけた、その瞬間。

俺の身体の奥底で、何かが弾けた。

それは、黒いオーラとはまた違う、もっと温かく、そして力強い光。

なんだ…これは…?

俺の意思とは関係なく、その光は脇腹の傷口へと集まり、溢れ出す血を止め、傷を癒し始めた。

黒いオーラのような暴力的な力ではない。もっと、生命そのものに働きかけるような、優しい力。

「なっ…!? その光は…!?」

ガルバスが、驚愕の声を上げた。

俺自身も、何が起こっているのか理解できなかった。

だが、身体に力が戻ってくる。傷が癒えていく。

これは、ロナを喰らった時に感じた、あの魂が満たされるような感覚に近い。

だが、もっと…清浄な感じがする。


「馬鹿な…! 人間を喰らう化け物が、そのような聖なる力を使うなど…ありえん!」

ガルバスは、動揺を隠せない様子で後退った。

「俺にも…分からない…。だが、俺はまだ…死ねないんだ!」

俺はゆっくりと立ち上がり、剣を構え直した。

身体から発する温かい光は、周囲の闇をわずかに照らしている。

これは、一体何なんだ? 俺の力なのか?

それとも、ロナが俺の中に残してくれたものなのか?


「ふざけるな…! そのような力、認められるものか!」

ガルバスは、我に返ったように叫び、再び俺に斬りかかってきた。

だが、その剣筋は、先程までの冷静さを失い、どこか焦りが感じられる。

俺は、その攻撃を冷静に見切り、受け流す。

温かい光に包まれた身体は、先程よりも軽く、そして強く感じられた。

黒いオーラのような爆発的な力ではないが、安定した、揺るぎない力が内側から湧き上がってくる。

「なぜだ…なぜ、お前のような奴が…!」

ガルバスの攻撃が、ますます荒くなっていく。

俺は、もはや反撃することなく、ただその攻撃を捌き続ける。

この光の力の正体を知りたい。そして、ガルバスがなぜこれほどまでに動揺しているのかも。


「お前は…何を知っているんだ、ガルバス!」

俺は、防御の合間に問いかけた。

「黙れ! 俺は何も知らん! ただ、お前のような存在は許せん、それだけだ!」

ガルバスの言葉には、嘘と焦りが混じっているように聞こえた。

こいつは、何かを隠している。

俺のこの力について、何かを知っているのかもしれない。


温かい光は、徐々にその勢いを弱め始めていた。

どうやら、この力もまた、無尽蔵ではないらしい。

だが、脇腹の傷は、ほぼ完全に塞がっていた。

これなら、まだ戦える。

そして、ガルバスから情報を引き出す。

「もう一度聞く。お前は、何者だ? そして、この力について何を知っている?」

俺は、剣の切っ先をガルバスに向け、静かに問い詰めた。

ガルバスは、荒い息を繰り返しながら、俺を睨みつけている。

その目には、先程までの自信は消え、代わりに恐怖と、そしてほんの少しの絶望のようなものが浮かんでいるように見えた。

一体、何が彼をこれほどまでに追い詰めているのだろうか。

この光が、彼にとってそれほどまでに忌むべきものだというのか。

それとも、何か別の理由が…

俺は、ガルバスの次の言葉を待った。

この戦いは、まだ終わってはいない。

むしろ、ここからが本当の始まりなのかもしれない。

俺自身の謎と、この世界の歪みの深淵へと続く、新たな戦いの。

ガルバスが、ゆっくりと口を開こうとした、その時だった。

森の奥から、新たな複数の気配が急速にこちらへ近づいてくるのを、俺の鋭敏になった感覚が捉えた。

それも、人間ではない。魔物の気配だ。

それも、一体や二体ではない。かなりの数だ。


「ちっ…! このタイミングでか…!」

ガルバスも、その気配に気づいたのか、忌々しげに舌打ちをした。

「どうやら、お前との決着は、一時お預けのようだな、カイ」

そう言うと、ガルバスは剣を鞘に納め、素早く俺から距離を取った。

「おい、待て! どこへ行く!」

「この数の魔物を相手にしながら、お前と戦うほど馬鹿ではない。それに、お前もあの小娘の元へ戻りたいのではないか?」

リリ…! そうだった、彼女を一人にしてきたんだった。

まずい、魔物がもし洞穴の方向へ向かったら…!

「今日はここまでだ、化け物。だが、次に会う時が、お前の最期だと思え」

ガルバスはそう言い残し、あっという間に森の闇へと姿を消した。

その逃げ足の速さは、ただの傭兵とは思えないものだった。

やはり、あいつは何か秘密を抱えている。


だが、今はそれを追っている場合ではない。

リリの安全を確かめなければ。

そして、この迫り来る魔物の群れをどうにかしなければならない。

俺は、ガルバスが消えた方向とは逆の、リリがいるであろう洞穴の方向へと意識を向けた。

魔物の気配は、そちらへも向かっているようだ。

急がなければ。

俺は、剣を握り締め、夜の森を再び駆け出した。

胸の内で、先程の温かい光の残滓が、微かに脈打っているのを感じながら。

あの力は、一体何だったのか。

そして、俺はこれから、この力とどう向き合っていけばいいのだろうか。

答えは、まだ見つからない。

ただ、今は、リリを守る。それだけを考えていた。

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