第24話 返事

 2回表、大和やまと高校の攻撃。


 打順は下位打線から。


 そして、明陵めいりょう学園はバッテリー交代。


 投手は左のサイドスローだ。


「プレイ!」


 左のサイドスローから繰り出されるのは……


 グイーン!


 と、よく曲がるスライダー。


「マジで名門って、選手層が厚いよな……」


「あのスライダー、沢口さわぐちとどっちがすごいかな?」


「ぶっちゃけ、サイドスローの方が、スライダーの曲がり幅は……」


 球種はスライダーとシンカー。


 時折、カーブも交ぜる。


 それだけでなく、ストレートも140キロ台。


 下位打線では対抗出来ず、トップバッターに戻ってもあっさり打ち取られた。


 あっという間に、スリーアウトチェンジ。


 テンポよくピッチングをされると、凡退した相手チームは少なからず動揺する。


特に同じスライダー使い、しかも自分と同等以上レベルのピッチャーを目の当たりにした、沢口のメンタルが心配された。


「なあ、沢口……」


 彼がマウンドに向かう前、相方の倉敷くらしきは声をかけようとするが、上手い言葉が思いつかない。


「……たぶん、ていうか普通に、ピッチャーとしての総合力では俺が負けているよな。明陵の2軍のピッチャーに」


 すると、沢口が自分からそんなことを言い出す。


「いや、それは……」


友也ともや、大丈夫だ。俺は別に怒りも焦りもしてねーよ。もちろん、ショックはショックだけど……でも、どこか、ワクワクしている自分がいるんだ」


「マジで?」


「ああ。それに、自分で言うのもなんだけど……スライダーとストレートのキレに関しては、俺の方が上じゃね?」


 沢口が言うと、倉敷は一瞬だけキョトンとし、けどすぐにフッと笑う。


「ああ、お前のキレっぷりには、誰も敵わないよ」


「お前、いま別の意味で言ったろ?」


「ほら、またキレてるし」


「いや、キレてねーし」


 お互いに言い合って、笑い合う。


「沢口、落ち着いて、自分のピッチングをすれば大丈夫だ」


「おう、任せておけ」


 そして、沢口はマウンドに立つ。


 2軍とはいえ、天下の明陵ナインが相手。


 こちら同様に、あっさり三者凡退にはさせられなかったが……


 ヒットやバントでランナーを進められつつも……



 カキーン!



「っしゃ、センター前ぇ!」


 明陵ベンチが沸きかけるが、打球に迫る影があった。


 ショートの山瀬やませが横っ飛びをするまでもなく、グラブを伸ばして捕球した。


「「「はッ!?」」」


 これにはさしもの明陵サイドも、目を丸くした。


 山瀬はそのまま、淀みなくファーストへ送球。


「アウトォ!」


 スリーアウトチェンジ。


 味方の好守備もあり、沢口はこの回を無得点に抑えた。


「あの大和高校のショート、1年生? 良い守備するなぁ〜。しかも、身体能力をひけらかすようなアクロバティックプレイじゃなくて、しっかりと技術で守る堅実な守備……今のプレイも、あらかじめ打球を読んでの動きだったし……うちに欲しいな」


 秩父山王ちちぶさんのう商業のキャプテン、永山ながやまは感心したように言う。


「セカンドも良い守備をしているし、二遊間が鉄壁なのは……ピッチャーにとって、心強いだろうね」


 そして、3回表、大和高校の攻撃は――


「ボール、フォア!」


 2番の小堀こほりが出塁し、


「ボール、ファースト!」


 3番の倉敷がバントを決め、


 ワンナウト、ランナー2塁の場面で……


「へいへい、バッテリー! 敬遠すんなよー!」


 沢口がベンチから威勢よく声を飛ばした。


(黙れ、クソ野郎が!)


 明陵の左サイド投手は内心で毒づきつつ、ボールを投じた。




 カキイイイイイイイイイイイイイイイイイイィン!





 快音が響き渡る。


 インコース。


 胸元に抉り来るスライダーを、レフトスタンドに叩き込んだ。


「また笹本ささもとだああああああああああぁ!」


 2ランホームラン。


 これで大和高校が5得点。


 3点リード。


 重ねて言うが、2軍とはいえ、あの明陵を相手に……


「……申し訳ありません、監督」


 明陵野球部、部長の三島みしまが詫びる。


「んっ?」


 千石せんごくが目を向ける。


「3年前、意地でも彼を口説き落としておくべきでした……」


「三島くん、君だけでなく、私もその場に同席したではないか。あれは、頑なではなく、しなやかな決意だった。仕方のないことだ」


「はい、そうですね……」


 明陵の左サイドピーは、その後、さすがに動揺しつつも、大きく崩れることなく、後続を抑えた。


「1軍に上がれ」


「あ、はい」


 嬉しいはずなのに、その表情は浮かない。


 やはり、笹本に打たれっぱなしなのが悔しいのだろう。


 それは、先ほど1軍に昇格を告げられた、フォークボーラーの彼も同じだった。


 それにしても……


「3回時点で、うちが3点差で負けているとか……」


「かべいちが相手ならともかく」


「2軍たって、俺らは天下の明陵の2軍だぞ?」


「3年間、3軍で終わるやつだってザラにいるんだぞ?」


「いや、誰に対して自慢してんだよ」


「自慢じゃね―し、事実だし」


「てか、事実負けているこの状況、早く何とかしねーと」


「ああ、監督に殺される」


 全員して、チラと千石の顔色を伺う。


 その寡黙な表情からは、感情が読み取れない。


 並みの高校の選手なら、そのプレッシャーに気圧されてしまうだろう。


 しかし、彼らは腐っても天下の明陵の一員。



 カキーン!


 コツン。


 カキーン!



 無駄のない野球で、しっかりと点数を返す。


 3回終了時点で、5 対 4と1点差に迫っていた。


「沢口、ナイピッチ!」


「お前、すげーぞ、あの明陵を相手に!」


「嘘みてーだ!」


 大和ベンチは盛り上がる。


「ああ、そうだな……」


 しかし、沢口はそこまでハシャがない。


 すぐさま、ベンチに腰を下ろした。


 肩で息をしている。


(スタミナがある沢口が、3回でもうここまで消耗している。うちがリードこそしているものの……)


 恐らく、次の回、捕まってしまう。


 何度も言うが、相手は2軍とはいえ、王者・明陵。


 それが、古豪・大和にリードを許している。


 かつての栄光から今は遠のいて、毎年いいところ、3回戦どまりの高校を相手に。


 さぞかし、プライドが傷ついていることだろう。


 しかし、それよりもまず、王者としての誇りを胸に、冷静に淡々と正確無比な野球をしている。


 そのプレッシャーは、好投を続ける沢口を、失点以上に消耗させていたのだ。


「ハァ、ハァ……」


 その様子を見ていた倉敷は、迷っていた。


 このまま、次の回もマウンドに送って良いものか。


 しかし、止めると言っても、彼の性格上……


「沢口くん」


 ふと、柔らかな声。


 いつの間にか、監督の黒木くろきがそばに来ていた。


「はい?」


 沢口は、おもむろに顔を上げる。


「ここまで、よく投げてくれたね」


「いえ、まあ……」


「申し訳ないけど、交代だ」


「えっ?」


「倉敷くんも、お疲れさま」


「……はい」


 彼はどこか、ホッとしたように頷く。


「さて、準備は万端かな? 期待の1年生バッテリーは?」


 黒木が微笑んで問いかけると、


「はああああああああああぁい!」


 俊太郎しゅんたろうとアップをしていた洋介ようすけが声を響かせた。


「うん、神田かんだくんは大変元気があってよろしい。阿部あべくんは?」


 黒木が目を向けると、祐一ゆういちは、


「……はい、分かりました」


 洋介の10分の1くらいの声量を発して、ゆらりと立ち上がった。


「ああ、それから、早川はやかわくん」


「あ、はい?」


「この回、1番に代打を出すから、君を」


「へっ?」


「その後は、そのまま1番センターとして頼むよ」


 ポカン、とする俊太郎。


「やったな、早川ぁ! 一緒にがんばろうぜぇ!」


 洋介が俊太郎の華奢きゃしゃな肩に腕を回して言う。


「う、うん」


 俊太郎は戸惑いつつも、返事をするが……


 かすかに自分の指先が震えていることに気が付いていた。







 合同合宿 練習試合


 大和高校 VS 明陵学園


 4回表 大和高校の攻撃


 下位打線から


 大 5


 明 4










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