第25話 異常
4回表、
明陵のピッチャーは3人目。
前の2人に比べて……
ビシュオッ!
スパアアァン!
球速が速い。
140キロ後半を叩き出す。
「くっ!」
8番打者が倒れて、続く9番は……
「おなしゃーす!」
この回から、
(こいつ、
と、明陵のこちらも3番目の捕手が、間近でジロジロと洋介を舐めるように見た。
(まあ、良い。この回、サクッと片付けて、そろそろ逆転しねーと。監督に殺される)
人聞きの悪いことを内心で抱きつつ、ミットを構えた。
要求するのは、ド真ん中、ストレート。
相手はピッチャーだし、調整には丁度良いだろう。
明陵のピッチャーも、すぐに頷いた。
振りかぶって、右腕から繰り出すボールは……
シュオオオオォ!
ミットに一直線に向かう。
(よし、ナイスボール……)
カキイイイイイイイイイイイイイイィン!
「…………ハッ?」
思わず、声が漏れてしまう。
打球は高々と舞い上がり、左中間、抜けた。
「嘘だろぉ!?」
驚愕する明陵ナイン。
一方、洋介は笑顔で全速力。
「っしゃああああああああああぁ!」
勢いそのまま、2塁も蹴ろうとするが、
さすが、明陵ナイン。
すぐに落ち着きを取り戻し、2塁に留めた。
「おっとっと」
洋介は2塁に戻った。
「「「「「「
大和ナインが盛り上げる。
一方、明陵のバッテリーは……
「「…………」」
呆然としていた。
「おい、バッテリー、切り替えろ!」
味方から叱責が飛ぶと、彼らはハッとした。
(……油断した、こともあるが……あのやかましい1年坊主……センスあるな)
ワンナウト、ランナー2塁。
そして、打席に立つのは……
「…………」
「
2塁上から洋介が叫ぶと、俊太郎はビクッとした。
(チビだな……左打席……足が速いのか?)
キャッチャーはまたジロジロと観察する。
(っと、いけない。さっき、油断して失敗したばかりだ。もう、ミスは許されねえ)
先の2バッテリーは1軍に昇格した。
ここで自分たちだけが、二の足を踏む訳には行かない。
それは相方も同じ気持ちのようで、打席に立つ俊太郎を鋭く睨んだ。
「ひッ!」
俊太郎はまたビクッとした。
怯えつつも、監督の
そして、バントの構えをした。
(まあ、妥当だな。ていうことは、バントが上手いのか?)
ここは下手にウエストすると、カウントを悪くするだけ。
(とりあえず、1球、
ピッチャーは2塁に牽制をした。
洋介はサッと戻る。
(よし、高めにストレートだ)
サインに頷くピッチャー。
セットポジションから、投げる。
威力の高いストレート。
俊太郎は怯えつつも、ボールをよく見て……
ガキッ
不格好ながら、バントを決めた。
ただし、少し当たりが強い。
ピッチャーが捕球した。
「よし、3塁刺せる……」
言いかけて、キャッチャーは目を見開く。
2塁ランナーの洋介は、動かないでいた。
どういうことだ?
送りバントじゃ……
「ボール、ファースト……」
またしても、言葉尻が沈んだ。
今しがた、あまり上手じゃないバントを決めた小柄なやつが……
ものすごいスピードで、1塁に向かっていた。
「くッ!」
ピッチャーは慌てて投じた。
送球こそ逸れなかったが……
「……セーフ!」
見事、俊太郎がセーフをもぎ取った。
「「「「「「早川ぁ、ナイラン!」」」」」」
場がまた盛り上がる。
さらに、その背後で……
「……ッ!? ボール、3つ!」
なんと、洋介が3塁に向かって走っていた。
完全に意表を突かれた明陵サイドは、こちらもセーフを許してしまう。
ワンナウト、ランナー1塁、3塁。
絶好の得点チャンス。
「今の子、足がすごく速かったですね〜。どこの中学出身だろうか?」
部長の
「それに、バッピで1球だけだけど、剛速球を投げた彼……バッティングも良いし……失礼だけど、単細胞なようでいて、しっかり状況判断もできる野球IQは意外と高くて……」
そこで、三島はガクリとうなだれる。
「どうした?」
「有望な選手が集まるシニアにばかり目が行きがちだとはいえ……これだけの逸材たちを見逃していた自分が恥ずかしいです」
「そうか」
「ああ、でも、あの剛速球の彼はともかく、今の小柄な彼は……お気に召しませんかね?」
「ん?」
「ほら、先ほども、
「……超特急だな、彼は」
「はい?」
「現代野球は機動力が肝であり、何なら命だ。だから、大いに役立つ存在だろう」
「な、なるほど」
「何ごともセンスが肝心だが……足の速さというのは、打撃や守備に比べて、伸ばすのが難しい」
「確かに……ダッシュを繰り返せば、速くなるもんでもないですし……それで言ったら、ピッチャーの球の速さも」
「ああ、だから……」
何か言いかけて、千石は押し黙った。
三島は首をかしげる。
そして、その間に……
「ボール、フォア!」
またしても、小堀が粘り勝ちで出塁。
ワンナウト、満塁となった。
そして、打席に立つのは……
「3番、キャッチャー、阿部くぅ〜ん♪」
と、1塁から小堀がプチ声援を送ると、右打席に立つ
「もう、ダルい、帰りたい……」
そうぼやく祐一を見て、
(こいつ、タッパはあるけど、ヒョロガリだな)
ミットを構える。
(大丈夫だ、お前のストレートに対抗出来ないさ)
満塁のピンチであるが、お互いに強く頷き合う。
セットポジションから、自慢のストレートを投じた。
スッと、祐一が動く。
まるで脱力した、やる気のない構え。
そんなことで、このストレートには対抗できない……
ビュオッ!
思った以上に、速いスイング。
というか、メチャ速い。
下手すれば、笹本並み……
カキイイイイイイイイイイイイイイイイイイィン!
快音、白球、高々と舞い上がりし。
「…………マジで?」
ポコン。
レフトスタンドに飛び込んだ。
回りが呆然とする中で、祐一はゆるっと走り出す。
「あー、ダルッ。まあ、ヒットで走るよりは良いか」
その後、遅れて歓声が上がる。
3塁側、大和ベンチは大いに盛り上がり。
一方、1塁側、明陵ベンチは静まり返っていた。
満塁ホームラン。
よって……
「9対4で俺らがリード……?」
「あの、明陵を相手に……?」
「練習試合で2軍チームとはいえ……?」
明らかに異常な結果。
その要因は……
「……もしかして、だけど」
「今年の1年たち、激ヤバ?」
「ていうか、引くレベルかも……」
ようやく、祐一がホームに戻って来た。
「イエーイ、阿部きゅん、ナイバッチ〜♪」
と、おどける小堀。
祐一は華麗にスルー。
「阿部、ナイバッチ!」
洋介が二カッと笑顔で。
これもまた、華麗にスルー。
「あ、あの、阿部くん……ナ、ナイバッチ……です」
「……どうも」
おずつく俊太郎には軽くそう言って、ベンチに戻った。
「「「「「「う、うおおおおおぉ、阿部ぇ!」」」」」」
と、先輩たちから手荒に歓迎され、だいぶムッとした顔をしていた。
「……さてと、行きますか」
そして、打席に立つのは……
「ここで、笹本とか」
「もう、トドメだろ?」
「おい、俺ら、明陵だぞ?」
「でも、でもよぉ〜……」
2軍といえど、プライド高く挑んだ者たち。
しかし、大和高校の異常な1年メンツによって、激揺さぶられていた。
そして、名声高き笹本が、終末を告げる者としてやって来た。
あくまでも、爽やかな笑顔を浮かべて。
その時、千石が立ち上がる。
明陵ナインは、ビクッとした。
こ、殺される……!?
「……すみません、ピッチャーの交代をお願いします」
しかし、彼は謙虚に、おだやかに、そう告げた。
「
呼ばれた彼は、振り向く。
「すまないが、行ってくれるか?」
千石の問いかけに、彼は正面を向いて頷く。
「はい、喜んで」
クールな目元のまま、しかし口元にはわずかに笑みを浮かべて。
悠然と、マウンドに向かう。
「あ、あの、吾妻さん……」
相方を降ろされたキャッチャーが、動揺してマウンドへ。
「俺、吾妻さんのボール、捕れる自信が……」
うつむく彼に対して、
「顔を上げろ」
「は、はい?」
「空は青い」
「えっ? ああ、はい……そうっすね」
「確かに、お前はまだ、俺の球を受けるには役不足かもしれない」
「……おっしゃる通りです」
「しかし、これも経験だ、糧にしろ」
彼はハッとして、吾妻を見る。
感動で、目がうるみそうになっていた。
「構えたところに投げる。リードしてみろ」
「マッ……ほ、本気ですか?」
「気に入らなければ、首を振る」
「か、かしこまりましたッ」
キャッチャーの彼は、声を上ずらせて、ポジションに戻る。
「……アップをしていることは分かっていたけど……まさか、本当に出て来るとはね」
笹本は右打席に立つ。
「……我が
マウンド上で、吾妻は告げる。
「可愛い後輩たちの成長の機会と思って見守っていたが……やはり、お前の相手は、俺がせねばなるまい」
言葉は静かに、刃のごとく。
その立ち姿、勇ましさ、正に……
「……
誰がともなく、語り始める。
「史上最強のピッチャー、そう呼ばれる彼は……天上天下、唯我独走……そう表現するのがふさわしい」
高らかな精神でもって、己の優れたる才能を、磨き上げて来た。
だからこその、最強。
「お、おい! 吾妻が投げるってよ!」
「マジで!? かべいちとの練習試合でも投げなかっただろ!?」
「しかも、いきなり対戦するのは、笹本だ!」
「うおおおおおおおおおおぉ!」
いつの間にか、ギャラリーが増えていた。
おっさん連中がカメラを回し、熱視線を注いでいる。
「あれ、プロのスカウトも交じってんじゃねえか?」
「でも、やっぱり、吾妻はそれだけの存在なんだよ」
「ていうか、俺らも目ん玉かっぽじって、見ようぜ」
そして、今ここに。
世紀の対戦が、実現する。
合同合宿 練習試合
大和高校 VS 明陵学園
4回表 大和高校の攻撃
ワンアウト ランナーなし
4番 笹本
投手 吾妻
大 9
明 4
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