義賊の秘密

ZuRien

義賊の秘密

俺が刑務所から出所して2年と8ヶ月が経った。

社会復帰の支援をしている企業に勤め続けて、ようやく自分の生活が様になってきた。

その印に、最初は食事に気を遣うことなんてなかったのに、今では毎日自炊するようになった。

日に日に自分が泥棒から真人間になっていくのを、肌で感じながら送る生活は、自分をとても満たしてくれた。

俺は刑期を終えた――これはつまり、自分の罪を認め反省する時間が終わったということだ。

もちろん、俺は自分のしてしまったことの大きさを理解しているし、それを10年かけて反省した。

もう全部終わったことだ。

もう俺には関係のないことだ。

俺は普通の人生を手に入れたんだ。


「ピンポーン」

ふと、暮らしているアパートのチャイムが鳴った。

俺に用があるとすれば、家賃の受取にくる大家さんくらいだが、支払いはもう少し先のはずだ。

俺は、玄関扉の先にいる得体の知れない何かに怯えながら、そっとドアノブを回した。


「ぁっよう、久しぶりだな、いきなりでわりぃんだけど、ちょっと中いれてくんねぇか?」

そこにいたのは、12年前の共犯者だった。


「いやぁいきなりですまねぇな……ふぅ、暑いな。」

奴は来て早々胡坐をかいて、自分のシャツで胸のあたりを仰いだ。


「なにしに来たんだよ」

「ふぅ……実はな、俺たちが盗んだ絵やら壺、あったろ?」

「あぁ……」

俺が刑務所にいたのは、あらゆる美術品を金持ちたちから盗み出したことで、捕まっていたからだ。

盗んだ美術品は他の仲間たちによってすでに換金されているはずだった。

しかし、奴の口から飛び出したのは、とんでもない告白だった。


「いやぁ、換金するまでは良かったんだがな、その金……とられちまってたんだよな。」

「――は?」

「いや、ホント、悪かった。俺がいたのに、こんなことになっちまって」

「――金は?」

「ん?」

「その金は今どこにあるのかって聞いてんだよ!!」

俺は奴の胸ぐらをつかんだ。

「金は……そうだな……あ、あいつが持ってる!!」

「あいつ?」

「あぁそうだ。昔一緒に盗みやってた……ミチタカ!ミチタカだよ!」


ミチタカとは、昔、一緒に盗みをした仲間だ。

主にターゲットの家のセキュリティを下見してくれていた。

奴はミチタカがやったと言ったが、ミチタカがそんなことをするような人間だとはとても思えない。


「ミチタカ?あいつが本当に?」

「あぁ、あいつ、密かに企んでやがったんだ。お前を盗みに入らせて、まとまった宝の山をかっさらう。はなからあいつはそういうつもりだったのさ!」


俺はまだ、信じ切れていなかった。

奴は疑う俺に信じてもらおうと、さらに言葉を続けた。

「ほら、思い出せよ、初めての盗みの時、あいつ自分でセキュリティのことをやるって言いだしたんだぜ?そんで、盗んだ宝も全部あいつのセキュリティで管理してた。盗めるのはあいつしかいないのさ」


一瞬、一理あると思ってしまった。

その一瞬に、俺の腕は奴の胸ぐらから手を離した。

急に手を離されたので、奴は落ちるように座り込んだ。


「はぁ、はぁ、分かってくれたか?」

「もし、お前の話が本当なら、なんで今更俺のところにわざわざ来たんだ?」

落ち着いて考えれば、この話が本当だったとしても、もう12年も前の話だ。

俺の罪が無駄になってしまったのには大変憤ったが、今はまずそちらを問い詰めるべきだろう。


「……追われてんだよ」

奴はそう口を開いた。

「追われてるって、誰に?」

「ミチタカさ……あいつ、俺がミチタカのことを知ってるから、大方口封じだろうよ。」

「おいちょっと待て、このままじゃ俺も巻き込まれるじゃねぇか!!」

「これはお前の問題でもあるんだ。俺たちが死に物狂いで集めた金、あいつから奪い返して、今度こそ目的を果たすんだ。」


俺は、立ち尽くした。

ようやく普通の人生を手に入れたというのに。

なぜいつも、突然崩れてしまうのか。

なぜ、こんな奴1人に、俺の12年を棒に振らなきゃいけないのか。

でも、もう俺に逃げ場はなかった。

奴の話が本当なら、もうしばらくでミチタカがここに到着し、俺と奴を殺すだろう。

なら、取れる選択肢はたった1つだ。

俺は奴に手を差し出して「分かった」と言った。

奴は俺の目を見ながら、その言葉を受け止めた。


「よし、なら今すぐにやらなきゃならん事が1つある」

「なんだ?」

奴は、俺に「鍵」を渡してきた。

「これは、俺の隠れ家の合鍵だ。今のうちに、お前に渡しておく」

俺はその「鍵」を受け取り、胸ポケットにしまった。

すると奴はおもむろに俺の腕をつかんで、「よし、じゃあ行くぞ」と言って玄関に向かって走り出した。

「ここから逃げるんだ!」

奴は靴に足を滑らせて、玄関の扉を勢い良く開けた。


「やはりここだったか、このクソ野郎共が」

玄関先には1人の男が立っていた。

「お前、誰だ?」

奴は思わず漏らしたようだ。

それは、俺の知らない男だった。

「逃げるぞ!!」

俺の腕が、強い力で引っ張られる。

「させるかよ!!」

しかしそれも虚しく、俺たちは後ろから振り下ろされたバットに倒れた。


バットで殴られた少し後、俺は昔の夢を見ていた。

俺がまだ小さかった頃のことだ。

俺が生まれた家は、決して裕福な家ではなかった。

しかし、不幸だったと思ったことはない。

それは優しい母親と父親、弟の存在が大きかった。


学校から帰れば、弟が留守番をしていて、毎日のように弟と遊んだ。

特に、その当時学校で流行っていた、怪盗ごっこを好んで遊んだ。

相手のおもちゃを1つ隠して、それを制限時間内に探す遊び。

俺は毎回探す役をさせられた。

弟がこの遊びをしようと言い出す度、決まって怪盗側をやりたがったからだ。


「ねぇお兄ちゃん、おれね、大きくなったらカイトウになるんだ!」

「えーどうしてだよ」

「だってかっこいいじゃん。それにぬすんだものは、ちゃんとやさしい人たちのところにもっていくんだよ?」

「そうだな。どうせ怪盗なら、そういう風になりたいな」

「うん、だから、今日もお兄ちゃんがケイサツ役ね?」

「あぁ、分かったよ」


そんなやり取りを、毎日のように繰り返していた。

俺たちが遊んでいると、母親が帰ってくる。

「おかえりー」

俺たちが声を揃えてそう言うと、「ただいま」と優しい声で返してくれた。


「さぁ、今日の晩御飯はなんでしょう?」

母が尋ねる。

俺と弟が考えをひねり出そうとしても、出てこない。

料理の名前がわからないのだ。

そうしてやり取りしていると、父が帰ってくる。

「ただいま」と父が声をかけて、「おかえりー」とみんなが返す。


そうして家族が揃うと、いよいよ晩御飯の時間となる。

俺はこの時間が大好きだった。

いつまでも続いてくれていたら、それで幸せだったのに。


ある日、母が病気を患った。

最初はただの風邪かと思ったが、日に日に悪くなっていく母を見るうちに、そうではないことを悟った。

俺は働く父の代わりに母の看病をした。

俺は焦った。

自分の使えるすべてをもって、母の病気を調べた。

その病気は、最近治療法が確立されたばかりの病気で、治療に莫大な費用がいることが分かった。


「なんで……人を助けるのに……金は関係ないだろ……」

幼い俺は、自分の無力を痛感し、何もできない自分を呪った。

そうして、俺が本当に何もできないまま、母は息を引き取った。

母の最後の一息まで、俺はただ見ていることしかできなかった。


母が亡くなってからも、俺は学校に通った。

学校に行くと、1人のクラスメイトが、教室にいなかった。

噂では、病気を悪化させて、入院しているとのことだった。

しかしそんな噂はうそだったかのように、そのクラスメイトは学校に来た。

話の真偽を問えば、どうやら本当に病気で、治療のために入院していたようだ。


「さいきんになって、なおせるようになったびょーきだったんだー」

「へぇーすげー」

「うん!ぼく、しょうらいおいしゃさんになろーかなー」


俺は、母の病気を思い出した。

これは少し大きくなってから知ったことだが、そのクラスメイトの家は、近所でも有数の金持ちの家だった。

そのおかげで、高い治療費も出せたのだ。


もし、俺の家もあいつの家のように金持ちだったら?

もし、俺が天才でどんなことでも解決できるスーパーマンだったら?

もし、俺が怪盗で、盗んだ宝を母のために使えたら?


そう考えたとき、ふと、自分の宿命のようなものを感じた。

俺が盗みをしようと、義賊になろうと決めたのは、この時のことだった。

でも、それも、失敗に終わってしまったようだ。


「――い――おい――おい!!」

誰かが、俺の顔を叩く。

起きてるから、もうよしてくれ――そう言いたくて、目を開いた。

するとそこは、来たことない部屋だった。

俺は手足を拘束されて、床に寝かせられていた。

「目が覚めたか?」

目の前の人影が、そう尋ねる。

よく見れば奥にももう一人誰かがいた。

「おーい、はぁ…まぁしょうがないか。もう12年も前だもんな」

ようやく、瞳のピントが合う。

奥に座っていたのは、ミチタカだった。

「久しぶりだなぁ、元気だったかぁ? なぁ!!」

ミチタカが、俺の腹を蹴とばす。

「12年だ。どうだ、金のある暮らしは楽しかったかよ? なぁ!!」

ミチタカは、ずっと俺の腹を蹴る。

「はぁ? なんの話だよ…」

「とぼけてんじゃねぇ、てめぇ自分が盗んだもの金に換えた後、ずっと隠してたろ!」

「金…金なら…お前がずっと…管理してたじゃねぇか…俺たちの金庫で」

「だから、その金がなくなってんだよ!! てっきりあいつが盗んだもんかと思ってたがな? どうやらお前が全部知ってるようだな」

「あいつ?…」俺は、ゆっくりと首を動かして、もう一人の仲間のほうを見た。

「へへ…」

奴も俺と同じく拘束されていたが、なにもされていない様子だった。

「おい、どこ見てんだよ!!」

ミチタカが、今度は俺の髪を鷲掴みにして、持ち上げた。

「この鍵、お前のポケットから出てきたんだけど?」

そう言われて、左手に持っていた鍵を見る。

「それは…」

それは、奴が渡してきた鍵だった。

「この鍵は、俺の元いた家の鍵だ。そこに宝を隠していた。その鍵を、なんでお前が持ってんだ?」

ミチタカが詰める。

俺は、何も言えなかった。

「はぁ、だんまりかよ。もういい、犯人は分かったんだ。あとは始末して、それでおしまいだ。やれ」

ミチタカがそう言うと、隣にいた男が銃を引き抜いた。

男は表情1つ変えずに、その引き金を引いた。

それが、俺の見た最期の景色だった。


「やりましたよ。ミチタカさん。」

「よし、これで、俺の復讐は終わりだな。」

「あの、これで本当に、最後ですよね?」

「あぁ。お前の母さんの治療費の全額負担を約束しよう」

「あ、ありがとうございます!」

「ふぅ、あとは口封じだな。」

「そうですね。あいつもさっさと殺してしまいましょう」

「うん。でもその前に」

――バンッ

「お前の口も、縫っておかなきゃなぁ」

「お、おい、ミチタカ、仕事はしたぞ。はやく、報酬くれよ」

「あ? お前もここで死ぬんだよ」

「なんでだ! 12年前から、黙ってお前に協力してやってただろ?」

「あーそうだったな。でも、お前は信用ならないからなぁ」

「わ、分かった。このことは絶対に言わない。お前にも一生の忠誠を誓う。な? 信じてくれよ!!」

「…」

「わ、分かってくれたか?」

……バンッ

「ったく、義賊ごっこなんてやってられねぇよ。しかし、これで金は本当に俺のものだ。

ご苦労だったな。みんな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

義賊の秘密 ZuRien @Zu_Rien

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ