第40話『ハーレム、ついに5人体制へ──それでも俺は刀を打つ』

 午前の空が白んでいく頃、鍛冶場にはもう火が入っていた。炉から立ちのぼる熱気の中、金槌の音が朝の静寂を断ち切るように響く。


「もう少し左、湊。叩きすぎると、バランス崩すよ」


 クラリスが器用に火ばさみで真っ赤に焼けた金属を押さえながら、湊の横顔を見つめて言う。その目は、鍛冶職人としての真剣さと、ヒロインとしての牽制心の入り混じった複雑な色をしていた。


 湊は軽く頷くと、汗を拭い、金槌を構え直した。トン、トン、と一定のリズムで叩きながら、工房の中をちらと見回す。


 ルフナは大きな鉄鍋で道具の油抜きをしていた。その顔にはいつもの明るい笑顔が浮かんでいるが、眼差しはどこか落ち着きを失っていた。彼女は最近、よく湊とユリアナの距離を気にしている。


 メルゼリアは書庫の一角で、古文書を引っ張り出して「魔法刻印と刀身の相性」について研究している。その姿は研究者そのもので、部屋の端で静かに存在感を放っていた。


 そしてユリアナは、鏡の剣──《ルクス・アリア》を丁寧に布で磨きながら、誰よりも真っ直ぐに湊を見ていた。


「……もう、見なくていい。鏡の中の過去じゃなく、あなたの背中を見ていたい」


 その言葉は昨日の夜、剣を湊に託した際のユリアナの言葉だった。あれから、彼女はここに残ることを決めた。王都への帰還を拒否し、「あなたの側で、刃として生きたい」と。


 つまり。


「……完全に、五人体制か」


 湊は、金槌を振るう手を止め、ひとり呟いた。


 工房は活気に満ちていた。クラリスは技術面で湊を補佐し、ルフナは機材の調整と場の空気作りを担い、メルゼリアは魔術刻印と理論研究で後方支援。アーデルハイト──先日から加わった王都貴族の娘にして新参ヒロイン──は経理と情報収集を任され、工房の金庫番としてすでに絶大な信頼を得ていた。


 そしてユリアナ。かつて王都の衛士として剣の道を極めてきた彼女は、いまや湊の鍛える刃の試し切りを担う“最前線の剣士”として、誰よりも凛として佇んでいる。


 それぞれの役割が重なり合い、工房は一つの“戦う共同体”へと変貌していた。


 しかし。


 その平穏に、終わりの兆しは、すぐそこまで迫っていた。



 夜。


 アーデルハイトが、屋敷の玄関で一通の書状を手にしていた。


「王都から……急報です」


 その声は低く、震えていた。


 広間に集まった五人のヒロインたちと湊。全員がその場で立ち上がった。


「内容は?」


 湊が尋ねると、アーデルハイトは口を引き結びながら、手紙を開いた。


「──『“鏡剣”の改造依頼を拒否した者が、王都を離れ、消息を絶った』との報せです」


「拒否……した?」


 ユリアナが眉をしかめる。「それって……わたしのこと?」


「いいえ。別の鍛冶師らしいです。王都にはまだ、いくつか秘密裏に“剣の再生”を請け負う工房があって……今回の人物も、王家に名を連ねる職人でした。でも、姿を消した」


 湊が眉をひそめる。


「そして、背後に“漆黒の公会”の名が」


 アーデルハイトの言葉が落ちると同時に、部屋の空気がぴたりと止まった。


《漆黒の公会》。古より剣と魔術を禁じ手として操り、国の中枢にすら影響を及ぼすとされる“裏の職人集団”。


 彼らは、剣を打つことを“命を縛る行為”と断じる。


 ──美しき武器は、美しき破滅を招く。


 それが、彼らの信条だ。


「つまり……“鏡剣”を、“誰か”が悪用しようとしてるってことか」


 ルフナが真顔で呟いた。


「その悪用を拒んだ職人が、消された可能性もある……?」


 クラリスが言い、メルゼリアが静かに頷いた。


「“鏡剣”とは、想念を記録し、他者に投影する剣。扱いを誤れば、洗脳兵器にもなりうる」


「そんなモンを、漆黒の公会が手に入れたら……」


 誰もが息を呑んだ。


 ──そのとき。


 トン、と、ユリアナが一歩前に出た。


「……ならば、私が止める」


「ユリアナ?」


「《ルクス・アリア》は、湊が“わたしのために”打ってくれた剣。あの剣の意味を、誰よりもわたしが証明したい。破壊のためにではなく、希望のために振るえることを──」


 静かな、でも決意に満ちた声だった。


 そして、彼女のその想いは、五人のヒロインたち全員の中で、何かを動かした。



 夜が更けてゆく。


 鍛冶場の炎はまだ、消えていなかった。


 湊は一人、火床の前に立ち、目を閉じる。


 炎が、熱を伝えてくる。鉄のにおいと、灰の気配が、肌にまとわりつく。


 ──“打つ理由”は、まだはっきりしない。


 でも。


 背中には、五人の存在があった。


 それぞれが、彼に託した願いがある。


 だから、湊はまた金槌を握った。


 幻ではなく、現実のために。


 過去ではなく、未来のために。


「……さあ、打つぞ」


 そう呟いたとき。


 炉の奥で、何かが震えた気がした。


 火ではない。


 それは、これから生まれる“新しい刃”の鼓動だった。


(続く)

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