第41話『決別の刃──ユリアナ、かつての仲間と再会す』

 王都からの使者が現れたのは、鍛冶工房アエトニアの焰に新たな朝が訪れようとしていた頃だった。


「失礼、ユリアナ=フォン=エリュシオン様はいらっしゃいますか?」


 開かれた扉の向こうに立つのは、黒銀の礼装を纏った三人の男女。額には《王剣連隊》の徽章があり、彼らのひとり──長身の青年だけが、ユリアナと同じ銀の瞳を宿していた。


 ユリアナは、湊の隣で鍛冶台の火加減を見ていたが、その声に反応して手を止めた。ほんの一瞬だけ瞳が揺れた。


「……レオン」


「久しいな、ユリア。あれ以来か──『黒曜の咎』の夜以来だな」


 湊が鍛冶槌を下ろし、そっと様子を窺った。工房の空気が凍るような緊張感に包まれる。


 レオンは冷ややかな笑みを浮かべたまま、まっすぐにユリアナを見つめた。


「陛下より命を受け、君を《王剣連隊》へ連れ戻しに来た。“剣の巫女”としての役割は、まだ終わっていない。今なら、あの件も不問とされる可能性が高い」


 クラリスが即座に前に出た。「ちょっと、何勝手なことを──!」


 ルフナとメルゼリアも動こうとするのを、湊が手で制した。


 ユリアナは、一歩前に出た。その銀髪が、朝日に照らされてきらめく。


「レオン。わたしは、ここに残る。今の私の剣は……《王》のためではなく、“鍛冶屋の男”のためにあるの」


 沈黙が落ちた。


 レオンは笑みを消した。「……本気か。君が……君が、あの《鏡剣》の打ち直しを拒んだ本当の理由は何だ?」


「幻を斬る剣なんて、もういらない。姉の影に縛られた剣では、誰も未来を見られない」


「ユリア……。あの日、君が逃げ出したあの夜から、王都では多くのことが変わった。だが、君の剣だけは変わっていない。あの鋼の、しなやかな強さ──王に捧ぐべきだったその才を、何故、こんな田舎の工房で浪費している!?」


「浪費だなんて……!」


 それまで沈黙していた湊が口を開いた。


「この工房で打つ剣には、王の威光なんて要らない。ただ、“誰かの想い”が宿ってる。ユリアナの剣も、今はそういうものだ」


 ユリアナは小さく頷いた。


「湊の言う通り。私は、湊に出会って……ようやく、打つ意味を知ったの。だからもう、《王剣》なんて称号はいらない」


「では……敵だな」


 レオンはゆっくりと剣を抜いた。


 漆黒の刃が、朝陽の中で静かに唸った。


「俺は、お前の剣と向き合う。最後に、お前が何を選ぶのか──試すために」


 対峙するふたりの間に、緊張が走る。


「工房の中での戦いは禁止だぞー!!」


 ルフナが叫んだが、ユリアナは小さく手を挙げて制止した。


「いいの。……避けては通れないの、これは。私の剣の始まりと、終わりを告げる一撃だから」


 そう言って、彼女は背中の鞘から《ルクス・アリア》──光を映す剣を抜いた。あの時、湊が打ち直したばかりの剣が、今ここにあった。


「来なさい、レオン。貴方の“過去”も、“王都”も、わたしが終わらせる」


 剣が、交わる。


 鋼と鋼が火花を散らし、幻影のように揺れる魔術が空気を裂く。


 《王剣連隊》と称される精鋭、その中でも筆頭とされるレオンの剣筋は、隙がなく──それでいて、どこか未練があった。


(ユリア……まだ戻れる。今なら、まだ──)


 その思念が、剣に映る。


 だが、ユリアナの《ルクス・アリア》は、まっすぐにそれを切り裂いた。


「……未練で刃を振るうな。それは、誰も守れない剣よ」


 乾いた衝撃音。レオンの剣が地に落ちた。


「終わったわ。わたしは、もう迷わない。湊が見てくれたから。わたしの“今”を」


 立ち尽くすレオンに、ユリアナは静かに背を向けた。


「帰って、陛下に伝えて。ユリアナ=フォン=エリュシオンは、《王剣連隊》ではなく──“火床の工房”の剣士として生きる、と」


 そしてそのまま、工房の奥に戻る。


 クラリスたちが駆け寄って、彼女を取り囲んだ。


「ったく、また勝手に目立って……!」


「でも……かっこよかったよ、ユリアナ」


 ユリアナは、少しだけ照れたように笑った。


 湊が、改めて言葉をかける。


「……ありがとう。戻ってきてくれて」


「……ううん。私は、ようやくここに“来た”のよ。自分の足で、自分の意志で」


 その時、ルフナが慌てた声で叫んだ。


「大変!! 王都からの文がまた届いてる! 今度は──《漆黒の公会》の動きがあったって!」


 一瞬、場が凍った。


 メルゼリアが文を手に取り、目を細める。


「《漆黒の公会》……剣の“禁術”を継承する者たち。まさか、まだ生き残りがいたなんて」


 湊は、拳を固く握りしめた。


「……なら、次はその剣に向き合う番だな」


 工房は、すでに“剣”だけの場所ではない。仲間がいて、信じる刃がある。


 幻を超え、想いを打ち直した湊は──次の試練へと進む。


 《漆黒の公会》の影が、静かに迫っているとは知らずに。


(つづく)

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