第39話『ユリアナ、告白──私はあなたの刃になりたい』
夜の工房には、まだ炉の赤が残っていた。
湊は最後の火を確認し、トングを壁に掛けようとして──振り返った。
「……誰か、いるのか?」
小さな靴音。気配を殺していたが、それは確かに、湊を目指して近づいてくる足取りだった。
やがて現れたのは、銀の髪を風に揺らした少女──ユリアナだった。王家の血を引く令嬢とは思えぬ、素朴な布地のワンピース。その足元は裸足で、夜の冷気に晒されている。
「ユリアナ……どうした? 夜にひとりで出歩くのは……」
湊が言いかけた言葉は、彼女の瞳に吸い込まれるように途切れた。
ユリアナは、迷いのない瞳をしていた。
静かに、彼の前に立つ。そして──。
「わたし、王都には戻りません」
その言葉に、工房の空気が変わった気がした。
「……どういう意味だ?」
「公的には、“療養のための長期滞在”として処理されます。でも、私はもうあそこには戻らない。あなたの工房で、“あなたの刃”になりたい」
湊は絶句した。
ユリアナは続ける。
「私は、ずっと“姉の幻”の中で生きてきた。“鏡の剣”に囚われて、自分が誰なのかさえ分からなかった。けれど、あなたの火を見て……あなたが打った《ルクス・アリア》に触れて……ようやく私は、私として立てたのです」
風が工房の壁を鳴らす。その音に乗って、彼女の言葉はまっすぐに届いてくる。
「だから、私は──あなたのそばで、これからの剣を見つめていたい。打ち上がる火花の中で、あなたの心に寄り添いたい。王族の名前も立場もいらない。ただ、ここにいる“わたし”を、あなたの隣に置いてください」
湊は、自分の胸が高鳴っているのを感じた。
彼女の瞳は、何よりも“真っ直ぐ”だった。王族としての誇りでも、姉への劣等感でもなく、ただ“彼”を選んだ意志だけが宿っていた。
「……でも、ここは君にとって、きっと平穏とは言えない。鍛冶屋だし、剣の依頼も、魔剣も──」
「知っています。それでも、あなたの“火”のそばにいたいんです」
その言葉に、湊はゆっくりと頷いた。
「……分かった。君がそれだけの覚悟を持ってるなら、俺も全力で迎えるよ」
ユリアナの表情が、ふわりと緩んだ。
けれど──。
「……えっ、ちょっと待て!!」
扉が乱暴に開き、飛び込んできたのはクラリスだった。
「今の話、全部聞こえてたんだけど!? 何その“あなたの刃になりたい”って!? あたしは!? あたしはどうなるのよ!?」
「クラリス、落ち着け。これは……」
「落ち着いてられるかーっ!!」
そこに、ルフナが顔を出し、
「ってかマジで増えてんじゃん! ねえ湊、何人目っすかコレ!?」
続いて、メルゼリアも口を挟む。
「私は別に恋愛沙汰に興味はないが……工房が“乙女の戦場”になるのは不便極まりない」
そして、ミルミが最後に。
「……でも、ユリアナちゃんの気持ち、本物っすね。なんかこう、刺さったっす」
湊は、心底頭を抱えた。
──こうして、工房の人員は、ついに5人目の“正式居住者”を迎え入れることとなった。
彼の平穏な鍛冶師生活など、遥か彼方の幻である──。
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