第4章:《幻影王国と鏡の刀》編

第31話『鍛冶屋、ついに営業再開!でも全員接客ゼロ点!?』

朝露に濡れた木々が、陽光を浴びてきらめく。


 山間の小さな集落に佇む鍛冶小屋──かつては朽ちかけた物置のようなその建物が、今や白煙を上げる立派な工房へと生まれ変わっていた。


「本日より、工房炎継ノ炉、営業開始とします!」


 木製の扉に取りつけられた小さな札をくるりと裏返し、湊が宣言した。


 傍らでクラリスが軍服に似た白銀の作業着姿で威風堂々と胸を張る。


「国家登録刀匠・村上湊殿を迎えたこと、正式にここに報告する。我が剣、《鋼血のラグナ》も彼の手で完成した。技術は折り紙つきだ」


「って、クラリス姉さん、それ“開店の口上”じゃなくて“軍の儀礼報告”じゃん……」


 ルフナが苦笑しながらツッコむ。今日も相変わらず元気なリス娘(自称)である。


 しかし、工房の前にはすでに十数名の村人や冒険者が列をなしていた。


「本当に……来てくれたんだな……」


 湊はどこか信じられないように、その光景を見つめた。王都からのスパイ騒動も、クラリスのバスタオル騒動も、ようやく一段落した今。ようやく“職人”としての人生が、異世界で再び始まる。


「では、受付開始!」


 受付係を務めることになったのは、ルフナ。


「はいはい、依頼内容言って! えっと、“折れた剣の修復”ね? 武器種は? え、えっと、分類……あ、あれ?」


 初日からパニックである。


 一方、記録係を任されたメルゼリアはといえば──


「ふむ……素材名ティタニア鋼……寸法三尺三寸……重量……貴様、秤に乗れ」


「いやいや、なんで依頼人が乗るんだよ!? それ秤じゃなくて作業台だってば!」


 湊が慌ててツッコミを入れる。


 そして、クラリスはというと──


「鍛冶屋の受付とは……戦場における野営陣地に似ているな。敵(依頼者)との対峙、即応、適切な配置──見事な布陣を敷かねば」


「なんで軍略シミュレーションしてんの!? しかも全員“敵”扱いって!!」


 湊は頭を抱えた。


 想定以上の来客数と、想定以上の混乱。だが、村人たちは案外、楽しそうに笑っていた。


「なんかこう、賑やかでええなあ……ここも“人”が住む場所になったんやなあ」


 隣で、陽焼けした老猟師がぽつりと呟いた。


 湊の胸が熱くなる。


 刀匠として、一から立ち上げる──それが、ただの“武器屋”ではなく、“誰かの暮らしに寄り添う場所”になるなら、それは彼の目指す理想に他ならなかった。


「よし、じゃあ俺が打つ! あとは、任せた!」


「え、任せられても困る!」

「俺も鍛冶手伝いたいのに……」

「湊殿、一つだけ言っておこう。後方支援の大切さを軽視すると、戦場では死ぬぞ」


 そんなやりとりの中で、工房炎継ノ炉は、異世界における“日常”の形を確かに築き始めていた。


 その背後で──小さく光る剣が、かすかな“鏡面反射”を返していたことに、この時はまだ、誰も気づいていなかった。


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