第29話『クラリス、炎上。バスタオル姿で決闘宣言』

霧がかった朝。山小屋に射し込む光はまだ柔らかい。

 しかし、その静けさを打ち破るように──


「剣で、私自身の信義を示す!」


 その声と共に、小屋の浴場の戸が勢いよく開け放たれた。


 ──バスタオル一枚の姿で。


 湯気の中から飛び出してきたのは、銀髪を濡らしたままのクラリス=ヴァンベルク。その姿はまさに、女神か、あるいは破壊神か。


 だが、問題はその格好だ。


「ちょっ……お、おま、クラリス!? おい、服……!」


「関係ない。心を剥き出しにしてこそ、真の戦いは始まるのだ!」


「いやいや、物理的に剥き出す必要はないから!」


 ルフナが即座にツッコむ。湊は目を逸らしながら、しかしチラッとだけ見てしまったことを猛烈に後悔していた。


(見たら負け……だが、あれは戦だった……戦ならば仕方がない……!)


 彼の心は既に五分に裂かれていた。理性と本能。誓いと欲望。そのすべてが、“バスタオル一枚の戦乙女”の出現によって粉々に砕かれていく。


「説明しろクラリス!! 風呂から出てきたその足で、なんで決闘なんだよ!!」


「信義を貫くには、ためらいは無用だ。衣服を整える時間すら惜しかった。それだけだ」


「……いや、潔すぎるだろ。こっちは心の準備が何一つできてないんだが……」


 湊が額に手をやる。その向こうで、ルフナは耳まで真っ赤にしながら叫ぶ。


「ずるい!ずるいずるいずるい!! クラリスばっかり目立ってずるいーっ!!」


 彼女の手には桶が握られていた。威嚇の構えである。


「いったん服を着よう。頼むから」


「拒否する」


 クラリスの即答に、空気が凍る。そして次の瞬間──


「……その勝負、受けようじゃないの。私も黙って見てるだけじゃ癪だしね」


 メルゼリアが、鋭く冷たい声で現れる。朝の巡回を終えたばかりなのだろう、髪を束ね、剣帯を締めている。


「なっ……! まさか、メルゼリアさんまで……!」


「私だって、あの夜の話、聞いてたわよ。“膝枕事件”。あれで私の胃も爆発したんだから」


「誤解だって何度も言ったよな!?」


 湊の叫びが山にこだまする。


 その後、なぜかバスタオル姿のクラリスと、服を着たルフナと、剣を帯びたメルゼリアによる“模擬戦”が小屋裏の鍛錬場で行われることになった。


「よし、三人が三人とも俺に襲いかかるのはやめよう! 練習、模擬戦だよな!? 命までは取らないってことで!」


「体で覚えろ、師匠」


「うぉぉぉい!! そのセリフ、状況によって意味が変わるから!!」


 火花が散る。剣の一閃。投げられる桶。飛ぶバスタオル。


「うわああああああああ!!!!!」


 湊の叫びが、山に響き渡った。

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