第7話『ドワーフが弟子志願に来たんだけど!?』
それは、朝だった。
まだ鍛冶炉の火も入れていない。
寝起きのまま湊が屋外炉の調整をしていると、小屋の前の森の道から、ドタドタとやたらうるさい足音が聞こえてきた。
……走ってくる。全力で。
(獣か?)
いや、違う。近づくにつれて、人間の声が混じってきた。
「……あっったあああああああ!!見つけたあああああ!!」
(……面倒な予感しかしない)
案の定、現れたのは――身長140センチほどの少女。
がっしりした体つきに、ハンマーを背負い、目を輝かせて突進してくる。
……ドワーフだった。
◇
「師匠ぉぉぉぉぉぉおお!!」
湊の眼前まで来た少女は、勢いのまま地面に土下座した。
「お願いですっ! 弟子にしてくださいぃぃぃ!!」
地面が割れる勢いで頭をぶつける。音がした。派手に。
そして目にはすでに涙。鼻も出ている。
「お、お前……誰だ……」
「名乗りが遅れましたぁあっ! ルフナ・アイアンスミスと申しますっ!」
その名前に湊の眉が少しだけ動く。
アイアンスミス。
聞いたことのある名だった。
ドワーフの大鍛冶一族。代々、王国の武具を請け負ってきた名家。
その末娘が、なぜか森の片隅にいる無名刀匠に土下座中である。
「……どうして俺に?」
「この刀ですっ!!」
そう叫ぶと、ルフナは懐から紙を取り出した。擦れてボロボロのスケッチブック。
そこには――湊が数日前に軒下で干していた黒刀の、細かすぎる図面がびっしりと描かれていた。
「形!反り!厚み!重心位置! 師匠の打った刀、あたしの理想すぎて鼻血出ました!!」
「知らんがな」
「これ以上ないってくらい推し刀です!あたし、この刀のために生きていけます!」
「落ち着け」
「弟子にしてくださいぃぃぃぃぃ!!!」
「……無理。会話がしんどい」
湊、即答。
だがルフナは引かない。
「喋らなくていいですから!見て覚えますから!……あ、でも質問はしていいですよね!?」
(話しかけんなっつってんだろ)
無言で顔を背ける湊に、ルフナがぐいっと寄ってくる。
「師匠!道具は自前で揃えます!飯炊きも掃除もやります!あと、寝る場所は屋外で十分です!」
「むしろ俺のがそこまでしてる」
「それに……」
ルフナの声が少しだけ低くなった。
「アイアンスミスの家……今、継ぐ人がいないんです。兄たちは全員、商人に転向して……父ももう、火を振らなくて……」
そう呟いて、少女は刀のスケッチを見つめた。
「だから、あたし……“打てる人”に弟子入りしたくて……」
彼女の目は真剣だった。
その言葉に、湊は一瞬だけ迷う。
……いや、迷ってはいない。
ただ、静かに鍛冶したい。それだけだ。
それなのに。
「弟子にしてくれるまで、ここにいますからっ!」
「……じゃあ外で立ってろ」
「はいっ!」
そして本当に、小屋の外に仁王立ちするドワーフ少女が一人。
斧のようなハンマーを地面に突き立てて、静止。
(……マジかよ)
◇
それから丸一日。
湊はひたすら鍛冶に集中し、ルフナはひたすら正座で待機。
翌日、ルフナは目を腫らしてもまだいた。
三日目には鍋を勝手に作って、**「師匠、スープです」**と持ってきた。
四日目、湊の口から、ついに言葉が漏れる。
「……火起こし、任せる」
「はいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
その声、森中に響く。
◇
こうして、**“陰キャ刀匠と、うるさい弟子の鍛冶生活”**が、始まった。
湊は静けさを失い、
ルフナは師匠の背中を追いかけ、
やがて――その刀が、またとんでもない事件を巻き起こす。
◇
だが今はまだ、始まりにすぎない。
小屋の片隅に並ぶ、二人分の鍛冶道具。
火床にくべられる炭。槌と槌の音。小さな弟子の掛け声。
そして、黙々と打ち続ける師匠の姿。
「……静かだった日々、帰ってこないな……」
ぽつりとこぼした湊の言葉は、
なぜかちょっとだけ、笑っているように聞こえた。
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