第7話『ドワーフが弟子志願に来たんだけど!?』

それは、朝だった。


 まだ鍛冶炉の火も入れていない。

 寝起きのまま湊が屋外炉の調整をしていると、小屋の前の森の道から、ドタドタとやたらうるさい足音が聞こえてきた。


 ……走ってくる。全力で。


(獣か?)


 いや、違う。近づくにつれて、人間の声が混じってきた。


「……あっったあああああああ!!見つけたあああああ!!」


(……面倒な予感しかしない)


 案の定、現れたのは――身長140センチほどの少女。


 がっしりした体つきに、ハンマーを背負い、目を輝かせて突進してくる。


 ……ドワーフだった。


 



 


「師匠ぉぉぉぉぉぉおお!!」


 湊の眼前まで来た少女は、勢いのまま地面に土下座した。


「お願いですっ! 弟子にしてくださいぃぃぃ!!」


 地面が割れる勢いで頭をぶつける。音がした。派手に。


 そして目にはすでに涙。鼻も出ている。


「お、お前……誰だ……」


「名乗りが遅れましたぁあっ! ルフナ・アイアンスミスと申しますっ!」


 その名前に湊の眉が少しだけ動く。


 アイアンスミス。


 聞いたことのある名だった。


 ドワーフの大鍛冶一族。代々、王国の武具を請け負ってきた名家。


 その末娘が、なぜか森の片隅にいる無名刀匠に土下座中である。


「……どうして俺に?」


「この刀ですっ!!」


 そう叫ぶと、ルフナは懐から紙を取り出した。擦れてボロボロのスケッチブック。


 そこには――湊が数日前に軒下で干していた黒刀の、細かすぎる図面がびっしりと描かれていた。


「形!反り!厚み!重心位置! 師匠の打った刀、あたしの理想すぎて鼻血出ました!!」


「知らんがな」


「これ以上ないってくらい推し刀です!あたし、この刀のために生きていけます!」


「落ち着け」


「弟子にしてくださいぃぃぃぃぃ!!!」


「……無理。会話がしんどい」


 湊、即答。


 だがルフナは引かない。


「喋らなくていいですから!見て覚えますから!……あ、でも質問はしていいですよね!?」


(話しかけんなっつってんだろ)


 無言で顔を背ける湊に、ルフナがぐいっと寄ってくる。


「師匠!道具は自前で揃えます!飯炊きも掃除もやります!あと、寝る場所は屋外で十分です!」


「むしろ俺のがそこまでしてる」


「それに……」


 ルフナの声が少しだけ低くなった。


「アイアンスミスの家……今、継ぐ人がいないんです。兄たちは全員、商人に転向して……父ももう、火を振らなくて……」


 そう呟いて、少女は刀のスケッチを見つめた。


「だから、あたし……“打てる人”に弟子入りしたくて……」


 彼女の目は真剣だった。


 その言葉に、湊は一瞬だけ迷う。


 ……いや、迷ってはいない。


 ただ、静かに鍛冶したい。それだけだ。


 それなのに。


「弟子にしてくれるまで、ここにいますからっ!」


「……じゃあ外で立ってろ」


「はいっ!」


 そして本当に、小屋の外に仁王立ちするドワーフ少女が一人。

 斧のようなハンマーを地面に突き立てて、静止。


(……マジかよ)


 



 


 それから丸一日。


 湊はひたすら鍛冶に集中し、ルフナはひたすら正座で待機。


 翌日、ルフナは目を腫らしてもまだいた。


 三日目には鍋を勝手に作って、**「師匠、スープです」**と持ってきた。


 四日目、湊の口から、ついに言葉が漏れる。


「……火起こし、任せる」


「はいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」


 その声、森中に響く。


 



 


 こうして、**“陰キャ刀匠と、うるさい弟子の鍛冶生活”**が、始まった。


 湊は静けさを失い、

 ルフナは師匠の背中を追いかけ、

 やがて――その刀が、またとんでもない事件を巻き起こす。


 



 


 だが今はまだ、始まりにすぎない。


 小屋の片隅に並ぶ、二人分の鍛冶道具。

 火床にくべられる炭。槌と槌の音。小さな弟子の掛け声。


 そして、黙々と打ち続ける師匠の姿。


「……静かだった日々、帰ってこないな……」


 ぽつりとこぼした湊の言葉は、

 なぜかちょっとだけ、笑っているように聞こえた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る