第6話『村の鍛冶屋よりヤバい奴扱いされる』

 静かに、穏やかに暮らしたい。


 ただそれだけを願って、小屋を買い、炉を作り、刀を打つ。


 火と鉄と己の呼吸だけがあれば、それで良かった。


 だというのに。


「……なぜ……また俺の刀が……勝手に戦果を挙げてるんだ……?」


 小屋の片隅で、湊は頭を抱えていた。


 



 


 ことの発端は、一本の試作刀だった。


 新素材「黒鉄鉱」を試しに鍛え、焼き、刃を入れた――だけの作品。

 銘も入れていない、柄巻きすらしていない、完全な未完成品。

 夜風で冷やすため、小屋の軒先に吊るしていた。


 翌朝、なくなっていた。


「……まさか、また……」


 足跡がある。靴跡。たぶん人間。


 だが、それ以外は残されていなかった。


 気味が悪い。何より、“また盗まれた”という事実が地味に効く。


 そして数日後。


 町でとんでもない噂が流れていた。


 



 


「十人……一晩で?」


「うん……うちの隊でも腕の立つ盗賊だったけど……全員、胴から真っ二つだってさ」


「それって……“剣鬼”の仕業じゃねぇのか……?」


 町の裏通り、治安維持団の会合。

 その中で語られるのは、森の中から現れた黒装束の剣士。


 曰く、無言で歩き、無銘の黒刀を抜いて、

 わずか数秒で十人を斬り伏せた。


 曰く、切れ味はまるで魂すら断ち切るようだった。


 曰く、笑っていた。

 曰く、泣いていた。

 曰く、無表情だった。


 ――要するに、「誰もまともに見てない」のだが、噂は噂として拡散されていく。


「やべぇって……あいつ、“森の剣鬼”って呼ばれてるらしいぞ……」


「ていうかその刀、“黒鋼の匠”の作品じゃねぇのか!?」


「まさか、匠様=剣鬼……?」


 



 


 一方その頃、当の刀匠は。


「……鉄を打つ音……気持ちいいな……」


 黙々と作業中。


 誰もいない。誰も喋らない。火と槌と、自分だけ。


 天国。


 ――のはずだったのに。


 森の小屋を取り囲むように、数人の男たちが現れた。


「……いたぞ」


「森の剣鬼……!」


「覚悟しろ……っ!」


 治安維持団。全員、剣を構えて小屋の前に立つ。


「出てこい!“その刀”を使ったのは貴様か!」


 ドン、と扉が叩かれる。


 中では、湊が鉄に集中していた。


(……うるさいなぁ……火、消えちゃうんだけどなぁ……)


 再度、扉がドン。


「森の中で、“黒刀で十人斬り”をしたのは貴様だな!」


「答えろ! 何者だ!」


 そこでようやく、湊はしぶしぶ手を止めた。


 扉を開ける。

 顔を出す。

 無言。無表情。寝ぐせつき。


 剣士たちの背筋が凍る。


「……た、たしかに噂通り……無表情……!」


「まさか、あれはこの男だったのか……?」


「でも全然怖くない……むしろ、寝起き感……」


「いや逆に……本物って、こういう無言系なんじゃ……?」


 困惑が連鎖するなか、湊が一言だけ口を開いた。


「……刀を打ったのは俺だけど、勝手に斬るな」


 言葉の意味を理解するまで、数秒かかった。


「え? え? えっ?」


「じゃあ……黒刀はお前の……?」


「え、でも……犯人は別にいるってこと……?」


「なんで斬ってないのに、そんな斬った感あるの……?」


 やがて――


 男たちは深々と頭を下げた。


「ご迷惑をおかけしましたァアア!!」


「ご武運を祈りますッ!」


「弟子になりたいんですが!!」


「どさくさに紛れて告白しないで!!」


 湊は扉を静かに閉めた。


「……火、冷めたじゃん……」


 



 


 だが、騒動はそれでは終わらなかった。


 その報告が、町の上層部を超えて、王都の情報局に届く。


 高官A「なんだと……“神造刀”を打つ者が、森に……?」


 高官B「しかも、その刀はすでに実戦で“十人を断った”実績が……」


 高官C「ついに……我が国にも、“神具”を生む鍛冶神が現れたか……!」


 王都、動揺。


 それはつまり、静かに生きたい陰キャ職人が、王国にマークされた瞬間でもあった。


 



 


 夜。


 湊は、焼き戻し中の刀を見つめながら、ぽつりと呟いた。


「……俺、ただ火と鉄と向き合いたいだけなんだけどな……」


 外ではフクロウが鳴いている。


 彼の希望は、静けさと、誰もいない日常。


 だが、その手で生まれた刃が、次々に世界をざわつかせていく。


 そして。


 次に彼の小屋を訪れるのは、やかましすぎる“金槌少女”だった――

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