第6話『村の鍛冶屋よりヤバい奴扱いされる』
静かに、穏やかに暮らしたい。
ただそれだけを願って、小屋を買い、炉を作り、刀を打つ。
火と鉄と己の呼吸だけがあれば、それで良かった。
だというのに。
「……なぜ……また俺の刀が……勝手に戦果を挙げてるんだ……?」
小屋の片隅で、湊は頭を抱えていた。
◇
ことの発端は、一本の試作刀だった。
新素材「黒鉄鉱」を試しに鍛え、焼き、刃を入れた――だけの作品。
銘も入れていない、柄巻きすらしていない、完全な未完成品。
夜風で冷やすため、小屋の軒先に吊るしていた。
翌朝、なくなっていた。
「……まさか、また……」
足跡がある。靴跡。たぶん人間。
だが、それ以外は残されていなかった。
気味が悪い。何より、“また盗まれた”という事実が地味に効く。
そして数日後。
町でとんでもない噂が流れていた。
◇
「十人……一晩で?」
「うん……うちの隊でも腕の立つ盗賊だったけど……全員、胴から真っ二つだってさ」
「それって……“剣鬼”の仕業じゃねぇのか……?」
町の裏通り、治安維持団の会合。
その中で語られるのは、森の中から現れた黒装束の剣士。
曰く、無言で歩き、無銘の黒刀を抜いて、
わずか数秒で十人を斬り伏せた。
曰く、切れ味はまるで魂すら断ち切るようだった。
曰く、笑っていた。
曰く、泣いていた。
曰く、無表情だった。
――要するに、「誰もまともに見てない」のだが、噂は噂として拡散されていく。
「やべぇって……あいつ、“森の剣鬼”って呼ばれてるらしいぞ……」
「ていうかその刀、“黒鋼の匠”の作品じゃねぇのか!?」
「まさか、匠様=剣鬼……?」
◇
一方その頃、当の刀匠は。
「……鉄を打つ音……気持ちいいな……」
黙々と作業中。
誰もいない。誰も喋らない。火と槌と、自分だけ。
天国。
――のはずだったのに。
森の小屋を取り囲むように、数人の男たちが現れた。
「……いたぞ」
「森の剣鬼……!」
「覚悟しろ……っ!」
治安維持団。全員、剣を構えて小屋の前に立つ。
「出てこい!“その刀”を使ったのは貴様か!」
ドン、と扉が叩かれる。
中では、湊が鉄に集中していた。
(……うるさいなぁ……火、消えちゃうんだけどなぁ……)
再度、扉がドン。
「森の中で、“黒刀で十人斬り”をしたのは貴様だな!」
「答えろ! 何者だ!」
そこでようやく、湊はしぶしぶ手を止めた。
扉を開ける。
顔を出す。
無言。無表情。寝ぐせつき。
剣士たちの背筋が凍る。
「……た、たしかに噂通り……無表情……!」
「まさか、あれはこの男だったのか……?」
「でも全然怖くない……むしろ、寝起き感……」
「いや逆に……本物って、こういう無言系なんじゃ……?」
困惑が連鎖するなか、湊が一言だけ口を開いた。
「……刀を打ったのは俺だけど、勝手に斬るな」
言葉の意味を理解するまで、数秒かかった。
「え? え? えっ?」
「じゃあ……黒刀はお前の……?」
「え、でも……犯人は別にいるってこと……?」
「なんで斬ってないのに、そんな斬った感あるの……?」
やがて――
男たちは深々と頭を下げた。
「ご迷惑をおかけしましたァアア!!」
「ご武運を祈りますッ!」
「弟子になりたいんですが!!」
「どさくさに紛れて告白しないで!!」
湊は扉を静かに閉めた。
「……火、冷めたじゃん……」
◇
だが、騒動はそれでは終わらなかった。
その報告が、町の上層部を超えて、王都の情報局に届く。
高官A「なんだと……“神造刀”を打つ者が、森に……?」
高官B「しかも、その刀はすでに実戦で“十人を断った”実績が……」
高官C「ついに……我が国にも、“神具”を生む鍛冶神が現れたか……!」
王都、動揺。
それはつまり、静かに生きたい陰キャ職人が、王国にマークされた瞬間でもあった。
◇
夜。
湊は、焼き戻し中の刀を見つめながら、ぽつりと呟いた。
「……俺、ただ火と鉄と向き合いたいだけなんだけどな……」
外ではフクロウが鳴いている。
彼の希望は、静けさと、誰もいない日常。
だが、その手で生まれた刃が、次々に世界をざわつかせていく。
そして。
次に彼の小屋を訪れるのは、やかましすぎる“金槌少女”だった――
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