第5話『鍛冶場がないなら、掘るしかない』
――屋根、穴あき。
――壁、虫通り放題。
――鍛冶場、なし。
それが、異世界で購入した人生初マイホームの現実だった。
「……まあ……うん……分かってたけど……」
薄暗い室内で、天井の穴から光が差す。
小屋というより、限界集落の廃墟。
床は地面。煙突も炉もなし。金床もなければ、作業台すらない。
刀匠・村上湊(27歳・陰キャ)、絶望。
だが、それでも彼は前を向いた。
「煙突が……ない、ということは……」
彼の脳裏をよぎるのは、鍛冶の三大原則。
火を焚けない → 炉が使えない → 鍛冶できない → 詰み
あまりにもシンプルな絶望の公式である。
「……つまり……掘るしかない、か」
彼が出した答えは、「炉ごと自作する」だった。
煙突がないなら、作ればいい。
小屋の横を掘り、レンガ代わりの粘土を練り、石を組み上げ、原始的な煙突付き土製炉をつくる。
やったことはない。でも、図鑑は読んだ。
YouTubeも見た。(異世界に来る前)
あとは根性でなんとかなる。たぶん。ならないかもしれない。でもやるしかない。
「……俺の……異世界ファイアースタート……ここからだ……!」
誰も見ていないのをいいことに、ちょっとだけ中二病みたいなことを呟いた。
◇
作業は困難を極めた。
粘土はすぐに崩れ、石は足りず、火は安定しない。
湿気で着火剤が湿り、湊は二度火吹き棒で咽た。
それでも三日間をかけて、どうにか形にはなった。
高さは腰ほど。側面に空気穴と灰捨て口。
上部には斜めに伸びる“土管式の煙突”……もどき。
「見た目はアレだけど、火が入れば……!」
祈るような気持ちで、湊は火を入れた。
――ボフン。
「……ん?」
――ゴォォオォォ……!
「え、ちょっ……あれ、なんか燃えすぎてない?」
そして次の瞬間。
――ドゴォン!!
爆発した。
炉が、爆発した。
火のついた粘土と石が空に舞い、小屋の壁にひびが入り、
湊の眉毛が、片方だけ焼かれた。
「……これが、異世界か……」
彼は半泣きで座り込み、炎の跡を見つめた。
試作第一号・爆死。
せめてもの救いは、小屋ごと燃えなかったことだけである。
◇
数時間後。
「……いらねぇもんは、捨てる」
湊は、失敗作の土炉をバラし、鍋みたいに焼け焦げた粘土の塊を、布に包んで町のゴミ捨て場へと持っていった。
再び町の門を通るのは精神的にダメージが大きかったが、**「無言で動けば視線は避けられる」**という陰キャの知見をフル活用して突破。
ゴミ置き場は、裏路地の一角にあった。
“物を燃やす魔法の火種”なるものが管理されており、不燃物も安全に処理されるらしい。
そこに、そっと袋を置いた。
「……さらば、爆発炉」
心の中で手を合わせて、その場を離れようとした、そのとき――
「お、おいアンタ! それ、捨てんのかい!?」
声をかけてきたのは、行商風の中年男。
眼光鋭く、鼻息が荒い。そして、ものすごい勢いで湊の手元を覗き込んできた。
「こ、これ……この焼き焦げ具合……!なんという妖しい艶!粘土の収縮率といい、これは……!」
商人の目がキラーンと光る。
「ま、まさかこれは……“高位召喚土精の残滓”では!?!?」
(は?)
湊の顔に、「なんのこと?」という三文字がくっきり浮かぶ。
「うおおおお! これは逸品だ! おい兄ちゃん、これ、譲ってくれ!」
そう言うなり、男は金貨を三枚差し出してきた。
「これでどうだ!?」
断る理由がなかった。
「……どうぞ」
即決。即売却。
ただの失敗炉が、三金貨で売れた。
(この世界、モノの価値観、どうなってんだ……)
◇
その夜。
湊は小屋に戻り、焼け跡を見つめながら呟いた。
「……むしろ、爆発してよかったのでは……?」
完全に間違ってる気がするが、得たモノは確かだ。
現金。そして、粘土は売れるという確信。
「……次は、爆発しないやつを作ろう……」
鋼ではなく、粘土で飯を食う日が来るとは思ってもいなかった。
でも、悪くない。
まだ“火を操る”ことは叶っていない。
けれど、“この世界で食う”という目標には、一歩近づいた。
◇
そして数日後。
湊が再チャレンジした“改良型炉・第2号”が完成する頃――
森の外れに、小柄で金髪の少女がやってくる。
「師匠ぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
「この刀、かっこよすぎて鼻血出ましたぁあ!!弟子にしてくださいぃぃぃ!!!」
「……喋らないで。火がブレる」
静かに暮らしたいだけの刀匠の元に、
騒がしすぎる“初の弟子”が降臨するのだった。
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