第24話 こっそりと

 6時間目は理科実験室での、化学基礎の授業だった。濃度が不明な水酸化ナトリウム水溶液のモル濃度を求める実験を行ったのだが、少々時間を過ぎてしまった。6時間目に特別教室で授業を行うときは帰りのSHRは行わないことになっている。


 そのため、同じ班の二人の男子は部活に向かうため、急いで教室に帰って行った。


 今は俺と風花で西校舎の4階の廊下を歩いていた。


「ねぇねぇ、知ってる? 西階段の1番上の踊り場って幽霊が出るらしいよ! だから誰も寄り付かないんだって!」


「そうなんだ」


 知ってるもなにも俺はいつもここから屋上に出て、屋上に用意してもらっている一室でスーツに着替えてから出撃している。


 しかし、風花に俺の正体はまだ明かしてはいないためとりあえず知らないふりをしておいた。


 風花の言う通りこの先に人がいたことは今までなかった。


「ちょっと行ってみない?」


「いいけど、風花は凛花と違って心霊とか幽霊とか興味ないんじゃないの?」


「そうなんだけどさ、ちょっと行ってみたくて! 遥斗くんも私もこの後部活もないしさ……。ちょっとだけ……」


「良いよ、じゃ行こうか!」


「うん」


 階段を上がりながら、一応オーラを飛ばして階段の先を探知してみた。上には誰もいなかった。


 階段を登っていくと、一度中間地点で折り返しになっている。俺たちは折り返してさらに上がって行った。


「うわー、すごいね! なんかここ、雰囲気あるね!」


 階段を上がった先には屋上に続くドアがあるのだが、その前には少しだけ空間がある。そこには人体模型やクマの剥製が入ったケース。古い箪笥など様々な物が所狭しと置かれていた。


 おそらく行き場のない物がここに運ばれて物置がわりにされているのだろう。


 普段は急いでいるからあまり気にしたことはなかったが改めて見てみると、確かに異様な雰囲気があった。


 こう言う場所からは妖が取り憑いた道具とかが見つかることも多いのだが、ここまで近づいても妖の気配は感じないため、ただ単にそれっぽい雰囲気が漂っているだけのようだ。


 ちなみに屋上に続く扉は南京錠をかけられている。うちの学校は生徒が屋上に出ることは禁止されているのだが、俺は校長からもらった鍵ををバッグの外ポッケに入れていて、出入りが自由になっている。


「よし、じゃあそろそろ戻ろうか!」


 やや薄暗いこの場所で二人きりでいると風花のことをいつも以上に意識してしまう。さっきの授業のこともあるし……。


 また、他の誰かが上がってきたら困るため、俺はそう口にしながら階段の方に歩いていった。


「待って、遥斗くん」


 名前を呼ばれて振り向いた瞬間、風花が抱きついてきた。艶やかな黒髪が俺の首筋に触れると同時に何かは分からないが甘い香りが伝わってきた。


 柔らかい物が俺の身体に押し当てられると同時に背中に回った腕が優しく締め付けてきた。


(えっ、風花……)


 心臓の鼓動が手に取るようにわかる。突然のことに頭の中は真っ白だった。なんとか、俺も両腕を風花の背中に回し、触れるか触れないかぐらいの力加減で抱きしめた。


 風花も俺も一言も発しない。俺はただ風花の温もりだけを感じていた。


(やばいなこれ……、まじか……)


 この前、二人と付き合うことが決まった瞬間が俺の人生で1番幸せな瞬間だった。


 あの経験は、もうこの先の人生の中でもずっと超えられない、最高に幸せな瞬間になるのだろうと思っていた。


 しかし、風花と抱き合っている今、あの時の幸せを軽く超えてきてしまった。俺は言葉にならない喜びと幸せを同時に感じていた。


「はぁー、幸せ。大好きだよ」


 耳元で言われた甘い囁きに、脳が溶けるかと思った。


「俺もだよ」


 なんとか言葉を返したが、正直足から力が抜けていきそうだった。俺が返事を口にした瞬間、風花の力が少し強くなったのを感じた。


 しばらくして、ようやく風花は俺から離れた。頬を真っ赤にさせながらとろんとした表情を浮かべている。頭がどうにかなってしまうのではないかと思うほど魅力的な表情をしていた。


「はぁー。満足満足。明日は会えないからね。充電させて頂きました」


「風花……」


 あまりに可愛過ぎて他に言葉が見つからない。そんな俺を見て、風花は嬉しそうに微笑み口を開いた。


「それでは拙者はそろそろお暇させて頂きます! それでは、また明後日!!」


 風花はそう口にすると足早に階段を降りて行ってしまった。


 一人残された俺は階段の1番上を椅子がわりに腰掛けると、仰向けに倒れ込んだ。


 しばらくの間、俺は起き上がれなかった。

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