72 捨て犬

「一体……、一体! 学校で何をしたんだ! 悠真!」

「ちょっと……! やめなさい!」


 停学処分を受けた後、俺はずっと部屋に引きこもっていた。

 どうして? ただちょっと……ミスをしただけなのに、そこまで怒る必要はないだろ? 居間でものを投げるお父さんと大声を出して止めるお母さん、毎日あんな感じで喧嘩をしている。


 そしてあれがあってからずっと椎名に連絡をしているけど、全部無視されている。

 もしかして俺は捨てられたのか? 失敗したから捨てられたのか?


「…………」


 でも、今はそんなことより歩夢の……あの話がもっと気になる。

 すでに知っていたよな? 歩夢。

 夕日は鈍感であんなことにすぐ気づくようなやつじゃないし、学校にいる時にずっと俺を避けていたからさ。どれだけ考えてもあれを教えてあげたのは歩夢だ。それができる人は歩夢だけ。俺は自分の親友に裏切られたんだ。


 あの時、夕日が持っていたスマホは歩夢のスマホだった。


「くっそ。あの話はそういう意味だったのか? 歩夢……」


 我慢できなかった。

 俺はあの件で椎名だけではなく自分の家族にも捨てられたんだぞ。毎日大声を出して……。俺がこうなったのは俺を裏切った歩夢のせいだ。あいつ勘はいいから、きっと俺がいない間こっそり夕日に話してあげたはずだ。


 そのまま歩夢が帰ってくる時間に合わせて近所の公園であいつを待つ。

 すると、雪下と歩いている歩夢が向こうでゲラゲラ笑っていた。


「歩夢、ちょっと話があるけど」

「うわっ、びっくりした。停学されたクズじゃん、何しに来た?」

「やっぱり、お前だったのか?」

「はあ? どういうこと? お前、宇垣に手を出して停学処分受けただろ? なら、大人しく家でじっとしろ」

「…………」


 こいつは前からずっと夕日と仲がよかったから、俺より夕日と仲がよかったから!

 どこまで知っていたのか分からないけど、俺はこいつを許せない。

 そのまま躊躇なく歩夢に拳を振った。


「おいおい……、何してるんだよ。いきなり」

「お前が夕日に教えてあげなかったら! 俺はこうならなかったはずだ! 歩夢!」

「はあ? バカか、お前。凛ちゃん、うちの鍵あげるから先に行って」

「うん! 分かった。そ、そして! 私の歩夢くんに何もしないで!」


 くっそ、こんな状況で彼女を気遣うなんて……。


「お前が夕日に……、俺が何を企んでいたのか教えてあげただろ? そしてあのスマホ! 証拠を残すために……お前が夕日にあげたんだろ?」

「ああ、どうやら勘違いをしたみたいだな。悠真」

「はあ?」

「俺はあの時、お前が何かを企んでいたのか分からなかった。理由は簡単だ。お前が教えてくれなかったから。でもさ……、普段からずっと宇垣や椎名の方を見ていただろ? それにしつこく声をかけたりするからいくら鈍感な夕日だとしてもすぐ気づくぞ? バカか? マジで」

「…………」


 そんなに……、顔に出ていたのか。

 だから、俺をずっと避けていたのか? 夕日は……。


「まさか、夕日が俺のスマホを持っていたから俺が夕日に教えてあげたって思っているのか? お門違いも甚だしい」


 何偉そうに話してるんだ? 俺はこんなに苦しいのに、お前は……偉そうに!

 もう歩夢の話なんかどうでもいい。ずっと我慢していたけど……、もう耐えられなくなってすぐ歩夢に飛びかかった。この場でこいつを殴ってもスッキリしない思うけど、それでも友達である俺を裏切ったから痛い目に遭わないといけない。歩夢。


「まったく……、人の話を! 聞け!」

「うっ———!」


 空……?

 なんで俺……、地面に倒れているんだろう。それはあっという間だった。

 何があったんだろう。


「はあ……。だから、言っただろ? できないことはしない方がいいって」

「…………」


 背中がすごく痛くて立てない。

 こいつ……、柔道とかやってたのか?

 くっそ、悔しい。どうして俺はあいつらみたいになれないんだ。悔しい、悔しすぎる。


「言っておくけど、俺たちは警告したぞ? お前が何を企んでいるのか分からないから言えなかっただけ。別にお前のことを無視したわけじゃない。いい加減、現実を見ろ」

「…………っ」

「失せろ、お前なんかと話す俺の時間がもったいない」

「…………」


 何も言えずその場でじっとしていた。

 それから一時間後……、家に帰ってきた俺はまだ寝てないお父さんを避けてこっそり部屋に入る。背中が痛くて横になれない。そして恥ずかしさと悔しさが押し寄せる。


 上手くいけると思っていたのに、何もかも上手くいかない。

 椎名はどうしてずっと俺の電話を無視するんだろう。

 停学されても……、俺はできるから電話に出てほしかった。それから三十分間電話をかけたけど、椎名は俺の電話に出なかった。ラインもずっと未読のまま、俺はどうすればいいのか分からなかった。


 椎名のためならなんでもできるのに、どうして俺を見てくれないんだろう。

 電気を消して真っ暗になった部屋の中で涙を流していた。

 俺は本当に役立たずなのか? 椎名のためにずっと頑張っていたのに、夕日たちと仲良くなろうとしていたのに、俺のすべてが否定されているような気がした。なぜかすごく虚しい。


「…………」


 俺が欲しかったのは椎名だけ、それ以外の人はどうでもいい。

 でも、椎名は俺を無視している。どうすればまた椎名に会えるんだ?

 ベッドでずっとそればかり考えていた。


 そして俺は「椎名に会いに行く」ということに辿り着いた。

 こっちから会いに行けばいい。俺は椎名のことを諦めていない。今は忙しいから、忙しいから連絡できないだけだ。


 そう思うことにした。


 ……


 翌日、俺は学校が終わる時間に合わせて私服に着替えていた。

 すると、ドアを開けるお母さんがため息をつく。


「どこに行くんだ?」

「部屋にいるだけじゃ息苦しいからちょっと……歩きたくて」

「お父さんの話は間違ってない。学校で女の子に手を出すなんて、どうしてあんなことをしたの?」


 イラっとした。


「お母さんは何も知らないだろ!? 俺がどんな気持ちで生きているのか! 知らないだろ!?」


 と、大声を出した後、すぐ家を出た。俺も夕日や歩夢みたいにカッコいい人だったら、椎名に無視されなかったはずだ。でも、そんなに不細工なのか、俺……。鏡を見てもよく分からない。


 俺、割とカッコいいと思うけど。


「分からないな……」


 そのまま椎名が出るまで外でじっとしていた。

 でも、けっこう距離があったからカメラアプリで校門の方を映す。


「…………」


 すると、手を繋いで仲良く話している宇垣と夕日が出てくる。

 その後ろには歩夢と雪下がいた。

 めっちゃ幸せそうに見える。すぐそばに好きな人がいるのはどんな感じだろう、俺も知りたい。


 じっとあの四人を見ていた俺は、スマホをいじりながら学校から出てくる椎名に気づく。来た、椎名が出てきた。

 さりげなく尾行をした。

 久しぶりに見るあの後ろ姿、相変わらず椎名は可愛い。ドキドキしている。

 それにスカート短い! 超可愛い!


「…………」


 椎名が住んでいる家は学校からそんなに遠くなかった気がする。

 いや、ずっと椎名を見ていたから時間があっという間に過ぎただけか。

 そのまま椎名が住んでいるマンションまでついてきて、こっそり写真を撮っておいた。


「ここか、ここかぁ! これから毎日椎名に会える」


 マンションに入る椎名の後ろ姿を見て精一杯笑いを我慢していた。

 そしてすぐ電話をかけたけど、椎名はスマホを確認しなかった。どうやら俺ブロックされたみたいだ。


 でも、ここで折れたら俺は薔薇色の人生を送れない。

 無視されても俺が椎名にアピールすればいい。

 そのまま椎名が出るまで、俺はずっとマンションの前で待っていた。きっと買い物とかするはずだからチャンスは来るはずだ。


 そのチャンスを待っている。


 そして夜の十時十二分、私服に着替えた椎名がマンションから出てきた。

 すごくドキドキする。ずっと……、椎名を待っていたから。


「椎名!」

「えっ? 誰?」

「俺だよ、俺……」


 なんで怖がってるんだ? 俺は椎名に会いにきただけだぞ? なんだよ、その顔。

 すごく嫌がってるじゃん。


「会いにきた! 椎名に! どうしてずっと俺の連絡を無視したんだ」

「うわぁ、気持ち悪い。なんなの?」

「えっ?」

「失せろ、気持ち悪い! うっ……。犯罪者」


 あの時、俺の世界が壊れた。

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