71 線

 佐藤は停学処分を受けた。

 本来なら澪の手を借りるつもりはなかったけど、なぜかずっと尾行されているような気がしてさ。学校にいる時も誰かがずっと俺たちを見ているような気がした。気のせいだと思いたいけど、佐藤のやつがずっと余計なことを聞くから、もしかしてあいつじゃないのかと澪と二人きりの時に話をした。


 ずっと不安を感じる。とはいえ、本人にそれを聞くのはできない。

 そして俺たちの問題に友達の歩夢や雪下を巻き込ませるのもできないから、俺たちがなんとかしないといけない状態だった。だから、二人に頼んだのは佐藤と距離を置くことだけ。俺もその距離感を維持していた。


 でも、あいつはそう簡単に諦めなかった。

 なぜ俺たちにそこまで執着するのか分からないけど……、しつこくみんなで遊びたいってそう話していた。それを数日間やってきたせいで、あいつの顔を見るだけでみんなうんざりする。顔には出ないけど、ずっと我慢していた。


 でも、佐藤の発言は一線を越えた。

 目的を達するためにはなんでもするって感じ、そこで危機を感じる。

 その時、澪が俺に声をかけた。


『私が囮になってみるからあの人が何を企んでいるのか聞いてみようか?』


 あまりやりたくなかったけど、澪の方から積極的にやるって話していたから……やるしかなかった。

 その結果、佐藤は停学。


 てか、好きな葵を振り向かせるために澪に手を出すなんて。

 その発想が恐ろしい。

 どうやらあいつは葵と付き合って、俺や歩夢みたいに幸せな学校生活を過ごしたかったみたいだ。いつも羨ましいって言ってるのもそうだし……。バカみたいだ。そういうことで幸せになれると思っていたのか、相手は葵だぞ。


 それになんっていうか気が早いっていうか、普通の人ならすぐ空気を読むけど、あいつはそうしなかった。目的を達するために作り笑いをして、しょっちゅう俺たちの周りにいたからさ。そして澪を人けのないところに連れていく時も、すごく急いでいるように見えた。


 まさか、そこで何気なく澪を触るなんて。

 どれだけ女の子に飢えていたのか分からないほど、その判断が狂っていた。葵と似ているから澪に手を出したその考え方も怖すぎる。


 ともかく、いい友達がいてホッとした。

 ちょうどいいタイミングで歩夢がスマホを貸してくれて、澪と電話をしながら証拠を残すことができた。

 おかげで思ったことより早く佐藤を排除したと思う。


 これでしばらくの間は平和だろうな。


 ……


 いつもの通り仕事場に迎えに行く俺、そのまま手を繋いでゆっくり歩いていた。

 いつもそうだけど、仕事がある日の澪はめっちゃ可愛い。

 メイクしてるし、私服もめっちゃ可愛いし、この時間は幸せだ。


「そうだ。あいつ停学だって」

「へえ、停学なんだ」

「うん、これで一段落かな」

「ねえ! 夕日くん、私上手くやったよね? へへっ」

「はいはい……」


 そう言いながら澪の頬をつねる。


「いたーい! なんで?!」

「知ってるくせになんでって言うのか? 澪」

「ひん……。でも、私のおかげで佐藤くんが何を企んでいたのか分かったし、それでよくない?」

「うん、よくない。ずっと心配していたから」

「ごめんなさーい」


 そして今度も葵には何も起こらなかった。

 佐藤はずっと「すべては葵のためにやりました」って言ったけど、葵はそれを否定し、自分は知らないって「佐藤が勝手にしました」って、いつもの通り堂々と嘘をついていた。


「それにしてもまだ葵のために犠牲する人がいるなんて、その噂を聞いても好きになれるのはいろんな意味ですごいと思う」

「そうだね。でも、クラスで孤立している可愛い女の子に男たちが寄ってくるのも無理ではないと思う」

「最初から良い人と付き合って幸せになればいいのに、なんでわざわざ難しい道を選ぶのか分からないな」

「私も少しは葵のことを理解しようとしたけど、そのたびに本人に嫌われるからどうすればいいのか分からなくなった。何もしてないのにね」


 葵が言った通り、俺は葵にいらない存在だろ? なのに、どうしてだ。

 佐藤が変なやつってことは知っているけど、佐藤があんなことをするように煽ったのは葵だからさ。もし望んでいたのが俺と澪が別れることなら大間違いだ。そうさせないし、絶対守るつもりだったから……。


 俺たちは何があっても別れない。

 そう誓った後、家に帰った。


「そうだ! 夕日くん」

「うん?」


 ちょうど着替えていたのに、さりげなく入ってくる澪だった。

 なんでニヤニヤしてるんだよぉ。


「あら、着替え中だったの?」

「うん……。まあ、いいよ。どうした?」

「今年の夏休みはどうする?」

「えっ? 夏かぁ、まだ分からないな。何かやりたいことでもある?」

「今年は祭りに行って、花火が見たい! もちろん、凛と村上くんも呼ぶ!」

「そうか、いいよ。一緒に行こう、楽しみだね」

「うん!」


 佐藤の件は一段落。

 そして夏休みまで一ヶ月くらい余裕があるから、そのまま小説を書いていた。

 書くのは楽しいけど、書くたびに自分が何を書いているのか分からなくなるのはあの時も今も一緒だな。難しい。


 そのまま夕飯を食べる前までちゃんと書いて、時間に合わせて居間に出る。

 すると、テレビを見ていた澪がソファでうとうとしていた。

 最近、いろいろあって疲れたよな。落ちそうなリモコンをテーブルに置いて、しゃがんでうとうとしている澪を見ていた。


「そうか」


 なんか俺を襲う澪の気持ちが分かりそうな気がしてワクワクする。


「チーズケーキ……、食べたい」

「うん、チーズケーキかぁ。そうか。今度はいちごじゃないんだ」

「美味しいチーズケーキ」


 すると、後ろから「へえ、このチーズケーキ美味しいですね」と女性の声が聞こえてくる。なんだろうと思ったら、澪が見ていたテレビ番組でチーズケーキを食べていた。


「うっ! ゆ、夕日くん? こ、ここで何してるの? 小説は……?」

「ああ、そろそろ澪と夕飯作ろうかなと思って」

「そうなんだ……」

「疲れたようだね」

「うん、今日も仕事頑張ったからね! ふふっ!」

「うん」

「だから、ぎゅーしてほしい。今日はぎゅーしてくれなかったよね?」

「夕飯は?」

「ぎゅー」

「はいはい」


 ソファに座って自分の膝を叩く、そうすると澪が俺の膝に座る。

 そのままぎゅっと抱きしめてあげた。

 よく分からないけど、澪……これがすごく気に入ったらしい。知らないうちにこんな風に抱きしめるようになった。一つ気になることがあるけど、それ言ったら変態って言われるかもしれないからじっとしていた。


「えへへっ、好き〜」

「…………」

「夕日くんとくっつくと疲れが取れる!」

「そ、そうか……」


 やっぱり、めっちゃ気になる。膝に座っているからさ。

 なぜか、澪の胸に顔を埋めるようになる。本人は全然気にしてないけど、付き合ってるから気にしてないのかな? よく分からない。マジで分からない。そして息ができない。


「ううぅ……」

「どうした? 夕日くん」

「ちょっと、ちょっと……息が……」


 そのまま澪から離れたらじっと俺を睨んでいるその視線に気づく。


「私とくっつくの嫌なの?」

「んなわけねぇだろ?」

「どうしてすぐ離れたの?」

「それは……!」

「うん?」


 くっそ、いくら付き合っている関係だとしても「胸が大きからに決まってんだろ」とか言えねぇよ。

 澪の彼氏だし、それに人としてあれは言ってはいけないこと!

 ここは我慢だ。我慢しないといけない。


「うん? なんで何も言わないの?」

「いいえ、澪の顔が見たいっていうか。今日めっちゃ可愛いからさ」

「へえ……、ふーん」


 めっちゃ疑われている。


「別に! 変なこと考えてないし、そんな目で見ないで!」

「分かった! 夕飯何食べる?」

「あっ! オムライス!」

「はいはい」


 そう言いながらキッチンに向かう澪。彼女はちらっと夕日の方を見た後、自分の胸を触る。


「凛に言われた通りにしたけど、何も起こらないじゃん。分からないね……」


 そのままじっとする。


「…………」


 さっきからキッチンでじっとしているけど、俺……もしかして悪いことでもしたのかな? すごく緊張していた。


 夕日は固唾を飲んだ。

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