70 壁

 夕日と宇垣……、学校にいる時はあんな感じなのか。

 ずっと人けのないところでハグをしたりキスをしたり、そんなエロいことをこっそりやっていたのか? 羨ましすぎる。一度だけでもいいから、俺も可愛い女の子の体を抱きしめてみたい。じっとくっついている二人を見て息を殺していた。


 どんな感じだろう、知りたい。

 やってみたい。


 あれから数日が経ったけど、俺は忘れられなかった。

 ずっとあの時のことを考えている。


「どうした? 悠真」

「えっ? あっ、なんでもない。あれ? なんで彼女と一緒にいないんだ? 歩夢」

「凛ちゃんにも凛ちゃんの時間が必要だからさ、今は宇垣と一緒にいる」

「そうか」


 それからけっこう仲良くなったと思うけど、なぜか俺と夕日の距離が縮まらない。

 それは気のせいじゃなかった。しょっちゅう声をかけているけど、なんか無視されているような気がする。早く仲良くならないと隙を作れないのに、いつも宇垣とくっついているからどうしたらいいのか分からなかった。


「そうだ。俺……、もしかして夕日に嫌われてるのかな?」

「えっ? いきなり?」

「なんか仲良くなれないっていうか、声をかけても壁が感じられるっていうか」

「そうか? 分からないな」

「そうか」


 優柔不断なやつだからすぐ仲良くなれると思っていたのに……、このままじゃ葵に一言言われそうだ。宇垣に近づきたいけど、そのたびに夕日が彼女のそばにいるからできない。いつもそばにいた……。学校に行く時も帰る時もずっと一緒だから、すごくうざい。


 早く宇垣を———。


「あのさ、悠真」

「うん?」

「できないことは……、やっぱりしない方がいいと思う。やめとけ」

「えっ? どういう意味?」

「ううん……。分かりにくいのかな。一応、俺はちゃんと言っておいたからさ。友達としてちゃんと……」

「えっ?」

「今のままで良くないか?」


 そう言いながら歩夢は笑っていた。どういう意味だろう。

 できないことはしない方がいいって、それってもしかして仲良くなれないなら諦めろってことかな? 歩夢には可愛い彼女がいるから何気なくそんなことが言えるかもしれないけど、俺にはこれしかないんだよ。


 葵に認められるためには———。

 諦めるわけないだろ?


「…………」


 しばらくの静寂、そして隣で真剣な顔をする悠真をちらっと見る歩夢だった。


 ……


 てか、なんであの二人はずっと一緒なんだ? 分からないな。

 夕日と仲良くなって、チャンスができたらすぐ宇垣を人けのないところに呼び出すつもりだったけど、何もできない。このままじゃ椎名のご褒美がなくなってしまう。


 仕方がなく、外のベンチでぼーっとしていた。


「どうなった?」

「椎名! 椎名が俺に声をかけるなんて珍しいね。どうしたんだ? 何かあった?」

「どうやら何もできなかったみたいだね、佐藤」

「……っ、まだ……ちょっと時間が必要だから」

「やっぱり、佐藤は役に立たないね。何もできないのに、私の前で大口を叩くなんて。くだらない」

「いや! できる! 俺にもできるからもうちょっと待ってくれ、椎名」

「…………」


 あの目、俺のことを全然信頼していないように見えるあの目……。苦しい。

 すごく苦しかった。


「無理しなくてもいいよ、最初から佐藤には何も期待しなかった。どうせ何もできないから」

「俺は……、椎名のためならなんでもする! だから、そう簡単に俺を捨てないで。すぐ夕日と仲良くなって! 宇垣を……」

「宇垣をどうするつもり?」


 椎名が俺を見ている。ここはちゃんと答えないと……。

 俺は……。


「椎名の話通り、手を出してみる。でも、今はチャンスを待っているからもうちょっと待ってくれ」

「役立たず、やりたくならやらなくてもいい。どうしてそこまで執着するの?」

「椎名のことが……、好きだから!」

「あははっ、ウケる。そうなの? 私のことが好きなの? 前にもお似合いとか言ってたよね? どうして? ずっと私をジロジロ見ていたからとっくに気づいていたけど、理由を教えて」

「一目惚れ! 可愛いし、付き合いたいから」

「なら、私のために早く宇垣を排除して。佐藤……」


 耳元で囁くその声に思わず興奮してしまった。

 あの二人が別れれば俺たちが結ばれる。そのためには……、早く宇垣を!

 でも、夕日がずっとそばにいるから二人きりになれない。そこが引っかかる。


「…………」


 すぐ夕日の教室に向かった。

 こうなったら宇垣に話したいことがあるって声をかけて外に連れていく。それしかない。


 そして宇垣がちょうど一人で本を読んでいた。

 これはチャンスだ!!!!!


「あ、あの……! 宇垣!」

「うん? 佐藤くん? どうしたの? 夕日くんと村上くんなら———」

「俺! 宇垣に相談したいことがあるけど、いいかな?」

「えっ? 私に……? い、いいけどぉ」


 どこを見ているんだろう。振り向いた時、そこには誰もいなかった。気のせい?


「じ、じゃあ! ジュース買ってあげるから外で話さない? 前に言われたことが少し気になってさ」

「うん、いいよ」


 そのまま宇垣を外に連れてきた。

 ジュースを渡した後、さりげなく人けのないところにあるベンチまで歩く。普通を演じるんだ。疑われないように……。


「えっと……、相談ってどういうこと? 夕日くんや村上くんにはできないことかな?」

「うん、宇垣にしかできないこと」


 そして目の前にいる宇垣を見た時、本当に椎名とそっくりでまたびっくりした。

 もしかして、双子かな? そうじゃないとこの顔……、俺は理解できない。


「それで? 何? 相談って」

「あっ、その前に聞きたいことがあるけど、宇垣ってもしかして椎名の……。いや、なんでもない」

「何? 私の顔が椎名葵と似ているから気になるの?」

「えっ? ああ、ちょっと……」

「双子だからね? 私たち。でも、事情があってもう一緒に住んでない」

「えっ? そうなのか?」


 やっぱり、そうだったんだ。


「好きな人と似ているから気になるの?」

「えっ? どうして……」

「あはははっ、そんなこと見れば分かるよ。いつもうちのクラスに来るし、ずっと椎名の方を見ていたからね」

「それは……」

「残念だけど、私は佐藤くんに何もやってあげられない。椎名と関わらない方がいいって言ってあげたけど、それでも好きなら自由にして。それは佐藤くんの人生だから」


 宇垣も歩夢も、なんか俺のことを止めようとしているような気がする。

 歩夢もできないことはやめた方がいいって言ったよな。二人はもしかして俺が椎名と付き合えないと思っているのか? カッコよくて可愛い相手がいるから、俺にはできないって言うのか? 腹が立つ。


 自分たちには良い相手がいるから人の夢を踏み躙るなんて、俺は椎名と付き合いたい。そのためには———。

 この場で宇垣を!

 さりげなくその肩に手を乗せた。


「ねえ、もしかして誰もいないこの場所で私に手を出すつもりなの?」

「えっ?」

「さっきからじっと私の方を見ていたし、その顔が怖かったからね? だから、聞いてみたんだよ。私に手を出すつもり? なんのため? 椎名のため? 椎名が私に手を出したら欲しいものをあげるって言ったの?」

「…………」

「肩が……、痛い。これは佐藤くんの意思?」


 バレたか? なんで? 俺は何もしてないのに、なんで?

 そのままネクタイを引っ張った。

 そして近い。キスができる距離だ。羨ましいな、夕日……。椎名は俺にキスことしてくれないのに、お前らはしょっちゅう人けのないところでやってるよな? そうだよな?


 この薄桃色の唇を、いつも!


「うるさい……。うん? これ、夕日のネクタイか」

「そうだよ。ねえ、答えて。なんのためにこんなことをするの?」


 やばい、すごくドキドキしている。

 そしてすごく可愛い。


「俺は……」

「いいよ、私は佐藤くんのことについて何も知らない。そして男の人に力で勝てないし、なんのためにこんなことをしているのか分からないけど、それもいい選択だと思う」


 固唾を飲んだ。

 正直、知りたかった。宇垣は椎名とそっくりだから……、宇垣を抱くと椎名を抱くことになる。二人だけの世界がどんな感じなのか、ずっと知りたかったんだよ。いつも教室と廊下でイチャイチャしやがって……。不公平じゃないのか、こんな人生は。


 もう一度固唾を飲んだ。


 顔、可愛い。胸、大きい! そしてここには誰もいない。

 夕日には悪いけど、ちょっとだけ———。


 じっと俺を見ている宇垣、心臓がすごくドキドキしていた。

 その大きい瞳に俺の顔が映っている。

 そして両手で彼女の腕を触っていた。細くて柔らかい……、肌の感触が半端ない。


「なんで抵抗しないんだ?」

「…………」


 ああ、可愛い。可愛いよ! 宇垣。


「ってことは犯してもいいってことだよな? そうだよな? いいよな?」


 味わわせてよ。

 お前の彼女を。


「良いわけねぇだろ? 佐藤悠真」


 その時、向こうから夕日の声が聞こえてきた。


「ゆ、夕日……? なんでこんなところに?」

「あっ! そうだ。相談があるって言われたから言うのをうっかりしたけど、この話を夕日くんと担任の先生がずっと聞いていたの。ごめんね」

「はあ?!」

「相談は先生にした方がいいんじゃね? 佐藤」


 くっそ、やられたのか。なんだ、なんでバレたんだ? 分からない。

 マジかよ、マジかよ!!! 罠だったのか、これは……。


「佐藤今すぐ職員室についてこい」

「……友達と話をしていただけ———」

「どう見ても女の子を襲ってる状況にしか見えないんだけどな。これ……」


 そう言いながら俺に歩夢のスマホを見せてくれた。夕日……。

 くっそが、動画を……残したのか。


「いや、ちょっと待っ———!」

「佐藤!」

「はい……」

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