第4話: 霊戦。


《前編》


ある普通の朝、小さくて質素な部屋で——


そこにいたのは、ただ二人だけ。

ヒロとアナジェ。


一人はベッドに座り、黒いパジャマを着ていた。

もう一人は腕を組んで、いつものように壁にもたれながら直立していた。


……



.


俺はただ彼を見ているだけだ。昨日の出来事が、まだ頭の中でぐるぐるしてる。

まるで夢みたいだ——でも、彼自身が言ってた通りだ。


もう夢じゃない。ファンタジーでもない。


今は……すべてが現実だ。




アナジェ:

「ヒロ……お前の母親は、いつ戻ってくるんだ?」

静寂を破るように、落ち着いた声で聞いてきた。


ヒロ:

「明日……だったかな。」

母さんのメモを思い出す。たしかに「明日戻る」って書いてあった。


アナジェ:

「そうか。」

淡々とした口調で答える。




ごくり、と唾を飲み込む俺。


……マジで、見た目が怖すぎる!

あの不気味で威圧的な仮面、灰色の肌、真っ赤な瞳——

全身を覆う包帯と、古代の戦士みたいな雰囲気……


でも……心の奥では知ってる。


一番怯えてるのは、実は——彼自身なんだ。




ヒロ:

「そ、そうだ! ちょっと外に出てみない? 町を歩いて、日本を見せたいなーなんて……」

気まずさを和らげたくて、俺は提案した。


彼はしばらく黙ったまま。


アナジェ:

「日本? それはどこだ?」


えっ?! まさか……日本を知らない?!




ヒロ:

「日本だよ、日本! アニメと地震とテクノロジーと……日の出の国! 聞いたことないの?!」


アナジェ:

「多くの場所を知っているが……その『日本』というのは、聞いたことがない。」




な、なんだって?!

まぁ……見た目からして相当昔の人っぽいけど……


でも、ここまでとは……




ヒロ:

「アナジェ……お前、いったい何歳なんだ? それと……どこから来たんだよ?」


アナジェ:

「千年だ。人間だった頃は、ザンドラという黄金の都市で生きていた。」


せ、せんねん!?


ヒロ:

「な、なにぃぃぃ?!!」


そんなに長く生きてる人間なんて、ありえない!




ヒロ:

「そ、そんな歳だと……俺って、赤ん坊みたいなもんだよな?」


彼は深くため息をついた。

それが呆れなのか、怒りなのかは……わからない。


アナジェ:

「ヒロ、お前はオムツを使っているか?」


は?!


ヒロ:

「つ、使ってないよ!」


アナジェ:

「まだおしゃぶりを咥えてるか?」


ヒロ:

「2歳でやめたよ……!」


アナジェ:

「哺乳瓶でミルクを飲んでいるか? それとも……まだ母の乳を吸っているのか?」


ヒロ:

「そ、そんなわけないだろっ!! もう子供じゃないんだから!!」

顔が真っ赤になって叫んだ。


なんだよこの質問攻めは……!




アナジェ:

「ならば、自分を“赤ん坊”呼ばわりするな。

その歳と責任は、年長者を敬うに十分なものだ。」


彼の声はどこか厳しくて……まるで、父親のようだった。


やばい、本気で“年寄り扱い”に傷ついたっぽい……




ヒロ:

「オ、オッケー、もうその話は終わりにしよう……

で、さっきの話に戻るけど——外に出ようよ。日本を見せてやるよ!」


彼は長く息を吐いた。


アナジェ:

「……仕方ないな、ヒロ。お前の勝ちだ。散歩に行こう。」


ヒロ(にっこりと笑って):

「やった! 行こう!」


...

..

.


【朝・にぎやかな通り】


黒のVネック、オーバーサイズのシャツ。

なんか…ちょっとミステリアスでオシャレじゃない?

胸元には「CALM MAGIC CLAW PIECES」っていう謎のロゴ。たぶん…秘密結社のマークか、どこかのマイナーブランド。い、いいじゃん、カッコいいと思ってるんだよ、こっちは!


下は黒のパンツ。ミリタリースタイルのベルトでしっかり締めてる。

腰には赤い社員証みたいなパスケースをぶら下げてるけど…ただのファッションだよ!聞かれたら「免許証」って答えるつもり。15歳だけど。なにか?


アクセサリーは、両手首にトゲトゲ付きのレザーブレスレットと、首にはお揃いのチョーカー。

──これが自信満々な人間のスタンダード装備ってやつだ。


そして、最大のポイントはこれ。

黒くて広がった縁、赤いリボン付きのビクトリアン風ボネット帽。

……うん、我ながら攻めすぎたかも。けど、これが“オレ流”ってやつさ。


そんなこんなで街を歩いてたら――


目の前でアナジェが、真剣な眼差しで自販機を凝視してた。


えっ……まさか……


アナジェ(ジーッ…)

「ヒロ……これは何の武器だ?」


ヒロ(あせって)

「ぶ、武器じゃないって!これは“自動販売機”ってやつで……飲み物を出す機械だよ!」


アナジェ(興味津々)

「ほう……では、どんな神の蜜を分け与えるのだ?」


神の蜜って……あんた詩人か。


ヒロ

「えーと、炭酸飲料かな。甘くてシュワシュワするジュース。缶の色で味が違うんだ。」


アナジェ

「ふむ……飲んでみたい。」


ま、まさか……!


彼は腕を後ろに引いて、自販機を攻撃する構えを!


ヒロ(叫んで)

「ちょ、ちょっと待ってーーー!!」


アナジェ(キョトン)

「どうした?」


ヒロ(走って近づき)

「違うって!こうやって使うの!」


ポケットから百円玉を取り出して投入。ガシャン、という音と共にジュースが落ちてくる。

取り出して、彼に渡す。


ヒロ

「はい、どうぞ。」


アナジェは静かに缶を受け取り、仮面を少し持ち上げてゴクリ……もう一口、ゴクリ……


アナジェ(感動)

「この蜜……懐かしい味がする。かつて、グァラナの木に登って果実を直接かじった日々を思い出す……」


グァラナの木ってなんだよ……


アナジェはもう一口飲んで、俺に差し出した。


アナジェ

「飲むか、ヒロ? これは美味だ。」


ヒロ(焦って笑い)

「い、いや、いいって!その味なら前に飲んだことあるし、別に好きってほどじゃ……」


アナジェ(急に真剣な声)

「ヒロ・ナガサキ……」


うわ、トーン変わった……!


アナジェ

「お前が我が仮面に触れた時より、お前の好みは全て知っている。お前がグァラナを好むことも、風呂で歌うことも、何のゲームをその……"よん"で遊んでいるかも、さらには──どんな女が好みかも──」


ヒロ(真っ赤になって)

「わ、分かったってばー!!言わなくていいからぁっ!!」


ジュースをひったくって、勢いよく飲む。


ぷはぁ……

やっぱりうまい。


アナジェ(考え込むように)

「それにしても、ヒロ……お前は部屋の明かりを消して歩くのが怖いのか?闇の中に何か……獣でも潜んでいるのか?私が討とうか?それとも追い払うか?」


……その真剣な目が逆に怖いんですけど。

この人、マジで何千年も闇と戦ってきたんだろうな……


...


..


.


しばらくして、僕たちは歩道を歩いていた。

人々がこっそり――いや、むしろ堂々と彼を見ていた。

部族風の仮面に、カラフルなポンチョ、全身を包む包帯――そりゃあ目立つよな。


…やっぱ、普通の服を買ってあげた方がいいかも。


シュバッ!


アナジェ(道路を指差しながら):

「ヒロ…あの車輪の付いた金属の生き物は何だ?人間に飼いならされた動物か?」


ヒロ(笑いを堪えながら):

「アレは車だよ!ガソリンで動く機械。パーツでできたメカって感じ?まぁ、“飼いならす”って意味では運転免許取って教習所行ったりするし…」


アナジェ(感心して):

「ほう…現代では鉄の獣を操るための訓練があるのか!」


…また“獣”って言ったらもう降参だよ。


【ゲーセン – 朝】


少し歩いたあと、僕の大好きな場所に到着した。ゲーセンだ!

もちろんアナジェも一緒に――そして明らかに、ネオンと未来的な雰囲気に興味津々。


アナジェ:

「ヒロ、ここは何の神殿だ?」


ヒロ:

「ゲームセンターだよ!みんなここでゲームやったり、ダンスしたり、遊んだりするの。」


中に入ると、人々がゲームに熱中していて、笑って、踊って、盛り上がっている。


ヒロ:

「で、アナジェの時代にはどんな遊びしてたの?」


アナジェは懐かしそうに目を細めて、笑った。


アナジェ:

「ふふ…思い出すだけで魂が震えるな!

野獣の狩り、秘密の清流を求めて山を登る、仲間との剣の決闘、水中で息止め大会、木から木へ跳ぶ競走…

それからもちろん、石でやるドッジボール!ラララララ!」


……

石でドッジボールって、正気か!?


ヒロ(絶句して):

「それ遊びじゃないよ!それは“軍事訓練! 遊び”だよ!!」


アナジェ(平然と):

「馬鹿を言うな、ヒロ。あれは純粋な遊びだ。

本当の生存試験はもっと厳しかった。」


……聞かなきゃよかった。

でも、もう遅い。


ヒロ(震えながら):

「じゃあさ…そっちの“本当の”試験って何だったの?火山で寝るとか?溶岩風呂に入るとか!?」


アナジェ(静かに):

「いや、それほど過激ではない。

ただ、手を縛られたままワニの池で生き延びるとか、

足を縛られてヒルだらけの沼を渡るとか、

毒蛇の巣穴に数日閉じ込められるとか…

あとは、一年間目隠しで生活する試練とか。」


……

静寂。

魂、抜けました。


ヒロ:

「もういい…このままだと悪夢確定だよ。」


アナジェは「そうか」とだけ頷いた。まるで普通の会話かのように。


その時、彼がふと1台の筐体を指差した。


アナジェ:

「ヒロ…あの動く絵が映っている鉄の馬車は何だ?」


ヒロ:

「アレはレースゲームの筐体。フリッパーみたいなもん。」


近づくと、彼はハンドルやペダルをじっと観察していた。


アナジェ:

「この遊戯では、どう獲物を狩るんだ?」


ヒロ(笑って):

「狩りじゃないよ!座って、ハンドル握って、右のペダルで加速、左のペダルでブレーキ!」


彼は軍を率いる将軍のような真剣な表情で席に座った。


アナジェ:

「なるほど…では、狩りを始めよう。」


……だから違うって!!


だけど、驚いたことに、彼はすぐに操作をマスター。

カーブも器用に曲がって、直線ではスピード全開――そして、見事にレース勝利!


アナジェ(大喜びで):

「ラララララ!この“車”の試練、思ったよりも熱いではないか!」


彼はそのまま次のレースへ。まるで子どものようにキラキラした目でプレイを続けていた。


――何ていうか、

古代マヤの戦士がレースゲームで無邪気に笑ってる姿、すごく不思議だけど…


でも、今こうして笑ってる彼を見てると、思うんだ。


…これこそ、本当の勝利ってやつだよね。


...


..


.



《後編》


[歩道・午後]


ゲームセンターでしばらく遊んだ後、僕たちは並んで歩道を歩いていた。


信じられない...

千年前の戦士が、すべてのゲームで僕より上手かったなんて。

どうしてそんなことがあり得るんだ?


ヒロ:

「ちっ...」


アナジェは僕の沈黙に気づき、いつもの穏やかな眼差しで尋ねた。


アナジェ:

「ヒロ、大丈夫か?」


ヒロ:

「うん...ただお腹が空いただけ。あそこのレストランで食べない?」


僕は無理に笑顔を作りながらその店を指差した。彼はうなずいた。


アナジェ:

「君が選んだのなら、信じよう。」


店に入ると、驚いたことにそこはメイドカフェだった。メイド服を着た少女たちが笑顔で元気よく客を迎えていた。


アナジェ:

「ヒロ...これはどんな儀式だ?この服装は儀式用の装束か?何かの神を崇拝しているのか?」


ヒロ:

「違うよ!これはただのカフェで、店員がメイドの格好をしてお客さんを楽しませるんだ。ポップカルチャーの一部さ。」


アナジェは真剣な表情で店内を慎重に観察していた。すると、一人のメイドが近づいてきた。


メイド:

「ご主人様、いらっしゃいませ!こちらへどうぞ!」


アナジェはしばらく彼女を見つめた。


アナジェ:

「ヒロ...この若い女性は健康的で親切そうだ。君の側室候補として最適だろう。」


ヒロ:

「な、何言ってるの?!彼女はただここで働いてるだけだよ、そんなこと言わないで!」


僕は慌てて話題を変えようと、苦笑いしながら彼女に案内されて席に着いた。


席に着き、メニューを手に取った。


ヒロ:

「僕はドリンク付きのセットにしようかな...君は?」


アナジェ:

「猛獣の肉が欲しい。例えば虎の肉。そして、新鮮な血を添えてくれ。」


ヒロ:

「...つまり、ミディアムのハンバーガーとベリージュースってことだよね?」


僕は彼をじっと見つめた。彼はため息をついた。


アナジェ:

「そうだ、それでいい。」


メイドは震える笑顔で注文を取り、急いで去っていった。僕はため息をついた。


ヒロ:

「お願いだから、ちゃんとしてよ...」


アナジェ:

「無礼だった。すまない、ヒロ。」


数秒間、沈黙が続いた。すると、彼は周囲を見渡しながら興味深そうに尋ねた。


アナジェ:

「皆が持っているあの光る物体は...武器か?」


ヒロ:

「あれは携帯電話だよ。通信したり、写真を撮ったり、動画を見たりするためのものさ。」


アナジェ:

「ふむ...便利そうだな。」


彼は僕を見た。


アナジェ:

「君も持っているのか?」


僕は首をかきながら、軽く笑った。


ヒロ:

「ゲーム機を買うために売っちゃったんだ...」


アナジェ:

「なるほど。通信の武器を娯楽の道具と交換したのか。興味深い。」


再び沈黙が訪れた。僕は数日前から気になっていたことを尋ねることにした。


ヒロ:

「アナジェ、君たちは一体何者なの?その...霊的な存在?」


彼は姿勢を正し、真剣な表情でテーブルを見つめた。


アナジェ:

「霊とは、生前に悲劇を経験した魂のことだ。私たちの肉体は死んだが、本質は自分にとって重要だった物に封じられた。私の場合は仮面だ。」


ヒロ:

「それをしたのは誰?」


アナジェ:

「残酷な神だ。私たちの物語を芝居のように楽しむ存在。多くの者が封印された。」


アナジェが答えようとしたその時、メイドが料理を運んできた。彼女は優しい笑顔で料理を置き、会話を中断させた。


メイド:

「お待たせしました!どうぞ召し上がれ!」


ヒロ:

「ありがとう!」


アナジェ:

「若き戦士よ、見事に任務を果たしたな。」


彼女は少し戸惑いながら笑った。


メイド:

「あはは...本格的なコスプレですね?」


アナジェは首をかしげ、困惑した様子だった。


アナジェ:

「コスプレ?それは何かの試練か?」


ヒロ:

「あはは!彼はキャラクターを演じるのが好きなんだ!ただの冗談さ!ね、アナジェ?」


アナジェはため息をついた。


アナジェ:

「もちろん。冗談だった。もし不快にさせたなら、すまない。」


メイド:

「いえいえ!面白かったです。何かあればお呼びくださいね。」


彼女は去っていった。僕は安堵のため息をついた。


ヒロ:

「よくやったよ。でも...人を驚かせないようにしてね。」


アナジェ:

「最善を尽くす。」


ヒロ:

「ところで、あんなに“野性的”なのに、どうしてそんなに礼儀正しいの?」


アナジェ:

「ザンドラでは、幼い頃から生き残るために必要なすべてを学んだ。狩猟、戦闘、計算、読み書き...年長者や伝統への敬意も含まれていた。」


ヒロ:

「すごく進んだ文明だったんだね...」


彼はハンバーガーを一口食べ、ゆっくりと噛んだ。彼の過去は遠くて過酷に思えるけれど、その瞬間のアナジェの存在は...不思議と安心感を与えてくれた。


[レストランの外 – 夕方]


食べ終わったあと、ポケットの中にくしゃくしゃに入っていた小銭でなんとか会計を済ませた。


レストランの外に出ると、俺は軽くあくびをしながら両腕を伸ばした。


はぁぁぁ...


空を見上げると、オレンジ色に染まっていた。もうすぐ夜になる。


ヒロ(心の声):

「うわ… こんなに長く一緒にいたのか…?」


隣にいたアナジェも顔を上げ、高層ビルに隠れた地平線をじっと見つめていた。


アナジェ(小声で):

「残念だな… こんなコンクリートの塊じゃ、本当の夕焼けの美しさは隠れてしまう。」


ヒロ:

「だよな… もったいないよな。」


何か言おうとしたその時──


ガシッ!


突然、アナジェが俺の腕を掴んだ。


ヒロ(驚き):

「え、えぇっ!? なんだよ急に──!?」


アナジェ:

「見てみたくはないか?」


俺の返事なんて待たず、彼は膝を軽く曲げて──


ドシャァァン!


とんでもない跳躍力で俺たちを空へとぶち上げた。


ヒロ:

「ぐわぁぁぁっ!?!?」


気づいた時には、街で一番高いビルの屋上に着地していた。


目の前に、まるで絵のような景色が広がっていた。


風が**ふうぅぅ…**と心地よく吹き抜けていく。


ヒロ(息を切らしながら):

「あ、アナジェ! 俺を高層ビルによじ登らせる前に、せめて一言くらい言ってくれよな!?」


でも、アナジェはただ黙って空を見つめていた。腕を組み、夕日のシルエットに浮かぶその姿は、どこか神聖にすら見えた。


アナジェ(穏やかに):

「こんな夕焼けを見るのは… どれくらいぶりだろうな。

血も、砂埃もない。

ただ空と… 静けさだけだ。」


俺は何も言えず、ただ風に髪を乱されながら彼の隣に立った。


ヒロ(微笑んで、静かに):

「……だな。今日の夕焼けは… 本当に綺麗だ。」


沈黙。


雲がゆっくりと流れ、風が優しく吹き続けていた。


黄金の光が全てを懐かしさで染めていた。屋根は琥珀色にきらめき、世界がゆっくりと変わっていくのを感じた。


今まで、夕暮れなんて何とも思わなかった。でも今は──


アナジェが隣にいるだけで、


なんか……意味がある気がする。


そうだな──


すごく、大切な意味がある。


...


..


.


【夜・人気のない通り】


夕日を見終えたあと、俺たちは静かに歩いていた。

周りには民家が並んでいるが、人の気配は少なく、

灯りのついた窓だけが、かすかな生活を感じさせる。


でも……

俺の頭の中では、疑問が止まらない。


ヒロ:

「なぁ、アナジェ。」


彼がこちらを向く。


アナジェ(不思議そうに):

「どうした?」


ヒロ:

「いったい……何が起きてるんだ?

 俺には……わからないよ。

 どうして君は俺を助けてくれる?

 どうしてこんなに、おかしなことばかり……?」


――ヒュウゥゥゥ……


風が吹き抜ける。

俺たちの長い髪がそよぎ、ふたりとも立ち止まった。


アナジェ(ため息をついて、真剣な声):

「……はぁ。

 よし、基本的なことだけでも話してやろう。」


ゴクリ……


その口調の重さに、思わず唾を飲み込む。

こういう時のアナジェは……

いつも、優しくない話をする。


アナジェ(冷静かつ厳しく):

「この日本という地で、今、霊の戦争が起きている。」


ヒロ:

「せ、戦争……!? ど、どういうことだよ!?」


アナジェ:

「昔々、悲劇の伝説を持つ魂たちは、

 ある邪悪な神によって封印された。」


邪悪な神……

もしかして……


ヒロ:

「そ、それって……あのレストランで話してた神か?」


アナジェ:

「ああ、そいつだ。」


――じゃあ……


そいつは……一体、何者なんだよ?


アナジェ(厳しい目つき):

「それは今はどうでもいい。

 重要なのは――“戦争”だ。

 よく聞け。もう一度は言わない。」


俺はうなずく。

けど、心はざわめき、怖くてたまらない。

“霊の戦争”なんて……

俺みたいな奴には、でかすぎる話だ……!


アナジェ:

「この戦争は、五十年ごとに起きる。

 十六の霊が現世に放たれ、

 十六人の“使い手”が封印された霊を見つけて契約を結ぶ。

 十五組が揃ったその瞬間から……」


――ギラッ


彼の赤い目が、夜の中で妖しく光った。

長い白髪が、風に揺れて荒れ狂うように舞う。


アナジェ(低く、冷酷に):

「戦争が始まる。そして、

 そこから二年以内に――霊と使い手は、

 一組になるまで殺し合う。」


ヒロ(心の声):

う、うそだろ……!?

これって……

俺、戦争に巻き込まれたのか……!?

狙われるのか……?

俺の普通の生活……終わった……?


もう……

母さんを助けることもできないのか……?


――ガクン……


膝が震え、力が抜ける。

手も、小刻みに震えている……。


――ドクン ドクン ドクン……


(心臓の音が、頭の中で響く)


ヒロ:

「やだ……

 やだ……!

 やだあああああっ!!」


「俺はただ……母さんを助けたかっただけなんだ……!

 高校を卒業して……

 まっとうな仕事をして……

 普通に生きたかったんだ……!」


「な、なんで俺なんだよ!?

 なぜ……俺なんだよおおおおお……!」


「死にたくない……

 母さんに会いたい……

 俺は……俺は……母さんが……! ううっ……!」


ヒロ(泣きながら):

「やめたい……

 こんなの……やめたい……!」


アナジェ(怒鳴るように):

「落ち着け、ヒロッ!!」


――バンッ!!!


その声が、雷のように胸を貫いた。


涙が止まる。

一瞬だけ、空気が変わった。


アナジェ(真顔で腕を組みながら):

「怖がるのは当然だ。

 だが、“絶望”は――誰も救わない。」


「今、必要なのは……“冷静”だ。」


彼が夜空を見上げる。

その瞳が、真紅の炎のように揺れていた。


アナジェ:

「この戦争の間――

 俺はずっとお前のそばにいる。

 この身体で、お前を守る。

 いいな?」


――ゴクン……!


喉が鳴る。

深呼吸して、涙をこらえる。

ほんの少しだけど……不思議と、安心できた気がした。


ヒロ(震えながらも、覚悟を決めて):

「……う、うん……!」


心がぎゅっと締め付けられる。

でも――もうわかってる。


この夜……

俺は気づいた。


もう、元の生活には……戻れない。


――絶対に。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る