第5話: ヒロは渡さない!妾たちの愛と戦慄!
《前編》
朝の空気を切り裂くように、柔らかな風が吹き抜けた。
ヒロは質素なアパートを後にし、後ろ手でドアを「カチッ」と閉めた。
アナジェの仮面は、家の中の小さなテーブルの上に静かに置かれていた。
今回はヒロの頼みで、アナジェは学校に同行せず、彼を一人で行かせることにしたのだった。
ヒロは街のリズムに合わせることなく、気ままに歩いていた。ぼんやりとした足取りで。
ゴォォ...
風向きが変わる重く低い音。
彼の目が見開かれる。フードを被った長身の男がすれ違った。
ヒロ:
「うわっ!あ、あなたは…!」
心臓が胸の奥で鳴り響く。
ドクン ドクン
あの仮面を渡してきた男だ。白い仮面。光を吸い込むような漆黒の長髪。
ヒロ(緊張して):
「き、聞きたいことがいっぱいあるんだ!まず…なぜあんな仮面を――」
男は何も言わず、静かに古びたノートをポケットから取り出した。
スッ...
ヒロは不安げに待つ。
そして、男はノートをヒロに見せる。
(「翼は凍てつく世界へと開かれる……氷、心臓、肉は幽玄なる冷気に焼かれ…生命を憎む母は、生命のために死んだ者なり。」)
ヒロは目を見開き、意味深な言葉に困惑する。
ス...パッ...
男はポケットからタロットカードを一枚取り出し、儀式のような動きでヒロに渡す。
そのカードには、雪に覆われた荒野の上に立つメンフクロウが描かれていた。黄金色の目が紙を超えて見透かすようだった。
ヒロ(好奇心いっぱいに):
「これ…何を意味してるのか分からないけど、あ、ありが――」
シュン...
男は消えた。まるで運命に吹かれた霧のように、空気の中へと溶けていった。
周囲の人々は、それまで時間が止まったかのように静止していたが、再び普通に動き出す。
ヒロ(長くため息をついて):
「またかよ…何の答えもなしに…はぁ…」
彼は物思いにふけりながら歩き出す。
【朝 – 学校の入り口】
遠くでチャイムの音が鳴る。
カンコーンカンコーン
ヒロは廊下を歩き、自分のロッカーへと向かう。
???(しっかりとした女性の声):
「ヒロ君…」
ゾクッ...
背筋に冷たい感覚が走る。
振り返ると、そこには生徒会副会長・サツキ・カエデが立っていた。
長い黒髪、赤茶色の瞳。豊かなバストと黒のセーラー服、胸元にはしっかりとした赤いリボン。太ももまである長い黒いソックスが目を引く。
ヒロ(ゴクリと喉を鳴らして):
「さ、サツキ!? ここで何を――?」
サツキ(腕を組み、冷たく):
「“先輩”でしょ。ついてきて。」
ヒロ(ため息交じりに):
「はい、先輩…」
【生徒会の空き部屋】
バタン
ドアが閉まり、静寂が落ちる。
サツキはポケットからスマホを取り出し、画面をヒロに向ける。そこには、ヒロとアナジェが歩いている写真が映っていた。
サツキ(厳しい声で):
「授業をサボって…こんなのと散歩?ふざけてるの?」
ヒロ(視線を落としながら):
「はい…すみません。僕が軽率で…未熟でした。」
サツキ:
「二度と繰り返さないこと。いい?」
ヒロ:
「はい、先輩…」
サツキ(深く息を吐き、少し声が優しくなる):
「あなたのことを思って言ってるのよ…今、あんなことが起きてるんだから。」
ヒロ:
「わかってます。本当に…ありがとう。」
彼女はスマホを下ろす。目がさっきよりも優しく、柔らかくなっていた。
サツキ(少し嫉妬を隠した口調で):
「あの仮面の男…誰?」
ヒロ(苦笑しながら):
「友達…っていうか、僕が呼んだんです!あ、あの人は何も悪いことしてません!」
サツキは長い沈黙の後、じっと見つめた。
ピクッ
だが、深く息を吐く。
サツキ:
「授業が始まるわ。教室へ行きなさい。」
ヒロ:
「ありがとうございます、先輩!」
彼は元気にドアを開けて出ていく。
しかし――
サツキ:
「ひ、ヒロ君…!」
彼女は手を伸ばす。前髪が目を隠し、頬はうっすらと紅く染まっている。
ドキッ
ためらいながら、かすかに呟く。
サツキ(小声で):
「放課後…どこか、行かない…?」
パタン...
すでにドアは閉まっていた。ヒロの姿はもうない。
彼女はその場に立ち尽くす。
サツキ(胸元を押さえながら、真っ赤な顔で):
「バカ…こんなにも好きなのに…素直になれないなんて……」
...
..
.
...
【昼休み – 午後】
ヒロは弁当箱を手に取り、教室を出ようとしていた。
一瞬、隣の空席に目を落とす。
ヒロ(心の声)
「今日はピンクが来てない……二日も休んだけど、あんな“トイレの花子さん”のことがあってから……急に消えるなんて、変だ。」
弁当の蓋をパチンと閉じ、しっかり握って席を立つ。
最後にもう一度、空っぽの席を見つめた。
ヒロ(心の声)
「無事でいてくれよな……」
カチャ…
教室のドアが静かに閉まり、ヒロは廊下へ。
遠くから声と足音が聞こえる中、彼は昼食を食べられる静かな場所を探していた。
――ドンッ!
「おい、ガキ! どこ見て歩いてんだよ!」
怒声が廊下に響く。
ヒロは尻もちをつき、すぐに立ち上がって頭を下げる。
ヒロ
「す、すみません! 見てませんでした!」
相手は背が高く、黒髪のボサボサ頭にニヤついた顔。
数人の取り巻きもクスクスと笑っている。
「思い出したわ。お前、長崎ヒロだろ? あのチビで女みたいなやつ。」
「そんな奴が目立とうとするとか、笑わせんな。」
ヒロ
「ち、違う……目立とうとなんかしてない……」
「言い訳してんじゃねぇよ、クズが!
自分の身の程を知れよ……ドブの底から来たってことをな!」
男が足を上げ、ヒロに蹴りを入れようとした、その瞬間――
カッ!
一つの影が、ヒロの前にスッと立ちはだかる。
ズガンッ!
蹴りは一つの手で完全に受け止められた。
長く白い髪が風に舞う。
その少女はまるで陶器のように美しく、冷たい青の瞳を持ち、気品と威圧を纏っていた。
ヒロ(驚いて)
「な、中村ブレイドヴァスク先輩……?!」
中村(冷静かつ鋭く)
「校内での喧嘩は禁止よ。
そのミミズ脳じゃ理解できなかったかしら?」
ズドンッ!
肘が正確に、そして容赦なく相手の膝を砕く。
「ギャアアアアアッ!!」
彼は糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
周囲の生徒たちは息を呑む。
ヒロ
「だ、大丈夫か?!」
「こんな状態で大丈夫なわけねーだろバカぁ!!」
ヒロ
「え、えっと、保健室に連れてくよ……!」
だが――
中村がゆっくりと近づき、優しく微笑む。
中村
「心配いらないわ、ヒロちゃん。私がやったことだから……私が運ぶ。」
ヒロ(まだ戸惑いながら)
「そ、そう……じゃあお願い……ね?」
中村は驚くほど軽々と相手を持ち上げる。
相手は泣き叫び、暴れまわる。
「や、やめろぉ! 魔女めえぇ!!」
中村は静かに顔を近づけ、前髪の陰で目が見えない。
そのまま、低く囁くように言った。
中村(小声で、怒気を含んで)
「なんで……あなたなんかがヒロちゃんに心配されるの?
なんでクズが……彼を見ようなんて思えるの……?」
ゴゴゴゴ…(不気味な空気)
中村
「もう一度でも彼に触れたら……
あなたの骨、一本一本ゆっくり砕いてあげる……わかった?」
相手の顔から血の気が引く。
「わ、わかった! ゆ、許してくれぇ!」
中村
「そう、それでいいの。やればできるじゃない。」
笑顔――
優しい。けれど、狂気を孕んでいた。
..
.
【屋上 ― 数分後】
ザァァァ...
ヒロは膝の上に弁当を乗せて座っていた。
空は澄み切っている。彼は深呼吸して微笑んだ。
ヒロ:
「はぁぁ〜、めっちゃうまそう! いただきます!」
彼は箸を割り、嬉しそうに食べ始めた。
しばらくの間、世界は静かだった。
バサバサバサッ!
ヒロはまだ気づいていない。
その背後、屋上の柵に一つの影が舞い降りる。
――白いフクロウ。
月のような羽毛、黒く空虚な瞳。
首をゆっくりと回し、金属を引っかくように爪が鳴る。
太陽の光がその体に反射する――だが、何かがおかしい。
周囲の空が、徐々に褪せていく。
霧――
冷たい。濃い。
ギィィィィィ...
ヒロは顔を上げた。
手の中の箸が凍りつく。
ヒロ:
「ふ、フクロウ…? 昼間なのに…?」
ヒロ(心の声):
「でも…この気配…ただの鳥か?
それとも…アナジェみたいな“何か”なのか…?」
空気が冷える。
地面が遠ざかるような感覚。骨がきしみ、肌が粟立つ。
魂が――震える。
ヒュウウウ…
「アアアアアアアアア!!」
――叫び。
人間のものではなかった。
フクロウが翼を広げる。
巨大で、荘厳で、恐ろしい。
その瞬間、太陽が消えた。
世界が――沈黙する。
ビリビリッ...
ヒロは尻もちをつき、震える。
瞳は見開かれ、呼吸は乱れ、心拍は高鳴る。
バサッ... バサッ...
フクロウは飛び立ち、雲の彼方へと消えていった。
空は再び――青く、何事もなかったかのように。
ヒロ:
「こ、怖すぎた……」
震える手で箸を持ち直すが、食べようとしても指が言うことを聞かない。
ヒロ(心の声):
「ほんの一瞬…“死”そのものを見た気がした……」
...
..
.
《後編》
【1-C教室 ― 夕暮れ】
昼食と、不思議な目をしたフクロウとの出会いの後——
放課後が近づき、生徒たちは次々と学校を後にしていた。
ヒロもその一人。鞄をまとめ、立ち上がる。
夕焼けの光が教室を金色とオレンジに染める中——
扉を開けたその瞬間、彼の動きが止まる。
そこに立っていたのは、
中村ブレイドヴァスクだった。
ヒロ:
「わ、わっ!?ブレイドヴァスク先輩?!な、なんでここに!?」
夕暮れの光に包まれながら、彼女は微笑む。
まるで異世界から来た使者のように、美しく、そして妖艶に。
中村:
「あなたに会いに来たのよ。ふふ……ダメだったかしら?」
長い白髪の一房を指に絡め、軽く回しながら、からかうように言った。
ヒロ:
「い、いや…そういう意味じゃなくて…急すぎて、ちょっと…」
ヒロは頬をかきながら、照れたように笑う。
目を伏せ、顔を赤く染めるその仕草——あまりに可愛すぎた。
ピクッ
中村の鼻から一筋の鼻血が滲む。
だが微笑みは崩さず、すっとハンカチを取り出して拭う。
スッ…
そして、一歩前に進んだ。
中村:
「ヒロちゃん…」
彼女は静かに歩を進める。
驚いたヒロは後ずさりし、ついには背中を教室の壁に預けていた。
ドンッ!
中村は壁ドンを決め、ヒロの逃げ道を塞ぐ。
ヒロ:
「ブ、ブレイドヴァスク先輩!?な、なにを…?」
頬を紅潮させ、黒髪が目元を隠す。声は震え、全身がこわばっていた。
中村はその髪をそっと払うと、彼の頬から顎のラインへと指を滑らせ、最後に唇に触れた。
中村:
「あなたって…本当に、優しくて、甘くて……可愛すぎて、私、狂いそうなの。」
ズキュン…
彼女の心臓が高鳴る。
震える指先で、ヒロの柔らかな唇をなぞる。
ヒロ:
「せ、先輩…や、やめてください…そんなの、ぼく、好…」
顔を伏せ、黒髪に隠れるようにして俯くヒロ。
まるで風に揺れる一輪の花のように、儚く脆い。
中村はその髪を優しくかき上げ、ヒロの顔を露にする。
夕焼けに照らされたその頬は、真っ赤に染まっていた。
キラッ
彼女の瞳には、炎のような想いが宿っていた。
それは愛か、執着か、もはや見分けがつかない——
中村:
「ずっと言いたかったの……でも、生徒会の仕事で時間がなかった。
でも今は、私たちだけ。誰も邪魔しない——」
ヒロ:
「……!」
中村:
「あなたは、私の中毒。
吸い込みたくて、味わいたくて、
毎日あなたの声、顔、仕草が頭から離れないの。
私の真実は、あなただけ……
ヒロ、愛してる。」
ギュウウ…
彼女はヒロの腰をぎゅっと抱きしめた。
ヒロは動けなかった。
チュッ…
そして——唇を重ねた。
スゥ…ン…ジュルル…
そのキスは深く、濡れていて、支配的だった。
中村は彼の黒髪に指を絡め、軽く引っ張りながら、舌を絡ませていく。
ヒロ:
「んむぅ…!」
瞳が見開かれ、心臓は破裂しそうだった。
だが——
ガッ!
ヒロは彼女を突き飛ばすように離れた。
息を荒くし、顔を真っ赤にして叫んだ。
ヒロ:
「む、無理ですっ!ご、ごめんなさいっ!!」
ダッ!
そのまま教室を飛び出していった。
まるで感情の嵐から逃れるように——
教室には、彼女だけが残った。
白き欲望の乙女。
中村は自分の指をゆっくりと舐め取った。
中村:
「ふふふ……まだ唇に、味が残ってるわ……」
「いくら逃げても無駄よ、ヒロちゃん。」
彼女の瞳は狂気に煌めいていた。
熱く、執念深く、狂おしいまでに——
「あなたは、永遠に私のもの……」
——永遠に(永遠に)。
...
..
.
【ヒロの家 – 夕方】
バタンッ
ヒロは息を切らしながら家に飛び込み、そのまま階段を駆け上がり、自分の部屋のベッドに顔からダイブした。
ドサッ
アナジェ(マスクから静かな声):
「お帰り、ヒロ。学校はどうだった?」
返事はない。
アナジェ(少し真剣な声に):
「ヒロ……? 大丈夫か?」
ヒロ(枕に顔をうずめたまま):
「んんんんんんっ!」
アナジェ(警戒して):
「何があった?!まさか霊に襲われたのか!?怪我は!?」
ヒロ(くぐもった声で):
「ぼくは……んんん…」
アナジェ(マスクの中で身を乗り出し):
「なに?」
ヒロはゆっくりと顔を上げた。
顔は真っ赤、まるで熟した唐辛子のようだった。
ヒロ(どもりながら):
「ぼ、ぼく……キ、キスされたんだ!は、初めて!口に!」
シーン…
アナジェ(平静を装って):
「なるほど……キス、か……」
ヒロ(疑いの目):
「まさかキスが何か知らないとか言わないよね?」
アナジェ(プライドを刺激されて怒る):
「もちろん知ってる!フン… 昔は妾もいたしな。」
ヒロ(驚いて):
「えっ!?恋人いたの!?」
アナジェ(どこか誇らしげに、しかし少し切なく):
「最強の戦士でも……愛は必要だったのだ。
(間)
……たとえその愛が……偽りだったとしても。」
ヒロ(眉をひそめて):
「は?今なんて?」
アナジェ(そっぽを向いて):
「気にするな。
ふっ…
ついに来たか……“妾たちの襲来”の日が。」
ヒロ(ため息まじり):
「妾の襲来って……一人だけだよ!しかも妾とかじゃないし!」
アナジェ(封印されてても威厳ある声で):
「そう始まるのだ。まず一人が噛みつき……やがて他の者たちも牙を剥く。」
ヒロ(布団に顔を埋めながら):
「また大げさに……」
アナジェ(興味津々に声を弾ませて):
「で……どの妾が、ヒロの初キスを奪ったのだ?」
ヒロ(布団に顔を隠して、か細い声で):
「……ブ、ブレイドヴァスク先輩……」
シーン…
アナジェ(低く、まるで予言者のように):
「ブレイドヴァスク……
危険な名だ。
その名を聞いただけで、災いの気配を感じる。」
アナジェが「ブレイドヴァスクとの恋愛によって起こりうる千三十一の危機」について淡々と語り始める中、
ヒロは布団に埋もれたまま動かない。
脳内ではただひたすらに、
「この地球から消えてしまいたい」
と願っていた。
初キスの相手は——
冷たい瞳を持ち、情熱が強すぎる、
白銀のヤンデレ姫。
ズキュンッ…
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