1章 焼場

 いよいよ出棺の時を迎え、「パーン」という長いクラクションの後、ゆっくり霊柩車が動き出し、私たちはその後に続いた。空は相変わらず厚い雲に覆われ、時折、冷たい雨粒がフロントガラスを濡らす。葬儀場での張り詰めた空気とは違う、より個人的な、重苦しい沈黙が私たちを包んでいた。

 霊柩車の後ろを追いかける親族たちの車の列は、皆、見慣れたコンパクトやミニバンばかりだった。だが、その最後尾に、県外ナンバーの黒い高級セダンが、ひときわ静かに続いた。伯父自身の車なのだろう。

 焼場に到着すると、既に火葬の準備が進められていた。ひっそりとした待合室には、再び私たち家族と、数少ない親族だけが固まる。誰もが言葉少なで、ただ、故人を火葬炉へと見送る時間を待つ。

 浩は、私の隣でじっと俯いていた。父とは年に数日会う優しいおじいちゃんだった。電話の向こうの人。父のすぐそばで育った私の感覚とは違って当然だ。それでも、この重苦しい空気は、彼の幼い胸にも何かを感じさせているようだった。

 伯父は、私たちから少し離れた椅子に腰かけ、伯父と、その妻らしき女性・真美と従姉妹が近況報告をしあっていた。その表情からは何も読み取れない。彼は、ここにいる誰もが知る父と伯父の確執を、どう思っているのだろう。そして、なぜ今、ここに来たのか。彼が何を考え、何を企んでいるのか、私には全く読めなかった。 炉の扉が静かに開かれ、父の棺がゆっくりと吸い込まれていく。炎が見えるわけではないが、その熱気が、私たち家族の胸を締め付けた。最期の別れだ。母が、小さく嗚咽を漏らす。妻は、そんな母の背をそっと撫でていた。浩は、ただ黙ってその光景を見つめていた。彼の小さな肩が、わずかに震えているようにも見えた。

 その間も、伯父はただ黙って、その光景を見つめていた。彼の視線は、燃え盛る炉の奥ではなく、まるでその先の、誰も見えない場所を見据えているかのようだった。高齢で遠方、しかも絶縁状態の弟の葬儀に、なぜ彼は参列したのだろうか。参列しなくとも誰も彼を咎めはしないはずなのに。

 火葬の時間中も伯父は従姉妹たち、と言ってもだいぶ数は減ったみたいだ、談笑している。母は各々に顔出し挨拶する。私と妻もそれに続き短い挨拶を続ける。そこで初めて「ああ!」と思い出す人ばかりだった。多分意図的だったのだろう、伯父への挨拶は一番最後になった。

「この度は遠いところわざわざありがとうございます…」と母が声をかける。伯父はその先の言葉を手で制し、

「兄弟だからね。知らせてくれないと困るよ。こういうことは大事なんだから」と笑顔で答える。

 一見悪い人には見えないんだが、幼い頃の印象と聞いていた話と少し違和感があった。 「孝君から昨日夜、連絡があってね。やっと着いたのが今朝だ。葬式には間に合ったけど、通夜には出れなくて本当に申し訳ないね」 「いえ、こちらこそ気が回りませんでごめんなさい。何分、動転していましたから」 「葬儀で動転して失敗するのは正彦の家の伝統だね」と一人で笑っていた。

何か含んでいるのはわかるが何だ?

「廣です。この度はありがとうございます」 「おお、廣と会ったのは高校生が最後だったか、今何歳だ?おじさんになったね」

「43になりました。」

「会社辞めてないんだね。活躍してるみたいじゃないか」

「いえ。ぼちぼちで」

「KOIのチーフプロデューサーだろう、この前のネットイベント見たよ」

「ご存じでしたか、恐縮です。しかしただの現場仕事ですので」

辞めてない?なにそれ。そしてなぜ、そこまで知っているんだ?心の中で、私はそう呟いた。

「政夫兄さんも、お元気そうで」母が割って入る。

「ああ、皆元気だよ。ほら好きに生きてストレスない人生だから。そういえば来る前に少し寄ってみたんだが爺さんの家とアパート、まだあのままなんだね。大丈夫なのかい?」 「今はその話は…」母は明らかに顔色を変え、言葉を濁した。

「じゃあいいけど。廣、覚悟がいりそうだぞ」

何かあると思ったけど、穏やかではないことくらいは私にもわかる。面倒なことにならなきゃいいけど。

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