1章 1日目

 その直後だった。伯父の横で静かに話を聞いていた、父の従姉妹の一人が、私に向かってにこやかに手招きをした。「廣さん、ご無沙汰しとるね。覚えとるかい?あんたがちっちゃい頃、よー遊んだげたんよ。」 彼女は、はつらつとした笑顔を浮かべているが、私の記憶には、ぼんやりとした輪郭しかない。確か、祖父方の従姉妹だか、それとも祖母の従姉妹だか……。隣に立つ、私より少し若いだろう女性が軽く頭を下げた。私も会釈を返す。そこから、まるで堰を切ったかのように、他の従姉妹たちも次々に声をかけてきた。 「あら、廣さん、でゅうなったねえ!」「おばあちゃんによう似とって、しっかりしとるねぇ」私と妻は、それぞれの従姉妹夫婦と、その子どもたちにも挨拶を交わす。彼らもまた、ほとんどが私の知らない顔ぶれだったが、皆、父の従兄弟の子や、その孫たちなのだろう。彼らの誰一人として、長年の確執にも関わらずこの場にいる伯父を咎める様子はない。むしろ、久しぶりの再会を楽しんでいるようにすら見えた。

 この場は、私の知らない親族たちの、穏やかな社交の場と化していた。しかし、その会話の端々に、私たち家族の経済的な現実と、伯父が今、何を企んでいるのかという不穏な空気が、微かに混じり合っているように感じた。

 伯父は従兄弟との談笑を楽しんでいるようで、会釈してその場を離れようとすると、声をかけられた。

「ほれ、悪役のおじさんの連絡先だ。聞きたいことが出てくると思うよ、いつでも連絡して来な。こっちは毎日日曜日だからね」

豪快な笑い顔で、半ば強引に名刺を渡された。従兄弟だという孝さんの笑顔は引きつっていた。

孝さんが連れの女性に飲み物を渡そうとすると、伯父は「真美さん、廣君に挨拶した?」と声をかけていた。


収骨


 火葬は粛々と執り行われた。熱を帯びた骨片が並べられた台を前に、私たちは慣れない手つきで、小さな骨壺へと父の遺骨を拾い上げた。一つ、また一つと、熱を失った白い欠片が収まっていく。その間も、伯父はただ静かに私たちを見守っていた。顔を上げて彼の方を見ると、その視線は私の動きに合わせ、微かに動いた。 収骨を終え、再び葬儀場に戻ると、そのまま初七日法要が執り行われた。読経の声が響く中、参列者は皆、疲れた顔で座っている。法要が終わると、喪主である母が深々と頭を下げた。

「本日は誠にありがとうございました。本来であればお斎(おとき)を設けるべきところ、誠に恐縮ではございますが、お弁当をご用意いたしました。どうぞお持ち帰りくださいませ」

 私と妻が、折詰弁当とお茶のペットボトルを一人ひとりに手渡していく。親族たちはそれを受け取り三々五々分かれていった。伯父もまた、無言で弁当を受け取ると、静かに席を立った。

「政夫兄さん、この度は本当にありがとうございました」母が深々と頭辞儀した。伯父は短く頷くと、私の方に視線を向けた。

「麻美さん、廣、また連絡しておいで。…話しておきたかったこともあったが、さすがにこの場ではないね」妻から弁当を受け取っていた孝さんを見つけた伯父の興味はそっちに移ったようだ。

「こっち久しぶりだから温泉宿とったんだよ、弁当食べながらそこで話そうよ」そう言うと、彼は笑顔で孝さんと県外ナンバーの黒い高級セダンに乗り込んでいった。父の親族たちが、一台一台駐車場から出ていくのをぼんやりと見送った。


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