1章 2日目
翌朝、私と妻は朝食を済ませていた。その時、インターホンが鳴った。
「はい?」母がドアを開けると、見慣れない若い女性が立っていた。年齢は私より少し下くらいだろうか。
「おばさん、安田の佳子です。お疲れのところ、急に申し訳ありません。」彼女は深々と頭を下げた。母は、すぐにその顔が誰の子か分かったのだろう、優しい顔で迎え入れた。
「佳子ちゃん、参列ありがとうね。元気にしてた?」
佳子さんは父の従姉妹の多紀さんの子だ。確かに昨日の葬儀の時に会釈した。
「おばさん、お久しぶりです。母が政夫さんに生前大変お世話になりまして。それで、こんな機会でもないと会えないし、お礼も言いたくて。こちらにいらっしゃるかと思って来ました。」
彼女は包みを差し出した。
「お土産までぎょうさんにありがとうね。多紀さんはいんで残念じゃったね。うちとこの家族葬じゃって聞いたけん、よう行けんかったんじゃけど、ごめんね。それでね、お兄さんはもう兵庫へ戻られたと思うんよ。廣、多紀ちゃんとこの子よ。小さい頃よう遊びよったじゃろ?覚えとる?佳子ちゃん、いつまでおるん?時間あるやろ、寄っていきんさい。」
「いえ、ちょうど実家の整理でこっちに帰ってきてる時だったんで。参列できてよかったです。」
「ほんなんか、佳子ちゃんもたいへんやね。」母はそう言って、お土産を受け取った。佳子さんは少し残念そうな顔をしたものの、改めてお礼を言って去っていった。
「佳子ちゃんのお母さん、いつ亡くなったの?」
「去年の暮だと思ったよ。」
妻が隣で首を傾げている。「どんな伯父さんだったの?」と、妻が呟いた。
「伯父さんって政夫さん?盆正月に帰ってきて、ごろごろしてたイメージしかないんだよな。伯父さん、佳子さんの母親に何をしたんだろね。これどうしよう?」
「ざびえる…大分銘菓かな、大分の人?渡さないの?」
「そうだな。預かっちゃったもんな。伯父さん、名刺もらっちゃったから送るしかないか。やることが増えたね」
その後、お昼を三人で食べた後、妻を駅に送ることにした。「ねえ、あなた。あまり長く家を空けてると……。先に東京に戻った方がいいかしら?浩も、明日から学校があるし、あまり長く休ませるのも…」」妻が、遠慮がちに切り出した。彼女の顔には、この数日の疲れがはっきりと見て取れた。
「そうだな。本当はもう少し一緒にいてほしいけど、お前も疲れただろう。残りの手続きは私がやっておくから、先に帰ってくれ。」私は妻の気遣いを察し、素直に頷いた。彼女もまた、この状況で自分の役割を考え、最善の選択肢を提案してくれたのだろう。
妻は、私の気遣いを察したように、黙って頷いた。実家の玄関から、正面に祖父母の家がある。一見、大きな問題はないように見えるが、長らく人が住んでおらず、今は単なる物置のように使われている様子が伺えた。庭には手入れされていない雑草が伸び、どこか荒れた印象を受ける。
「大丈夫?無理しないでね」妻は心配そうにそう言い残し、東京行きの新幹線に乗り込んだ。日が落ちる頃には家に着くだろう。数年に一度の帰省にしては、案外近い、と言えば近い。やっぱり遠いよ。
新幹線の駅からの帰り道、食料品店へ向かう途中に、父の3軒長屋のアパートが目に入った。ごく普通の、どこにでもある古いモルタル木造アパートだ。しかし、注意して眺めると、窓にはカーテンがかかっていない部屋があり、郵便受けにはチラシが詰まっている。
「あれ、部屋空いてるんだ…空き部屋の方が多くないか?」私は思わず呟いた。
昨夜の母の疲れた顔と、伯父の「爺さんの家とアパート、あのままなんだね。大丈夫なのかい?」という言葉が浮かぶ。
実家はどちらかと言えば裕福だと信じてた。父は地場企業とは言えプレミア上場会社勤務だったし退職金も多いと聞いてた。母も元看護師だし、それに爺さんから相続したアパートからの家賃収入。疑うことも気にすることも無く。
実際、父夫婦と私の家族、5人で行った退職祝いの箱根の2泊3日の温泉旅行も結構な費用だったと思うし、孫にもちょくちょく会いに来てくれたり、羽振りは良かった。伯父が口にした「大丈夫なのか」という問いの意図が何となく見えてきた気がした。
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