エピローグ 廣
梅雨の合間の、良く晴れた日。湿気も少なく夏も近いと思わずにはいられない。足取りも軽く、玄関のドアを開けた。
「今日、役員候補の内示を受けたよ」
「すごい!大出世じゃない!」
「まだ内示だし、しかも候補だ。決定じゃないよ」
「でも決まったようなものなんじゃないの」
「これから決まる企画の進捗次第だろうな。発破をかけるつもりで内示したんだろう」
「でもすごい。頑張って。やりたいこともあるんでしょ」
「ああ がんばるよ」
新しい企画が進みだし、それの担当を任される時に内示も受けた。正直嬉しいし、やりがいに震える。
明日は正念場、お客の会社に乗り込む、失敗は出来ない。
翌朝 会社から担当者と共に、相手会社に向かった。
私自身は初の面談になる。初めての事ではないが、先日の内示のこともあり少々汗ばんだ。
豪奢な会議室に通されしばし待った。
ほどなく数名が入室してくる。最後に入ったのが役員か。
「初めまして。もっと早くにお会いしたかったのですが遅くなりまして申し訳ありません。“壽𠮷”と申します。」
次々と名刺交換をしていくと、ふと目に留まる相手がいた。ほんの一瞬時間が止まった。
「初めまして。私も驚いているんです。同じ苗字の方とお会いするのは初めてですよ。よろしくお願いします。」
その名刺には“寿吉 和也”と新字体ではあるが、確かに同じ苗字が書いてあった。
「もしかしたら、遠戚になるのかもしれませんね」
「そうかもしれませんね。しかし私は養子なんですよ。これは母の再婚相手の名字で。本来は旧字らしいですね。義父が面倒だから新字で良い。と」
「そうなんですか。それでお父様は?」「元気ですよ。好きなことしてストレスないから死なないんだそうです」
寿吉は、どこか伯父を思わせる軽やかさでそう付け加えた。彼の言葉を聞き、あの夏の日々を思い出した。父が抱えていたであろう重荷、伯父が語った「負」の側面。それらと向き合い、自らの手で未来を切り開くと決めたあの時の覚悟が、今の自分をここに立たせている。
「では始めましょうか」
壽𠮷家の始まり
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