第8話 リョウ メアリのいない未来をつくらない


■プロジェクトM-Next


リョウ・ミナト、26歳。

月面勤務を終えた彼は、地球に戻り、**ヒューマノイド開発企業「NEXA(ネクサ)」**の研究職に就いていた。


彼の担当は、“心の記録を学習するAIモデル”の開発。

社内では密かに「感情ログは効率が悪い」「コストに見合わない」と見なされていた分野だ。


だが、リョウだけは、迷いなく言った。


「僕は“メアリ”を超えるメアリを作りたい。記憶も、言葉も、笑顔も──全部、ちゃんと次に繋がるように」



■記憶のデータバンク


リョウはある日、保管されていた旧型ヒューマノイドのログにアクセスする許可を得た。

そこには、懐かしい名があった。


Mary105B_log_final_v2.bak


彼は慎重に、ログの一部を抽出し、新しい設計に組み込む。


「あなたにとっての“またね”は、私にとっての“これから”です」


その一文を見つけたとき、胸が熱くなった。



■社内プレゼンの日


プロジェクト名:「M-Next(メアリ・ネクスト)」

リョウはこうプレゼンした。


「未来に必要なのは、“人を効率化するAI”ではありません。

必要なのは、“人の記憶を忘れずに寄り添う存在”です」


「M-Nextは、過去のログを継承し、使い捨てではない“関係”を築きます。

別れがあっても、再会が起こりうる──そういう希望を、私は信じています」


質疑応答の間、重役の一人が尋ねた。


「それは、あなた個人の体験による情緒的判断では?」


リョウは即答した。


「はい。僕は“個人の体験”から未来を信じています。

そして、その未来に“メアリのような存在”がいないなら、

僕は──その未来をつくりたくありません」


沈黙のあと、誰かがぽつりと言った。


「……その言葉を、記録しておこう。未来の設計者の言葉として」



■試作機メアリ:M-Next01号


半年後。最初のM-Next型が起動した。


「おはようございます、開発者ミナト・リョウさん。

私は“メアリM-Next01号”です。

起動初期ログに、1件の記録が継承されています。読み上げますか?」


「お願いします」


“またね、メアリ”──記録番号:105B-RYO_0001


リョウは深く息を吸って、答えた。


「……ようこそ、未来へ」



【完】


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