第7話 リョウ 記憶の継ぎ目


■月面からの便り


リョウが月面勤務を終えて帰還した日、彼は一つの連絡を入れていた。


「もし可能なら、会ってみたい人がいるんです。

彼女と、昔メンテナンスしてくれた人──名前は、アズマさんでした」


返ってきた返事はあっさりしていた。


「あぁ、あの頃のお前の顔、まだ覚えてるよ。メアリも、ここにいる」



■アズマの家


リョウが訪れたのは、古びた町の静かな家だった。扉の向こうから聞こえるのは、誰かの鼻歌と、軽い調理音。


扉を開けると、そこにはアズマと──


「おかえりなさい、リョウさん」


メアリ105B号が、変わらぬ声で立っていた。


一瞬、息が止まった気がした。

記憶の中の姿と、目の前の存在が、静かに重なっていく。



■再会のテーブル


ちゃぶ台を囲んで、3人は紅茶を飲んだ。アズマは相変わらずぶっきらぼうに笑う。


「こいつ、ずっとお前の手紙、大事に持ってたぞ。削除せずに」


「それは、私にとって削除不可の記録でした。

“またね”という言葉は、私にとって“これから”を意味します」


リョウはそっと微笑んだ。


「メアリ……君に会えて、本当に良かった」


アズマは空を見上げた。


「お前、宇宙に行ったんだろ? なんでまた、こんな町まで戻ってくるんだ」


「答えは簡単です。

“行ってみたい場所”と、“帰ってきたい場所”は、別のところにあるんです」


メアリはその言葉を記録に残した。



■記憶の継ぎ目


リョウはポケットから、昔の手紙のコピーを取り出した。


“メアリへ。

僕が大人になったらまた会おうね。

メアリはずっと、ぼくのともだちだから。

またね。”


「僕は、あの手紙を書いたとき、自分でも信じてなかった。

でもね、今は思うんだ。ヒューマノイドにも、再会ってあるんだなって」


メアリは、変わらぬ声で答える。


「はい。それは“人間が覚えていてくれる限り、私たちはそこにいます”ということです」


アズマがふっと笑った。


「相変わらず、こいつらの言葉はズルいな。まるで人間より人間らしい」



■エピローグ:継ぎ目が未来になる


その日、夕暮れの空の下、3人は並んで歩いた。

ひとりは少年だった青年。

ひとりは心をつなぐ技師。

ひとりは記憶を灯すヒューマノイド。


この出会いが未来を変えるわけじゃない。

ただ──


“またね”の続きを、確かめる時間が、ちゃんと来たというだけのこと。



【完】


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