第16話 これからの事

 あってまで二日、俺にとっては下宿先の主であるはずの人に母親を重ねている俺は、相当おかしな奴なのかもしれない。


 なんてことを思いながらエイティさんの手のぬくもりを感じていると、ふと、リビングにララがやってきた。


 彼女はどこか疲れた様子でリビングにやってくると、エイティさんに話しかけた。


「おばあちゃん、治療は終わったし、その人も帰ってきたからもう休んで」

「そうね、ありがとうララ」


 エイティさんは俺に「おやすみ」という言葉をかけるとすぐにリビングを離れて行ってしまった。 

 肝心のサンゴの姿はなく、ララは何も言わずに俺の近くまでやってくるとため息を吐いた。


「ねぇ」

「な、なんだ?」


「一体どこであの子を拾ってきたの?」

「街道に倒れていた」


「嘘はやめなさい」

「嘘って・・・・・・そうだな、街道からは少し離れていたかもしれないな」


「ねぇ、あなたは一体何を企んでいるの?」

「何が言いたいんだ?」


「こんな夜更けに街道で倒れた女性をおぶっているなんて異様すぎます」

「俺はまだここにきて日が浅い、いくらなんでも俺の事を疑いすぎだと思うが?」


「それだけじゃない、この農園近くにある墓地から巨大な気配が忽然と消えました」

「その巨大な気配ってのは俺にはわからないな、俺がそれに関係してるっていうのか?」

「・・・・・・じゃあ、私が治療したあの子があの墓場の魂を処理したっていうの?」


 ララは、小声でそんなことをつぶやいた。彼女は明らかに「魂」という言葉を使い、しかも「処理をした」などという表現までしている。


 それはつまり、ララが魂という存在についての認知と、それに対する手段を持ち合わせているかのような言動だった。


 ただ、散々疑われてはいるが、俺が一番心配していたサンゴの左手については一切触れられなかったのは意外だった。


「なぁ、もういいかララ、俺も今日はいろいろあって疲れた」

「・・・・・・着やすく名前を呼ばないでください」


「じゃあグレイブ、おやすみ」

「気軽に挨拶してこないでください、それから、あなたの事はこれからも監視しますから覚悟しておいてください」


 寝つきが悪くなりそうな言葉を吐きかけられた俺は、リビングから出ていくララの姿を見送った後、今後の予定について考えながら眠りに落ちた。


 翌日、目を覚ますと知らぬ間に体にブランケットがかけられており、リビングから見えるキッチンにはエイティさんの姿があった。

 その光景は幾度となく夢の中で見た光景ではあったが、現実に目の当たりにしたのは八年ぶりになるのだろう。


 そんな事を思いながら体を起こすと、エイティさんはちょうど朝食を食卓に運び込もうとしているところだった。


「あら、おはようジュジュ君、昨日はソファーで寝てたのね」

「はい、昨日は少し疲れてしまったので」


「いいのよ、私も二日連続でお説教しちゃってごめんね」

「いえ、悪いのは俺ですから、それよりもお手伝いします」


「ありがとう、じゃあ運ぶのを手伝ってくれる?」

「はい」


 そうして、朝食の準備をしているとリビングにララとサンゴが二人そろってやってきた。ララはあくびをしながらだらしない格好で現れ、サンゴは真っ先に俺に視線を向けつつも、どこかうつむきがちに挨拶を交わしてきた。


 食卓にはすでに四人分の朝食が準備されており、俺達は四人で朝食をとることとなった。


 気まずい空気ではあったが、エイティさんが場を和ませ、それに乗っかってサンゴが昨晩の感謝を述べるという展開で朝食は進んだ。

 

 そうして、一切険悪なムードを感じずに朝食が終わると、俺たちはエイティさんに見送られながら王都へと向かうことになった。


 農園を後にした後、ララはサンゴにだけは挨拶を交わした後、一足先に王都へと向かっていき、俺とサンゴはその様子を見計らったところで、同時にため息を漏らした。


 どうやら、サンゴもこの状況にかなり緊張していたらしい。


「ジュジュさん」

「あぁ、大丈夫だったかサンゴ」


「はい、まさかララ・グレイブさんのご実家だったとは思いませんでした」

「あぁ、ララは王都でも有名人か?」


「はい、魔法大学におけるゴールドランクであるのは大前提として、彼女は魔法大学でも有数の「賢者」なんですよ」

「賢者?」

 

 まぁ、確かに見た目とか言葉遣いとかは賢者といってもおかしくはないが、初対面で殴り掛かってくるような奴が賢者だとはな・・・・・・


「魔法大学には、ゴールド以上の地位が存在するんです、それが賢者です」

「初めて聞いたな、何が特別なんだ?」


「すみません、よくはわかっていないんです。ただ、普通の学生とは一線を画した力を持っているらしいんです」

「そうか・・・・・・」


 昨日、副学長からはそんな初号があるなんて知らされていなかったな。


 いや、あるいは俺がそこに到達するほどではないと見抜かれたのか。とにかく、厄介な奴と同居していることに変わりはない。


「所でサンゴ、左手は見られたか?」

「見られたというと?」


「手の事だ」

「それなら大丈夫です、隠すのは得意なので」


「どういう事だ?」

「少しこちらへ来てください」

「あぁ」


 俺はサンゴの元へ歩み寄ると、彼女はすぐに左手を見せてきた。すると、そこには俺が融合したはずの口がなく、相変わらずのきれいな左手だった。


「・・・・・・やっぱり、綺麗な手だな」


 思わず口に出た言葉に対してサンゴはどこか恥ずかしそうに手を隠した。


「な、なんですか突然」

「あ、いや・・・・・・と、とりあえずどういうことか説明してくれ」

「私が使える唯一の魔法です、無数の粒子が私の肌を覆って隠してくれています、ほら、見ててくださいね」


 そう言うとサンゴは左の掌に右手をかざした。そして、次の瞬間には左手に口が現れた。


「すごいな、こんな魔法が使えるのか」

「傷を隠す程度の魔法です、それ以外はめっきりですので」


「それは昨日までの話だろ、今日からサンゴの口は二つあることになる。お前の混沌のカオススペルっていう厄介な力もそれで多少は使い物になるんじゃないのか?」

「そ、そうだとよいのですが」


「まぁ、ひとまずは様子見だし、力を使いこなせるかはサンゴ次第だ」

「・・・・・・はい」


 少し不安そうなサンゴだが、こればかりは俺にはどうすることもできない。何せ俺にはろくな魔法を扱うことも座学を教えることもできない。


 俺にできるのはごく限定的な死霊術という、固有のものだけだ。


 とにかく、今回の件の様に一人でも多く素質のありそうな人に力を与える事と、王都内にある英雄の魂の回収をコツコツとやっていくしかないだろう。


「それからサンゴ、今後は俺との関係は他言無用にしよう、昨晩の出来事も全部忘れてくれ」

「ど、どうしてですか?」


「俺はお前に恩を着せるつもりはない、それに俺はお前を人ならざるものへと変えてしまったからな」

「そんな事、これは私が望んだことです」


「そうか」

「もちろんです」


「なら、この先、お前の力が必要になるときは手を貸して欲しい、それだけだ」

「・・・・・・ですが」

「お前にもやるべきことがある、そのための時間も努力も必要だ、ひとまずは俺の事は忘れて自分の目的に没頭するんだ、そのために俺は力を与えたんだ」


 サンゴは、どこか困った様子でうつむいてはいたが、最後には凛々しい顔で「わかりました」と返事を返してくれた。


 その様子は、昨日であったか弱く見えたサンゴの姿とはまるで違う、とても力強い姿に見えた。

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