序章ー4:竜の島国サンブロド

 生まれてから半年が経過した。


 そこまで来ると僕は地竜ドレイクたちの言葉を話せるようになっていた。


 言語とは不思議なものである。


 前世で物心ついた頃の僕も、誰に教わることなく拙い言葉を話せていたものである。


 きっと知らず知らずの内に、大人たちの話していることが頭の中に入ってきて、マネするようになって、自然と自分の物になるんだろな。


 ああ、小さかった頃の記憶が懐かしい・・・。


 あの時はどこにいくのも自由だった。


 夏休みには近くの公園でセミを捕まえて、秋には休日に土手に母さんと双子の兄とバッタ捕まえていったり。


 兄ちゃんと言えば、向こうは新卒で入った会社に今も続けられてるしけど、それに引き換え僕は・・・。


 どこで差ぁ、ついちゃったのかなぁ・・・。


 ああもう・・・。自分が情けなくなる・・・。


 って、またブルー入っちゃった。


 もう日本人でもないのに・・・。


 とにかく、文字の読みがある程度できるようになったから、この世界のことについて知りたい。


 そう思った僕は、近くでうたた寝してるハーリアをつんつんして起こした。


「なんですかリオル?」


 優しい唸りで僕を呼ぶ母、ハーリア。


 その、まるでネコのゴロゴロ音のような声に、僕はいつも癒される。


「は、ははうえ。せっ、せかいのほんを、みたいのですが・・・。」


 こんな感じの発音でいいんだっけ?


「何用で?」


「しっ、しりたくて・・・。」


 地竜ドレイクに生まれ変わってもコミュ障全開だな僕は・・・。


「まぁ~。小さい内からお勉強熱心だこと。」


 いや。そういうわけじゃ、ないんだが・・・。


「石板を持ってきて下さい。簡単な歴史書と地図を。」


「はい。奥方様。」


 ハーリアに言いつけされた侍女の地竜ドレイクは、そそくさと僕のための教材を取りに行った。


 そんな悪いなぁ・・・。なんか人を顎で使ってるような気がして・・・。


 今度から自分で取りに行こっ。





 ◇◇◇





 侍女が持ってきたのは二枚の石板。


 一つが爪で彫ったと思われる歴史書で、もう一つがこれまた爪で彫ったようなここの地図。


 書物の概念がない地竜ドレイクがどんな形で文字とか書き物とかするんだと思ってたが、こんな形とは・・・。


「やっぱり。」と思いつつ、実物を見てみると意外に驚いた。


 書物に付随する形でハーリアが説明してくれた。


 僕が生まれ変わったのは『サンブロド』という、竜が支配する島国。


 ここには地竜ドレイクの他に、空を飛ぶ『飛竜ワイバーン』、水を泳ぐ『水竜リバイアサン』が生息しているという。


 彼らはまとめて『亜竜族サーペント』と呼ばれている。


 ここで驚いたのが、サンブロドを取り巻く環境と、そこに至るまでの歴史だ。


 今からおよそ千年前までは、この国は『原龍族ドラゴン』。典型的な四本足に翼のあるオーソドックスなドラゴンたちによる政治が執り行われ、亜竜族サーペントは彼らを守る、いわば役人のような存在だった。だがある飛竜ワイバーンの一族が、原龍族ドラゴンから政権を奪取するために戦を起こし、数と戦略で彼らを圧倒し、政治の表舞台から引きずり下ろした。


『亜竜政権』の誕生だ。


 安寧は百年ほど続いたが、原龍族ドラゴンから政権を奪い取った飛竜ワイバーンの一族が内乱で没落すると、原龍族ドラゴンたちはこれを好機と見て、亜竜族サーペントから政権を奪い返そうと再び戦を仕掛けた。


 だが失敗に終わり、今の原龍族ドラゴンたちは『龍廷りゅうてい』と呼ばれる政治組織を作ってそこに収まったという。


 一方亜竜族サーペントたちはどの種族の、どの一族が政治の実権を握るのか揉めに揉めまくって、今も戦を続けて領土を奪い合っているそうだ。


 ・・・・・・・。


 ・・・・・・・。


 ってこれまんま日本の戦国時代の歴史じゃん!


 この島国の歴史もちょっと違うけど武家政治の成り立ちそのものじゃん!


 原龍族ドラゴンが貴族で、亜竜族サーペントが武士か・・・。


 何より驚いたのが、サンブロドの意味とそこの地図だ。


『サンブロド』は『日いずる下の国』。


 地図は日本地図から北海道を抜いたような形。


 僕、安土桃山時代に転生したのか・・・?


「そしてここが、私達オリワ族領です。」


 ハーリアが指指したのは、僕たちオリワ族の領土。


 南を海にしたサンブロドの中央。


 名古屋県らしく地形の西の先の小国。


 つまり僕たちは・・・だ。


「ははうえ、ぼくたちのくにはへいわですか?」


「そうですねぇ~・・・。」


 ハーリアは巣を抜けた谷間の先の草原で、遊んだりまったり過ごしている領民を儚げに見た。


「口には出さぬが皆不安でおいでです。飢餓と他国からの侵攻。これまでの戦で攻め滅ぼされた一族も数多くおりまする。きっと願っているはずです。天下太平の世が訪れるその日を。私がそうですから。あなたの父も・・・。」


 ・・・・・・・。


 ・・・・・・・。


「ぼくがつくるっていったらどうしますか?」


「え?」


「みんながへいわにくらせる、てんかたいへいのよを、ぼくがつくるんです。」


 ハーリアは僕の頭を撫でて、優しく微笑んだ。


「それは楽しみですね。できたら見てみたいものです。リオルが作る、平和の世を。」


 戦争は嫌いだ。


 肌の色、国、領土、食料・・・。


 人間はそんな下らないことで、大して変わらない者どうしで、殺し合って、差別し合ったりを繰り返した。


 僕が暮らしてた時代にも、SNSを通じて中華系やクルド人、マスメディアへの批判的、差別的投稿がいっぱいあった。


 人や歴史に敬意を払わず、自分のしていることを正義として疑わない連中には、正直言ってヘドが出る。


 この世界で殺し合ってる亜竜族サーペントたちも、己の正義に盲目的になって戦じゃんじゃん仕掛けてるんだろう。


 クソだ。そんなの。


 ・・・・・・・。


 ・・・・・・・。


 僕は決意を固めて立ち上がった。


「リオル?」


「よしきめた!ぼくがいくさのないへいわなよをつくってみせる!!だれもくるしまない、へいわなよを!!!」


 うつ病で何にも取り柄のない僕だったけど、だからこそこの世界で誰かのために精一杯、優しく正しいことをやってみたい。


 できるかどうか、正直めっちゃ不安だけど・・・。


 不安でしかないけど・・・。


 ハーリアを見てみると、大きな夢を持った息子を誇らしげな顔で見つめている。


 そんなに期待いっぱいってカンジに見られると、すっごいプレッシャーがのしかかる・・・。


 あっやべ・・・。


 なんか胸が苦しくなってきた・・・。


 この世界に抗うつ薬って・・・ないよね?

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