第2話 祟るなんて無理!
名乗られて、澪は息をのんだ。ぎくしゃくと問い直す。
「あなたも久世の人……?」
「そうだ」
澪はまじまじと桐吾を見つめた。
その顔立ちは、亡くなった澪の許婚・
「だから俺のことも祟ればいい――だがまずは、伯父を追い落としたいんだ。力を貸してくれ」
「でもそんな……」
「どうした、できないのか? せっかく復活したっていうのに。封じられていた恨みも合わせて晴らしたらどうだ」
言われて澪は壊れた祠を振り向いた。
これが〈澪姫〉を封じる仕掛けなのだろう。祠が崩れると同時にその術が解けたのだ。
「あなたが祠を?」
「……正確に言えば違う。その猫が体当たりした」
「え、白玉?」
「みゃお!」
自慢げに猫が鳴いた。澪は目をぱちくりする――――。
✿
――――久世を祟った女を封じる祠。その存在を知った桐吾はこの林へ見物に来た。
ここは澪が身を投げたと伝わる池の近く。つまり久世の土地がすぐそこにある。桐吾には慣れた道だった。
朽ちかけた祠はあっさり見つかった。だが桐吾はどうしたものか迷う。元は休日の気晴らしにドライブに出ただけ。探し出したからといって何もする気はなかった。
(軽く供養でもして帰るか)
ひどく傷んだ祠が哀れだった。そのうち建て直してもいい――そう考え周囲を確認してみる。
歩いたら何かにつまずいた。草むらに蹴り倒してしまったのは、大きくない石だ。何かの文字が彫られている。
(――そうだ、脇に猫塚があると記述があったはず!)
不敬をした、と思った時には遅かった。あたりに霧が湧く。
『にゃあ――ぉ!』
不気味な猫の声が響いた。
ガサッ。
草を踏む音がし、あらわれた白猫。軽やかに祠に向かって跳ぶ。
ドン! ガラガッシャーン!
✿
「…………祠が壊れたのはそういうわけだ」
「あぁん、白玉ぁー!」
へにゃ、と笑った澪が白玉に頬ずりする。飼い主の封印をきちんと解いた化け猫は、得意そうにヒゲをヒクヒクさせた。
「いい子ね白玉! あ、でもええと、桐吾さん?」
「ああ」
「私の祠はともかく、白玉の封印を解いてくれたのはあなただわ。ありがとう」
澪は姿勢を正し、きちんと一礼した。久世の者だろうが感謝するべきはしなければ。
(それに、冬悟さんに似ているんだもの。なんだか憎めない)
許婚だった冬悟は隣村の名主の息子。親の決めた話ではあったが互いに想い合っていた。それが仕事に出かけた折、街道で物盗りに殺されたのだ。
その後、新たに久世との結婚が決められてしまった。でも澪は冬悟の喪に服すと言い張り祝言を引き延ばす。しかししびれを切らした久世の息子が澪に手を触れようとし、威嚇した白玉が壁に叩きつけられ、澪はすべてが嫌になって池に――。
「はあぁぁ……」
澪はため息とともにしゃがみ込んだ。
「どうした?」
「……いろいろあったなって」
しょんぼりと愚痴を吐く祟り神。そんなものを目の前にしても桐吾の表情はあまり動かなかった。
「いろいろ、か。ならばその恨みつらみを今の久世家にぶつけてしまえ。奴らは変わらずに自己中心的な小悪党だ」
「え……でも」
「封印を解いてやったのだから、願いを聞いてくれてもいいよな」
桐吾は脅しのようなことを口にする。澪はきょとんとしていたが、抱かれている白玉が鼻にしわを寄せた。
「ふしゃぁぁ――ッ!!」
「チッ」
化け猫の抗議に桐吾は舌打ちした。なんだか気安げなやり取りで、澪はおもしろくなってしまう。よいしょ、と立ち上がった。
「……あの、私」
「うん?」
「祟るって、どうやるかわからないの」
澪は正直に白状した。
(祟り神だなんて……私、いつの間にそんなふうに祀り上げられていたんだろう?)
祠に封じられていた事にすらびっくりしている澪だ。久世を祟れと願われても力になれる気がしない。桐吾が不審な顔になるのが申し訳なかった。
「……しかし、伝承では祟ったと」
「私自身は……成仏できないなと思っていただけ。久世に取られたお屋敷を見て泣いちゃったり、森沢の家が仕切っていた商売がどうなったか見に行ったりはしたけど」
「まあそれは祟り神というより幽霊か」
「あ、私と仲良しだった女中が折檻されそうになった時は怒ったわ」
「怒って、どうなった」
「……あたりの物がバン、て揺れて……自分でびっくりして逃げちゃったの。あの後どうなったんだろう」
澪はいたずらを自白したみたいに申し訳なさそうにする。見た感じまったく祟り神っぽくない澪だが、物を揺らす程度のことはできたらしい。そりゃ当時の久世家は嫌がって調伏するだろう。
「それだけでもすごいんじゃないか?」
「そ、そう? でも今はできるかどうか。だからごめんなさい、お力になれないと思うわ」
祟ってほしいという依頼そのものがとんでもないのに、澪は丁寧にお断りをいれた。
(なんだこの女)
桐吾としては拍子抜けしてしまう。
うっかり封印を解いた祟り神など、祟り殺されかねないと思った。だからどうせなら久世家そのものを祟らせようと考えたのに。
久世が設立した会社、久世建設。桐吾はその会長の孫だ。今は地域開発事業部第二部の部長だった。
二十九歳の桐吾が部長職なのはもちろん背負う名字のおかげ。それも久世家をうとましく思う一因になっている。
(だが澪は何かに使えるかもしれない)
この世のものではない女。そして化け猫。手の内にしておいて無駄にはならない。桐吾はそう計算した。ここは相手の心証を良くしておくべき。
「――わかった。無理を言ったな」
「とんでもないです」
「この祠は俺が責任持って建て直そう。これからは供養を絶やさないようにする」
「え? そんな、申し訳ないです」
「遠慮しないでくれ。昔のこととはいえ久世がやらかした結果だ。悪かった」
軽く一礼する桐吾に澪は慌てふためいた。
(久世にもいい人はいるのかもしれない)
あっさり転がされていることには気づかない。澪は素直な祟り神なのだ。
しかし祠の建て直しなどよりも訊いておきたいことが澪にはあった。でないと桐吾がこのまま帰ってしまいそうな気配。そんなの困る。
「あの、ここはどこですか? 私これからどうすれば」
「――なに?」
そもそもな質問に桐吾が硬直した瞬間、澪のお腹がグウゥと鳴った。
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