『俺達のグレートなキャンプ38 バーニングバウムクーヘン丸かじり』
海山純平
第38話 バーニングバウムクーヘン丸かじり
俺達のグレートなキャンプ38 バーニングバウムクーヘン一本丸かじり
「よっしゃあああああ!今日もグレートなキャンプの始まりだぜええええ!」
石川の雄叫びが湖畔のキャンプ場に響き渡る。朝の7時だというのに、その声は山にこだまして、湖の向こう岸まで届いていそうだった。近くのテントからは「うるせー!」という怒号が飛んできたが、石川は全く気にしていない。
「石川、もう少し声を抑えて...」富山が眉間にシワを寄せながら呟く。「まだ朝の7時よ?常識ってものを知らないの?」
「朝だからこそグレートなんじゃないか!おはよう千葉!今日のキャンプ、準備はバッチリか?」
「おはよう石川!もちろんだよ!」千葉は目をキラキラさせながら答える。寝癖でボサボサの髪をそのままに、まるで子供のような純粋な笑顔を浮かべている。「今日はどんな奇抜なキャンプをするんだ?ワクワクが止まらないよ!もう胸がドキドキしてる!」
石川はニヤリと悪魔のような笑みを浮かべると、リュックから何かを取り出した。それはまるで宝物を披露する魔術師のような得意げな表情だった。
「じゃじゃーん!今日の主役はこいつだ!」
手に持っているのは...バウムクーヘン。しかも業務用サイズの、まるでタイヤのように巨大なやつ。直径30センチはありそうな代物で、年輪のような層が美しく重なっている。
「え?バウムクーヘン?」千葉が首をかしげる。「キャンプでお菓子を食べるの?それはそれで楽しそうだけど...」
「おい石川...まさか」富山の顔が青ざめる。長年の付き合いで、石川の「まさか」を数え切れないほど見てきた富山には、嫌な予感しかしなかった。
「そう!今日のグレートなキャンプテーマは『バーニングバウムクーヘン一本丸かじり』だああああ!」石川が両手を天に向けて雄叫びを上げる。「炎で焼いて、焦がして、そして豪快に丸かじりするんだ!これぞ究極のワイルドスイーツキャンプだ!」
「バーニング...って、まさか焼くの?」千葉が恐る恐る尋ねる。頭の中で炎に包まれるバウムクーヘンの映像が浮かんでいる。
「そうだ!ただ焼くんじゃない!必要以上に焼く!炭になるまで焼く!そして丸かじりする!これぞロマン溢れる男のキャンプスタイルだ!」
富山の頭に血管がピクピクと浮き出る。「ちょっと待ちなさい石川!バウムクーヘンを焦がしてどうするのよ!せっかくの美味しいお菓子が台無しじゃない!第一、炭を食べるなんて正気の沙汰じゃないわ!」
「富山ちゃん、そこが分かってないなあ」石川が得意げに胸を張る。「焦げたバウムクーヘンにはロマンがあるんだよ!苦味と甘味の究極のハーモニー!これぞ大自然の洗礼を受けた野性のスイーツだ!文明に毒された現代人には理解できない奥深い味わいなんだ!」
「ロマンって...そんなロマンいらないわよ!」富山が頭を抱える。
「すげえ!石川の発想は本当にクリエイティブだな!」千葉が手をパンパンと叩く。「どんなキャンプも一緒にやれば楽しくなる!やってみよう!きっと新しい発見があるよ!」
「千葉まで...」富山のため息が森に響く。「もう知らないからね...」
石川は意気揚々と焚き火台を準備し始めた。しかし、普通の焚き火台では物足りないらしく、石を積み上げて巨大な焚き火台を作っている。まるで古代の生贄儀式のような物々しさだ。
「よし!まずは薪をガンガン燃やして...おっと、薪だけじゃ火力が足りないな」石川が呟きながら、さらに枯れ枝を大量に集めてくる。「バーニングと名がつく以上、中途半端な炎じゃダメだ!燃え盛る業火でなければ!」
「え?業火って...」千葉の声が若干震える。
石川は着火剤を惜しげもなく大量に投入し、マッチに火をつけた。「点火!」
瞬間、焚き火台から炎がボォォォォォと勢いよく立ち上がる。その高さは優に2メートルを超え、まるでドラゴンの息のような迫力だった。
「うわああああ!」千葉が思わず後ずさる。
「石川!火が強すぎるわよ!」富山が慌てて叫ぶ。
「これでいいんだ!これくらいの炎でなければ、真のバーニングバウムクーヘンは作れない!」石川の顔は炎に照らされて赤く染まり、まるで炎の悪魔のような表情になっている。汗がダラダラと流れているが、本人は全く気にしていない。
隣のテントから中年男性が顔を出した。「あの...何をされてるんですか?山火事になりませんか?」その男性の顔は恐怖で引きつっている。
「バーニングバウムクーヘンです!」石川が振り返って満面の笑み。炎を背負った石川の姿は、まさに地獄の番人のようだった。「一緒にやりませんか?グレートですよ!人生観が変わりますよ!」
「バーニング...バウムクーヘン?」男性が困惑する。その表情は「この人たち大丈夫?」と言っているようだった。
「そうです!炎で焼いたバウムクーヘンを丸かじりするんです!新感覚キャンプスタイルです!」
男性は慌ててテントに引っ込み、ファスナーをキッチリと閉めた。テントの中から「お母さん、隣の人たち変だよ...」という子供の声が聞こえてくる。
「あ、また引かれちゃった」富山がため息をつく。「当然よね...」
石川は竹串を取り出し、バウムクーヘンの中心に突き刺した。「よし!準備完了だ!いよいよバーニングタイムの始まりだ!」
竹串に刺されたバウムクーヘンを炎の上にかざす。その瞬間、ゴォォォォという音とともに、バウムクーヘンが炎に包まれた。最初は美しい焼き色がついていたが、石川の持つ炎があまりにも強すぎて、あっという間に表面が真っ黒になっていく。
「おお!本当に燃えてる!」千葉が興奮して声を上げる。「すごい迫力だ!まるでバウムクーヘンが踊ってるみたい!」
「でもちょっと燃えすぎじゃない?もう煙がもくもく出てるわよ?」富山が心配そうに見守る。実際、バウムクーヘンからは黒い煙がもうもうと立ち上っていた。
「富山ちゃん、これからが本番だよ!もっと燃やすんだ!バーニングの名に恥じないくらいに!炭になるまで!」石川の目は炎に照らされてギラギラと光っている。
バウムクーヘンの表面がメラメラと燃え上がり始める。最初は美しいキツネ色だったのが、茶色になり、こげ茶になり、そして真っ黒になっていく。甘い香りと同時に、完全に焦げ臭い匂いが立ち込めてきた。もはや食べ物の匂いではない。
「うわあ、なんだかとんでもない匂いになってきたなあ」千葉が鼻をひくひくさせる。「これ本当に食べられるの?」
「これが大自然の洗礼だ!都会のスイーツにはない、野性味溢れる香りだろう?」石川が得意げに答える。しかし本人も内心「ちょっと焦がしすぎたかな?」と思い始めている。
炎はさらに勢いを増し、バウムクーヘンは完全に炎に包まれた。もはや原形を留めていない。表面は炭のように真っ黒で、ところどころ火花が散っている。
周りのキャンパー達が徐々に集まってくる。しかし、その表情は好奇心より恐怖の方が勝っている。まるで火災現場を見物しているような雰囲気だ。
「あの...それって食べられるんですか?」若いカップルの女性が恐る恐る尋ねる。その声は震えている。
「もちろんです!むしろこれから丸かじりします!」石川が自信満々に答える。しかし、その自信も若干揺らいでいる。バウムクーヘンはもはや木炭と見分けがつかない状態になっていた。
「石川...これ、もう食べ物じゃないんじゃない?」富山が青ざめた顔で言う。「完全に炭よ、炭!バーベキュー用の炭と一緒よ!」
「いや、まだ中は大丈夫なはずだ!表面だけが焦げているだけで、中はきっとふわふわのバウムクーヘンのままに違いない!」石川が強がって言うが、その声には確信がない。
「本当に?」千葉が不安そうに聞く。
石川がバウムクーヘンを火から離す。それはもはやバウムクーヘンではなく、完全に炭と化していた。表面は真っ黒で、ひび割れが入り、軽く触っただけでボロボロと崩れ落ちそうだ。重さも軽くなって、まさに木炭そのものだった。
「よっし!いい感じに...焼けたぞ!」石川の声が震える。
「どこがいい感じなのよ!」富山が叫ぶ。「それもう炭よ!炭!食べたら死んじゃうわよ!」
しかし石川は引き下がらない。「さあ、いよいよ丸かじりタイムだ!これぞグレートなキャンプの真骨頂!」
「ちょっと待って石川」富山が慌てて止める。「まだ熱いでしょう?やけどするわよ?っていうか、それ以前に食べちゃダメよ!」
「大丈夫大丈夫!これくらいの熱さなんて、グレートなキャンパーにとっては朝飯前だ!」石川が勢いよく炭と化したバウムクーヘンにかぶりつく。
その瞬間、石川の口から「ガリッ!」という音が響いた。
「あちちちちち!がりがりがり!にがああああ!」
石川の口から黒い煙がもくもくと上がる。歯で噛み砕いた瞬間、完全に炭の味と食感が口の中に広がったのだ。それはもはや味と呼べるものではなく、苦味を通り越して無味に近い。そして食感は完全にザラザラの炭。口の中で「ジャリジャリ」という音がして、舌がザラザラになる。
「ほら見なさい!」富山がダッシュで水を持ってくる。「だから言ったでしょ!」
「だ、大丈夫だ!」石川が涙目になりながらも強がる。口の中は完全に炭の粉だらけで、舌がザラザラになって味覚が麻痺している。「これが...これがバーニングバウムクーヘンの真の味わいだ!えーっと...苦味というか...無味というか...ザラザラしてて...うん、新感覚だ!」
「石川大丈夫?」千葉が心配そうに覗き込む。「顔が真っ青になってるよ?」
「ああ!外は炭の味で、中も炭の味で...なんだかとても...炭っぽい味だ!」石川が必死に感想を絞り出す。実際のところ、味は完全に炭そのもので、口の中がザラザラして、苦いというより舌がしびれるような感覚だった。「これは...これは確かに新しい体験だ!」
しかし、その時だった。
「僕にもやらせて!」
突然、近くのテントにいた小学生の男の子が駆け寄ってきた。その目はキラキラと輝いている。
「おお!君もバーニングバウムクーヘンに興味があるのか!」石川の目がキラリと光る。口の中はまだ炭だらけだが、テンションは下がらない。
「だめよ!危険だから!」富山が慌てて止めようとする。「あれは食べ物じゃないの!ただの炭よ!」
「お母さん、僕もやってみたい!すごく面白そう!」男の子が母親に懇願する。
「え、でも...あれって食べられるの?」お母さんが困惑する。
「大丈夫です!」石川が胸を張る。口から黒い粉がパラパラと落ちているが、気にしない。「新しい食体験です!人生観が変わりますよ!」
気がつくと、キャンプ場の半分以上の人々が集まってきていた。みんな石川の炭まみれの口を見て、興味と恐怖が入り混じった表情をしている。
「面白そうだなあ」
「でも本当に食べられるの?」
「あの人、大丈夫?」
「あれ?みんな興味を持ってる?」富山が驚く。
「だって楽しそうだもん!」千葉が嬉しそうに言う。「どんなキャンプも一緒にやれば楽しくなるって言ったでしょ?」
結局、その日のキャンプ場は前代未聞のバーニングバウムクーヘン実験場になった。各テントからバウムクーヘンが持ち寄られ、みんなで焚き火を囲んで焼き始める。ただし、石川の教訓を活かして、今度は適度な火力で適度に焼くことになった。
「表面だけ軽く焼くのがコツよ」おばあちゃんキャンパーがアドバイスする。「あまり焼きすぎると、あの人みたいに炭になっちゃうから」
「僕のは少し焦がしすぎちゃった」男の子が苦笑い。それでも石川のものに比べれば全然まともだった。
「それもまた味わいの一つだよ!」石川が豪快に笑う。口の中はまだザラザラしているが、テンションは相変わらず高い。
千葉は目を輝かせながら周りを見回す。「すごいなあ、石川の奇抜なアイデアで、キャンプ場全体が一つになってる!みんな楽しそうだ!」
富山も苦笑いしながら言う。「まったく...毎回こうなのよね。最初は心配するけど、結局みんな楽しんじゃうの。でも今回は本当にヒヤヒヤしたわ」
「それがグレートなキャンプの魔法さ!」石川が胸を張る。「失敗も含めて、全てが思い出になるんだ!」
夕暮れ時、バーニングバウムクーヘン祭りは最高潮に達していた。みんなで適度に焼いたバウムクーヘンを掲げて乾杯する。今度は本当に美味しそうな焼き色で、甘い香りが漂っている。
「カンパーイ!」
「これ、意外と美味しいね」カップルの女性が驚く。「外側がカリッとして、中がふわふわ」
「少し焦げた部分の苦味がアクセントになってる」お父さんが感心する。
「また来年もやりましょうよ!でも今度はもう少し火を弱めて」子供達が口々に言う。
石川が満足そうに仲間を見渡す。口の中はまだ炭の味が残っているが、心は満足感でいっぱいだった。「どうだ?今回のグレートなキャンプは大成功だったな!」
「成功って...あなた炭を食べたのよ?」富山が呆れながらも微笑む。
「石川、次回はどんな奇抜なキャンプをするんだ?」千葉が期待に胸を膨らませる。「でも今度は食べられるものにしようね?」
「ふふふ...それは次回のお楽しみだ!俺達のグレートなキャンプは、まだまだ続くぜ!」石川が歯を見せて笑う。その歯は炭で真っ黒だった。
その夜、三人はテントの中で今日の出来事を振り返っていた。石川はようやく口の中の炭を洗い流すことができ、普通の味覚を取り戻していた。
「それにしても、まさかキャンプ場全体を巻き込むことになるとは思わなかった」富山がしみじみと言う。
「でも楽しかったでしょ?炭を食べるという貴重な体験もできたし!」石川がニヤリと笑う。
「うん!みんなの笑顔が見れて最高だった!」千葉が満面の笑み。「石川が炭を食べた時のみんなの表情も最高だったよ!」
「石川の奇抜なアイデアには毎回振り回されるけど...」富山が少し考えてから続ける。「でも、こうやってみんなが繋がっていくのを見ると、悪くないなって思うのよね。ただし、次回からは事前に相談してよ?」
「了解!でも相談したら富山ちゃんが止めるじゃないか」
「当然よ!」富山が軽く石川の頭を叩く。
「あはは!でも本当に今日は楽しかったなあ。石川が炭を食べる姿、一生忘れないよ」千葉が幸せそうに呟く。
窓の外では満天の星空が広がっている。焚き火の余韻がまだほんのり残る中、三人の友情もまた、より深く結ばれたのだった。そして石川の口の中には、まだほんのりと炭の味が残っていた。
「さて、次回のグレートなキャンプも楽しみだな!今度は食べられるものにしよう」
石川の言葉とともに、また新たな冒険への期待が三人の心に芽生えるのだった。
〜第38話 完〜
『俺達のグレートなキャンプ38 バーニングバウムクーヘン丸かじり』 海山純平 @umiyama117
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