〆切ハイディング 終
「いやはや本当に、申し訳ないです。葉月さん。貴方よりも早くに来ようと焦った挙句、しまいには人一人殺しかけたわけですし」
「本当に、危険だから一人で重いもの持たないでください。というか、何で教壇なんかひっくり返してたんですか」
いやーちょっと。と返答を曖昧にしながら言ノ葉をちらと見る。怒られている事なんて露知らず、付箋とにらめっこだ。そんなに重要なことが書いてあるのだろうか。いや、確実に書いているか。この付箋を基に、僕はこれから、葉月を追及するのだし、だから僕がここで答えを曖昧にしたのだし。
考えていても仕方がない。役者はもう揃っている。問題解決と行こうじゃないか。問題解決という名の、隠蔽、星先生への制裁を。
「まあまあ、大事なのは、言ノ葉さんが持ってるこの付箋です。なんて書いてありましたか?」
「……今週の金曜日が、レポートの提出期限」
やはり、僕の推察は合っていた。
この付箋を、今目の前にいる葉月が隠した。その真意、それは、果たして僕と同じなのか、それで僕の問解としての処罰は決まる。ただの愉快犯なのならば、僕は言語道断と彼女を切り捨てるだろう。だが、もし僕と同じならば、それは賢く、卑怯な行為。それを僕は、星先生に責任転嫁するだろう。
「こんなところにあったんですか。意外ですね。まさか教壇の下にあったとは、驚きが隠せないです。まさに灯台下暗しという奴ですね」
「下手な芝居は止めてくれない?こんな時間に、問解と委員長がいる。私に何か、言いたいことがあるんじゃないの?」
普段は僕のように敬語を多用する葉月が一変。タメ口で威圧感を感じるように話してくる。やましいことが果たしてあるのだろうかなんて、純粋な意味のない疑問も湧き出る。
というか、葉月に言われてしまったように、僕は黒板に何かを書くのと同時に、どうやら芝居も下手なようだ。いや、下手に見せたと言った方が正しいのだろうか。そうなってくると、逆に芝居は上手いのだろうか。そんな余計なことを考えながら、僕はまた芝居がかったように、葉月に語り掛ける。
「いやー、僕はてっきり、貴方が隠したもんだと思い込んでいまして、貴方のロッカーも一通り見てみたんですけれど、まさかこんな近くにあるだなんてね。葉月さんも気付かなかったんじゃないでしょうか」
「何が言いたいのよ」
「いえ、何も僕は、貴方がこの〆切ハイディング……あっ、まだこの事件名は公表していませんでしたか。このレポート提出期限隠蔽の犯人だなんて思っていませんよ。ただ、事実確認が欲しいんです。貴方が、木曜日の朝に、この付箋を見たのかどうかを」
「私が隠したって言いたいの」
分かっていないな。いや分かりすぎている。深読みしすぎている。僕は何も、隠したかどうかは聞いていないのだ。僕が聞いているのは、見たかどうかだ。
あの時の言葉、犯人など与太話に過ぎないというのはまさしく本当のことだ。この事件は、教師のミスで終わらせることが出来る。つまり、犯人はいないと、言うことが出来る。犯人は星先生であると言うことが出来る。そのことを、葉月に遠回しに伝えようと、続けて喋った。
「ええ。僕も最初はそう思っていました。誰よりも早く来て、授業の準備、今日の予定だとかを黒板の連絡板に書いている貴方なら、隠蔽も容易だと。そして、それを事件にすることで提出期限を今日まで引き延ばせると、そう考えたのではないかと」
「私が?ふふ。申し訳ないけれど、私は男子とは違うの。言ノ葉さんもそうだろうけれど、私は水曜日に既にレポートは終わらせてある。そんなことをする必要なんて、私にはないのよ」
素晴らしい。素晴らしいアリバイだ。葉月には全くもってこの事件を画策することに利益が無い。なんら良いことは無い。あるとしたら事件発覚からの地位急落だ。いくら分別のつかない中学生だろうと、自分に不利になることをするなど、あり得ない。
だから、僕はもう一度聞く。もう一度、質問をする。
それで、彼女が犯人かどうかが決まる。僕がその質問を口にしようとしたとき、言ノ葉が割って入ってきた。何か、思うところでもあったのだろうか。
それとも、また、僕のように。
「待って。葉月が一番最初に来ているんでしょう?それで、この付箋は隠蔽されていたと、さっき結論付けたじゃない。そして現にその付箋は存在した。この付箋は水曜日の放課後に貼られて、それが木曜日の朝には無くなっていた。犯人は、葉月じゃあないの?何でまだ葉月は否定するの?何で詩乃音は、思っていたって、過去形にしたの?」
「そうですね。今まで言った筋書きは、あくまでも可能性の一つです。いいですか、この筋書きは、葉月さんが否定したら、問解は捜査のしようがないですから、今存在する二つの可能性の内、最も信憑性のある結論と手を繋がなきゃいけない。その結論は、付箋が自然に剥がれ落ち、教壇の中に入り込んだ、という結論」
そう言うと、言ノ葉は息を荒くしながら、凄い剣幕で僕を見ている。歯を食いしばっているのが顎のラインで分かった。手に力が入り付箋にしわが付いていく。
言ノ葉の正義は許さないだろう。半ば犯人が決まっているのにもかかわらず、取り逃がすということは。自然には入りようがない教壇の隙間に入り込むという結論が。
だから、過ちを起こす。そんな危うさが、中学生らしいとも言えてしまう。
総じて中学生は愚かだ。そんな感想を言ノ葉を見て感じた。
「……でも!そんな都合の良い話。あるわけ!」
「決めつけは良くないですよ。また、過ちを繰り返すんですか?」
魔法の言葉のように、この言葉を使った。言ノ葉からしてみれば、正義にあだ成す悪魔の一声そのものだったろう。だが、僕は悪魔でもない、天使でもない。いわば堕天使なのだ……中二病じゃないぞ。比喩という奴だ。
そしてその比喩は、悪魔の一声は、やはり覚えていないだろうけれど、効果は絶大だった。言ノ葉は黙りこくる。さっきの元気とは裏腹に。
「あくまでも可能性の話です。ここで葉月さんが、全く身に覚えが無いのなら、付箋は自然に落ちたと言わざるを得ない──そのことを分かったうえで、葉月さん。貴方は木曜日の朝、付箋を見ましたか?」
「いいえ。全く」
涼しげな表情で、何食わぬ表情で、普段の声のトーンで、一瞬の迷いなく言う。
結論が付いた。この事件、〆切ハイディングは、教師、星先生のミスである。
体育の授業中に連絡を忘れ、誰も居ない教室に付箋を貼ったことだけで満足し、それが汚れで落ちやすいにもかかわらず、連絡したと貫き通した。そして、現にその付箋は落ちた。
そう、葉月が来た時点で無かったのだから。そう葉月が言ったから。
「終わりですね。この事件は案外簡単でした。最初に考えた答えが、まさしく解答だったんですから」
「詩乃音は、これを事故で片付けるの?詩乃音は、事件の犯人を見つけなければいけないんじゃなかったの?」
やはりこの結論は、正義の名のもとに委員長をやっている言ノ葉にとっては、信じ難い結論だったようだ。だが、それが事実なのだ。
星先生が僕に楯突いたその時点で。既に決まった結論だった。
「言ノ葉さん、犯人は見つかったじゃありませんか」
「えっ」
素っ頓狂な声を出している。
「犯人は星先生です」
「それでは、そんなの……」
付箋を手から離して、ひらひらと舞い落ちる。
季節外れの桜だろうかと、埃だらけのピンク色をした付箋を僕は落ち切るまで見て、言葉が詰まった言ノ葉に、伝えた。
「事実は事実です。彼が連絡を忘れたこと、連絡手段が杜撰だったこと。全て彼の責任です。」
言ノ葉は、この事件では全てが分かっていなかった。僕の真意というものを。珍しいものだ。僕の考えは筒抜けだと思っていたんだが、やはりビジネスライクな関係、無理もない。
僕の言ったことが一つ、言ノ葉の頭からは抜けていた。僕は犯人を見つける。確かに言った。しかし、その真意は犯人を見つけて、彼の間違いを、愚かさを、愚鈍さを彼に示し、彼から訂正を求める。真意はこうだ。端から、僕は犯人を葉月ではなく、彼だと定めた。それが言ノ葉は分かっていなかった。
「かくして、この〆切ハイディングは解決です。解決というか、そもそも事件でもなかった」
「そう……ですね。じゃあ私は、容疑が晴れたわけだし、いつも通りにしても良いということですよね」
葉月はまるで人格が入れ替わったように、話口調が敬語に戻った。その感じを見るに、ほんの少しでも焦っていたのだろうか。それとも、いつもの敬語が、本当の葉月ではない……そんなことも、あまり関係は無い。
この話はここで終わったのだ。汚れた付箋を教壇の中に入れる。隙間を作るぐらいなら、片手でも十分だった。
「お時間お借りして、すみません。ありがとうございました──あと一つ、聞いても良いですか?」
「なんですか?」
「貴方は、自分のためにはならないことでも、誰かのためになるのならば、行動を起こしますか?たらればの話です。この事件には関係はありませんので、自由に答えてもらって構いません」
「そうですか……私は、自分が良ければそれでいいだなんて考えはしないわ。私は何時だって皆のために行動する。たとえ絶対権力に歯向かおうと、たとえ絶対権力を欺こうと。男子は今回の事件、内心安心しているんじゃない?土日でレポートが書けるんだから。勿論貴方も、助かったでしょう。月曜日に期限が延ばせるような、そんな事件が、そんな選択が舞い降りてくれて」
僕も彼女を利用しようとした。だから月曜日に期限を延ばすという選択をした。だが全てそれが、計算されたものだった。僕の、月曜日に期限を延ばすという選択さえ葉月には予想が出来ていた。
この事件は、葉月が皆の評価を上げるために画策した事件。
僕はまるっきり彼女に欺かれ利用されていたようだ。
虫唾が走る。
その賢さに。
その卑怯さに。
青葉葉月という生徒に。
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