〆切ハイディング3
「あっ、おはようございます言ノ葉さん。早かったですね」
「詩乃音が呼んだんじゃない。今度は私が待つ番よ」
6時45分。僕が指定した時間よりも30分近く早い。僕がいち早く証拠を確認して、円滑に言ノ葉と、この後に来るであろう生徒に伝えるための準備をするという構想が崩れる。
まあ、僕の心を落ち着かせて、余裕感を持って問題解決を行うための行動だったから特段何か不都合なことは無い。僕の心情はここでは全く関係ない。
「じゃあ、この〆切ハイディングの解説、もとい問題解決といきます」
「えっ、いや私たち、二人しかいないのだけれど」
「全然大丈夫です。この事件の真相は、僕ら二人と、あと一人の生徒だけで解決できます」
僕の声それのみが教室内に響く。それは学校中に届いているかのようにも感じた。そこまで大きな声ではなかったけれど、人が居ないと何やら特別感と存在感が増す気がする。壇上で、身を支えるように教卓に両手を付いて話す。
「まず、レポート書いてきました?言ノ葉さん」
「勿論。というか水曜日の単元終わりの時点で書き終わっていたわよ」
「偉いですね。とても。僕たちみたいに平気で掃除をサボってしまう生徒なんかは、提出期限を提示してくれない限りは、レポートに手を付けるなんてありえないんですよ。言ノ葉さんも見たことありません?期限ぎりぎりに男子が焦ってるの」
そう、僕らは元来努力なんてしたくない生物なのだ。レポートなんぞよっぽどの理由が無い限りは提出当日に書くものだ。それは言ノ葉だとか、颯真のような誠実を絵に描いたような人間には分からない。
「そうね、見たことはある」
「ちなみに、レポートに何か証拠があるだとか言ってましたけれど、僕自身そんなこと微塵も思っていなかったんですよ。正直、あの時に皆からレポートを徴収しても良かったし、それは言ノ葉さんとかからしても、自然ですし了承もしますよね。ですが、僕が何故あの時に提出を月曜日に回したか、それは僕自身レポートを全くもって書いていなかったからです……嘘です。いや本当ではあるんですけれど、僕だけじゃなくて、皆そうだったんで、僕の良心ですよ。そして今回の犯人も、全く同じことを考えていた」
薄っすら笑みを浮かべながら話しているのが自分でも分かる。少し気色が悪いな。どうも考え事だとか、それをアウトプットしているときだとかに楽しみを覚えて笑ってしまう癖があるようだ。直さなければな。
手で表情筋を鍛えるように頬を触る。出来るだけ、笑みを浮かべないように喋る。
「だから連絡を隠蔽したんです。自分のためではなく、皆のために、自分が罰せられる可能性が孕んでいようとも」
「で、それは一体誰だって言うの。私たち二人だけで話したいということはそれなりの理由があるの?」
言ノ葉は犯人が誰なのか、その核心であり与太話である事実を聞いてきた。それは、今回はあまり関係が無かった。犯人も、ある種教師の失敗を逆手に取った結果だったからだ。
「犯人のことはまた後で発表しますよ。食後のデザート的な奴です。それよりも先に、星先生がどうやって連絡をしたのか。それが重要です。どうやって連絡したと思いますか?」
「そうね……昨日と同じことを言ってしまうのだけれど、それこそ黒板に書いたのかしら。もしくは、黒板にその旨の書類を貼った?」
概ね素晴らしい解答を、及第点どころか評価で言えば最高評価に成り得る解答を僕は受け取った。だが
もうそろそろだろうか。
「概ね正解ですが、惜しいです。あの先生がわざわざ提出期限の提示のためだけに書類を作るのは考えにくいです。どちらかと言えば、書き殴ったようなぎりぎり読める字を付箋に走り書きした方がよっぽどそれっぽい」
「確かにそうね。でも、だったら何で星先生は水曜日に伝えなかったの?」
その疑問も、簡単なことだった。単純かつ、一番最初の解答が正解だ。
単純な、ヒューマンエラー。
「忘れてたんでしょうね」
「えっ、でも先生は確かに連絡したって」
「それは、忘れたことに気付いた後、付箋か何かで黒板上での連絡はしたからでしょう」
教卓にもう一度手を置いて、ゆっくりと教卓を前に傾ける。多分、その連絡手段であった付箋か何かが、ここにある。
そして、もうすぐ、来る。いや、もしかするともう来ているかもしれない。
「……ありゃ?」
素っ頓狂な声を上げる。
「どうしたの?」
「あっ、いえ、実はここに連絡が書かれた付箋があると思ったんですけれど、ありませんでしたね」
無かった。教卓の中には、真っ白なA4用紙に、担任が担当する教科の教材しか入っていない。
ここじゃないのか。まあ確かにバレる可能性はあるか。こういうのは本人に聞くのが一番だが、ここは、人海戦術と行こう。
「すみません。お話しながら、連絡手段の捜索、手伝ってくれませんか?」
「勿論良いわよ」
快く了承して、言ノ葉は僕のもとへ来て、そのままの勢いで黒板周りの隙間や半ば物置と化していた隅に置かれている棚の中もくまなく探し始める。僕ももう一度、教卓の中の紙を全て取り出して調べ始めた。
「そうですね。この事件の筋書きを話していきましょうか──事の発端は星先生の連絡忘れ、水曜日の六時間目の体育の時の話ですね。そしてそれに気づいて、付箋か書類か、何かしらの連絡を黒板に張り出した。それは水曜日の放課後でしょう。僕ら三年生は特段教室に残る理由もないですし、その日は僕と言ノ葉さんは北村先生に会っていた。えっと、何でしたっけ、そうそう放課後サボタージュですね。その件で教室からは離れていましたから、水曜日の放課後に、この教室には誰も居なかった。誰も知らないのは、連絡をしたときに、誰も居なかったからです。僕ら三年A組がこの連絡を知るのは木曜日の朝。ですがその時には既に、連絡は黒板からは無くなっていた。それは、誰かによって隠蔽された。そうなるとどうでしょうか。犯人、絞れて来ませんか?」
概ね僕の推察は正しいだろう。だが、その推察には、その連絡手段こそが何よりの証拠であって、その証拠が無ければ迷宮入り。
だからこそこうやって二人して朝っぱらから探しているのだが……無い。教卓、横の棚、生徒ごとのロッカー、黒板に貼られている紙類の間に挟まっていないかも確認した。
だが無い。
一体、何処にあるのだろうか。教壇に乗って、教卓に肘を付いて考える。もう時間は無いな。
もうすぐ来てしまう。
「無いわね」
「そうですね。僕、こういう探し物得意じゃないんですよ。なんか、思いもよらない所にあるし、かと思えば目の錯覚なのか分からないですけれど目の前にあったりなんかもしますし」
「灯台下暗しという奴かしら。確かに、ありそうなのに絶対に探さない場所とかにあるわよね」
ええ。と相槌をして、一つのことに気付く。
灯台下暗しは近いところは気付きにくい。実際に灯台に代入してみれば、真下の暗さで土台が見えなくなる。
今僕を支えている基盤、土台は……教壇。
「すみません言ノ葉さん。手伝ってもらえませんか……やっぱりいいです。汚れちゃうんで」
手伝いの要求を吐露した挙句に自己完結して、非力ながら教卓を避け、教壇を力の限り持ち上げる。
男と言えども僕は中学生、やはり重い。だが、それを持ち上げ始めてすぐ、言ノ葉がある存在に気付いた。
「あら、これ、付箋だわ」
そう言って僕が案じた汚れなんぞに一切気にも留めず、僕が持ち上げた教壇に這いながら入っていく。
本格的に下ろせなくなった。まずい。手が震える。
あと少し、言ノ葉が教壇の中から出て行くまで……あっ、まずい。
一瞬、力が抜けた。だが、凶器と化した教壇は言ノ葉の首を叩き切ることは無く、僕が力を入れ直すまでの刹那も、依然宙に浮いていた。
「何やってるんですか。こんな朝早くに」
教室内に入り、僕の横で教壇を持っていた生徒は、少し冷静を欠いたような声で、這い出た言ノ葉とゆっくり教壇を下す僕を問い詰める。
彼女は誰よりも早く学校に来る。そんな優等生という言葉が良く似合う生徒。
そして、この事件の犯人。
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