第22話 到着

都に着いたのは分かったけど、馬車は止まらない。

窓をちょっとだけ開けて外を見たら、夕焼けに映えて厳かな雰囲気をまとった貴族の屋敷が並んでいるのが見えた。その景色に思わず息をのんでいるうちに、馬車は速度を落として、一軒のお屋敷の前でゆっくりと止まった。

外でおじさんと誰かが話しているのが聞こえた。

馬車の扉が開いておじさんが顔が見えた。

「着いたぜ、嬢ちゃん」

私はおじさんに手を取られて、馬車の外に足を踏み出す。

目の前の屋敷の大きな門を思わず見上げていると、その横の小さなくぐり戸から男の人が出てきた。その人は低い声でおじさんに言った。

「主人は不在ですが、この娘さんはこちらでお預かりいたします。」

おじさんは、軽くうなずきながら答える。

「そうか、それは助かる」

彼はちらりとこちらを振り返り私の肩をポンっと叩いた

「じゃあな、嫌になったら俺の所へ来い」

そう言っておじさんは馬車の御者席に軽く跳び乗った。

<名前しか知らないのに>

本気かどうかわからない事を言い残して、おじさんは馬に鞭を入れた。


私は、男の人に続いて、門の中に入った。

空はより深い茜色に染まり始めていた。夕日が屋敷の大理石の壁に反射し、夕餉のかまどのような優しい光が庭全体を包み込んでいる。

私がかまどと思ったのには、おそらく使用人たちが、廊下を料理や、大小多くの皿、鮮やかな花を一室に運び入れているのが見えたから。それにお腹が減ったいたから。

この屋敷の建て方が中央に庭がある事から四合院だろう。

というか、都の貴族のお屋敷はたいていそうらしいから。

四合院の庭に面した廊下は木目が滑らかに磨かれ、その先に続く柱や壁には繊細な彫り物が施されている。その影がさらに深みを増して浮かび上がってくるみたい。

「そろそろ行くよ」

男の人は、立ち止まっている私に声を掛けた。

私は、こくりと頷いて四合院の廊下を男の人の後に続いた。

廊下の途中で、男の人は手の空いた女性をつかまえた。

そして私の世話をするように指示をした。

「とりあえず客人待遇でな」

そう言うと男の人は、小走りに廊下を戻って行った。

任された女性は、遠ざかる男の人の背を少し睨んだのが見えた。

それでも諦めたのか、まわりのチラ見して、空いた部屋に招き入れた。


私が14歳だと答えると、彼女は意外そうな顔をした。

他所でも何度か言われた覚えがある、見た目より幼く見えるらしい。

分かっているわ、まだ女性っぽい身体ではない事くらい。

「ところで、あなたはどなたの客人なんだい?」

実は、まだ相手の名前を知らない。

私は「若、…」と言葉を濁した。

すると女性はポンと手を叩き、合点がいったように頷く。

「ああ、若旦那の、そうか。へえ」

どうやらこの屋敷では、彼は「若旦那様」と呼ばれているようだ。

「ここに来る前は、どこにいたんだい?」

「とある妓楼にいて…」

答えてから、今の言い方では誤解を招くと気づいたが、もう遅い。

「なるほどね、だからそんな綺麗な衣装を着てるんだ」

彼女は私の衣裳の袖を摘まんで、溜息を付いた。

いちいち使用人に訂正するのも面倒だと私が思っていると、彼女は片手を突き出してきた。

「とりあえず金出して」

「なぜ?」

「味方になってやるよ」

「味方?」

「ここにはね、若旦那狙いの女が結構いるからさ」

そういえば、この屋敷には若い女性が多いと聞いた気がする。

「あなたは、そうじゃないの?」

そう尋ねると今まではねと面白くなさそうに言った。

「若旦那がツルペタのガキ好みだなんて、興ざめだわ」

「ツルペタ」と言われ、私は少しムッとしたものの銀貨を二枚渡した。

彼女は「おおっ」と声を上げ、銀貨を嬉しそうに手のひらで転がす。

「気前がいいねえ。そんなに妓楼で稼いでたのかい?」

「確かに」

妓楼での「艶戯」で稼いだのは事実だけど、また答え方を間違えた気がした。

そして、もう一枚要求された。それを出せば、さらに味方を増やしてくれるらしい。

あの男といい、この女性といい、都ではお金の力が物を言うことを知った。思えば、絹路商会の雅楽さんや薄さんもそうだった。

「私の名前は、蓮花(リエンファ)だよ」

もう一枚銀貨を受け取った彼女は、嬉しそうに名乗った。

そして、大事な教訓を一つ教えてくれた。

「お金は大事だからね、お金があってもホイホイ払うものじゃないよ」

「…」






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