第21話 終艶

艶戯の最中に、思えば何度かおじさんに掛けられてた。

私が暗示にかかりやすいとしてもすごい技だわ。

今思えば”姫は武人”とか、”虎が酒二杯に化けた”もそう。

そう言って絵札を見せられれば、姫の手札が武人の手札に私には見えたのだろう。

そして私は武人の手札として、おじさんの次の手を考えてしまう。

相手の妓女さんも私の口の動きからもそう考えた。

このおじさんが普通じゃないのはもう分かっている。

どこかの影速様なのだ。武人には見えないから武人なのだと思う。

それでもまだ半分納得がいかないのよ。

そもそも妓女さんに降りないほど強い手札が入ったのがどうして分かったのだろう。

単に運とか勘がいいのだろうか。

別の無難な話で私は繋ぐ。

「貴族のお屋敷の生活って、どういう物なの?」

「さあ、家によって違うからな」

「不安か?」

「少し」

そう言うと、おじさんは私の頭を撫でた。

「その虎でも連れて行くかい?」

話のタネにされた虎が私を見た。

私は首を振って見せる。

「おじさんって」

その先は、近づく馬車の音でかき消された。

二頭立ての馬車が、近づいてきて妓楼の門の前に停まった。

「隊長!」

やたら体格のいい御者さんがおじさんに挨拶した。

「えっ」

私はおじさんの横顔を見る。

隊長と声を掛けられたおじさんは渋い顔をしている。

声には出していないけど、ばかやろって口が動いたのは分かった。

やたら頑丈そうな馬車だわ。二頭の馬も力強そう。

グゥアっと虎が立ち上がって馬に唸った。

それを聞いた馬が興奮して立ち上がり御者さんの身体が宙に浮いた。

それでも御者さんは体勢を立て直して馬の動揺を抑えようと踏ん張る。

私は少し下がって、虎の方を宥めるように見る。

その時、パァ―ンと音がした。

おじさんが、両手を叩いたのが目の端で見えた。

馬は一瞬静かになる、その機会を逃さず御者さんが馬の首を叩いて宥める。

一方、私は虎に駆け寄り鎖に手を掛ける。

また吼えたら大変だもの、しょうがないか。

「行くよ」

私は虎と三人の男衆を引き連れて妓楼の裏手に走る。

すぐに虎に並ばれる、でも私を追い抜かない。

走るというより跳ねている。

そして私の顔をちらちら見ている。

<でかい猫だわ>

虎は楽しそう、それは私も同じだわ。

虎の首輪に手を掛けた、そして思い切って虎の背に飛び乗った。

グゥアっと軽く唸る、おい虎、私が重いと言うの!

虎は一度身体を沈めると地を蹴って跳ねた。

鎖を持った男衆も宙に浮かんだけど、そこで手が離れた。

妓楼の二階の窓に届くくらい跳ねたけど着地は驚くほど優しかった。

そして、そのまま足を緩めず邸内を疾走している。

池を飛び越え、妓楼の壁を蹴って向きを変えてまた走る。

私は虎の首輪を両手でしっかり持って笑っていた。

おそらく虎もこんな経験は初めてだろう。

自らの力の限界を確かめているみたいだし、それを私に魅せている。

「楽しい!」

はじめは妓楼の館の中から妓女や客が呆然と私と虎を見ていただけだった。

「頑張れ!」

二周目になると男衆の掛け声が私に届いた。

別に頑張っているわけじゃないんだけどと笑ってしまった。

それでも、それが歓声になり瞬く間に妓楼をそして私を包んでいた。

知らないうちの涙が後ろに流れて行った。

なんだろうこの涙、なんて思いながらもう少しだけ一緒に走る事にした。

「あと、もう一周だからね」

虎が不満そうに、グァっと一度走りながら唸った。


虎は満足したように、檻の前でエサを無心に食べている。

「お疲れ様でした」

男衆達に私は礼を言われた。

何の礼だろう、それでも私は軽く礼で返す。

そして気配を消して、正門のほうに静かに歩き始めた。

少しして、後ろから唸り声がしたけど振り向かない。


門の所にあの馬車がまだ止まっていた。

その横を妓楼の客達が訝しそうに抜けてくる。

もうそういう時刻なのだ。

おじさんが私を見つけると黙って馬車の扉を開けた。

身請けした女の人が先に促せれて馬車に乗り込む。

その横で私は扉の傷だらけの紋章を見て、どこかで見た気がした。

<どこでだろう?>

「ささ、お嬢ちゃんも入った入った」

おじさんは、そんな私の背を押す。

「行先は、絹路商会から聞いている」

振り向いた館の入り口で雅楽さんと薄さんがこっちを見ている。

その表情はよくわからない。ただ私を止める気は無いみたい。

「あの絹路商会の連中といると、また稼がされるぞ」

そう言っておじさんは馬車の扉を外から閉めた。

そうかもしれないなぁと思う。

室内の前にある小窓から、おじさんが顔を見せた。

「ウチの馬車は速いから都なんてすぐだよ」

そう言うと、馬車は静かに車輪の音を立てながら妓楼を後にした。

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