模倣騎士、25

夕陽が湖面をオレンジに染め上げる頃、ミームカンパニーは再び光る浮島の並びへ戻ってきた。星灯りが水面を揺らし、ひとつひとつの島がまるで夜のステージを演出するかのようにきらきらと浮遊している。


「よし、今回は俺が採取メインでいくよ」

照人が腰の小袋をポンと叩いて宣言した。

「南側のルートに、まだ蛍石砂が残ってるはずなんだ」


大柄な縁は軽く剣を掲げ、にこりと笑う。

「了解。俺が後ろから敵を引きつける。落ちないようにな」


その声に、照人はくっと頷く。

胸ポケットの地図アプリで位置を確認しながら、一歩目を浮島に踏み出した。


背後で縁の鎧がかすかにきしむ。ガードに回る盾役の頼もしさに、チームは安心感を覚えた。


浮島の縁へと寄り添うように歩み、照人はそっと手を伸ばして光る砂をすくう。

一粒一粒が淡い青白い光を放ち、掌の中でほのかに暖かい。


「これこれ……お宝みたいだな」

照人の声に、眩しさまじりの笑みがこぼれる。



その瞬間、縁の刹那の叫び声――

「来たぞ!右から!」


夕暮れのステージに、ひらひらと群れを成す小さな魔物たち。だが縁は軽やかに迎撃の構えを取り、屈強な背中を見せる。



光る浮島の上、跳躍クラブとランタン精の群れが丸く取り囲む。足場は刻一刻と波打ち、不安定さは最高潮だ。



「アヤメ、詠唱いける?」

柊が確認すると、アヤメはにっこりと笑って答えた。


「もちろん。見てて、絶対成功させるから!」

そう言ってアヤメは、杖を両手で構え、深く息を吸い込む。


周囲の空気がすっと冷え込む。

彼女の周囲に、淡い霜のような魔力の粒子が立ち昇った。


「古の盟約に記されし、凍てつく星々の囁きを聞け。

銀嶺の魂を宿す、白き狼の咆哮に呼応せよ。

凍てつきし深淵より紡がれし、絶対零度の聖なる息吹よ、今こそ現世に顕現せよ!」


島を渡る風が急激に冷たくなり、湖面のきらめきが霜のように変化していく。


「汝、混沌の狭間に生まれし魂よ、その血に宿る原初の記憶を呼び覚ませ!

凍てつく夜の帳、その奥底に眠りし太古の盟主よ、我が声に応え、白銀の王座よりその威光を示せ!」



跳躍クラブが飛びかかろうと跳ねる――が、縁が素早くアヤメの前に立ち、切り上げて撃退する。


「続けて、アヤメ!」


アヤメの詠唱は止まらない。彼女の瞳には霜色の光が宿っていた。


「凍てつく鎖に囚われし、嘆きの精霊よ、その束縛を解き放ち、今、この地に降り立て!

我は命ずる!

無限に降り注ぐ、純粋なる銀雪の礫よ、大気を穿ち、万物を覆い尽くせ!」


杖の先が発光し、空中に魔法陣が複数展開。周囲の温度がさらに下がる。


「凍てつく氷塊よ、天より降り注ぎ、大地を銀色の結晶で満たせ!

絶対零度の吹雪よ、荒れ狂い、生命の炎を瞬時に凍てつかせよ!

世界を覆い尽くす、終焉の白銀よ!」


アヤメの足元から白銀の紋章が広がり、空に氷塊が現れ始める。


「全てを凍てつかせ、時を止め、あらゆる色彩を奪い去れ!

生ける者の熱を奪い、魂を凍てつかせ、永遠の眠りへと誘え!

これは、古の誓い、凍てつく魂の叫び――

《白銀の聖歌(しろがねのせいか)》!!」


上空から無数の氷塊が降り注ぎ、浮島を渡る敵を次々に貫く。

空中のランタン精が一瞬で氷結し、粉々に砕け散る。


跳躍クラブも足元を凍らされ、ジャンプの瞬間に動きが止まり、バランスを崩して転倒。

そこを、柊とみつきが追撃し、仕留めていく。


「う、うまくいったぁああ!!」

アヤメは両手を振り上げ、小さくガッツポーズ。


その背後を狙って跳躍クラブが襲いかかろうとした瞬間――


「甘ぇぇッ!」


――キンッ!


縁の大剣が鋭く振り上げられ、跳躍クラブの腹を裂く。つづけざまに飛びかかる二体目の突進も、盾腕の一閃で封じ込めた。


「詠唱中のアヤメに一歩も触れさせない、か……さすがだな、縁」

柊が揺れる浮島の端で、小声で賞賛を洩らす。


「……ま、当然だぜ。詠唱士は俺たちの要だからな」

重厚な鎧を身にまといながら、縁は静かに言い放つ。

「えへへ……ありがとっ、守ってくれて!」


「アヤメ、今回すっごかったよ!」

みつきがぱちぱちと拍手しながら駆け寄る。


「えへへ……バランス感覚と精神統一の成果かな! た、たぶんだけど!」

アヤメは照れくさそうに笑い、ツインテをひと振り。



そのとき、離れた浮島で素材袋を手にした照人が戻ってきた。


照人が遠くから拍手して戻ってくる。

「すごかったな今の……あれ、俺の採取シーンどこいった?」


「後でまとめて書くから大丈夫!」

みつきが笑いながらツッコミを入れた。


アヤメの詠唱が巻き起こした絶対零度の吹雪。その余波は、敵だけでなく、照人たちの足場――湖上の浮島までもを見事に凍結させてしまった。


「ちょっ、滑るっ!? おわっ!!」

みつきが先陣を切って叫ぶ。細い足元が一瞬でつるんと滑り、彼女は見事なスライディングで転倒。


「きゃああっ!? つるつる!」「わ、私もっ!」

続いてアヤメと綾まで、三人仲良く手をつなぐみたいに転がり出し、氷の上をスケート選手ばりに滑っていく。


「だ、大丈夫か!? ……うわっ、俺も!?」

照人も慌てて駆け寄ろうとした瞬間、自分も同じく氷の上で滑ってしまった。


「ぬぉぉおおお!!」

照人が派手に転びながらも、最後に着地したその場所――


光る霜の層の下に、うっすらと淡い青紫の結晶石が光っていた。


「……これ、“霜光石”じゃないか!? ここで出るの、相当レアだぞ!」

照人が、驚きと興奮の入り混じった声を上げる。


「すごっ、こんなところに隠れてたのかー」

つかさは風の流れを読むようにしゃがみこみ、ほっとした表情で笑う。

「冷気がずっと変だったから、もしかしたらって思ってたけど……アヤメちゃん、やったね!」


「この吹雪の余波で、霜が吹き飛んで場所が見えたんだな……」

柊が霜光石を慎重に採取しながら呟く。


「ナイスドジ&ラッキー、アヤメ」

縁が優しく微笑み、アヤメの肩をポンと叩く。


「もうっ、ドジって言わないでよぉ……でも、ほんとに嬉しいかも……!」

アヤメはむくれつつも、霜光石を両手で包み込み、しばらく名残惜しそうに見つめていた。


氷の上で転がり合った一同。ひとしきり霜光石の発見で盛り上がったあとも、誰もすぐには立ち上がらない。


「うわ~、スケートリンクってこういう感じなのかな……」

みつきが慎重に手足を伸ばし、転がったまま少しずつ体勢を整えている。


「いや、全然うまく立てないんだけど!」

アヤメは膝立ちのまま、その場で滑ってくるくると回転。ツインテールがぴょこぴょこ跳ねて、本人も思わず笑い出す。


「いっそ、このままみんなで滑走練習とかしてみる?」

綾が悪ノリ気味に提案し、片足でふらつきながらもポーズをとる。


「やるか?誰が一番きれいに滑れるか選手権――って、これ絶対全員コケるやつだろ」

照人が苦笑しつつ、思い切って立ち上がろうとするが、またしてもツルンと転んで盛大に尻もち。


「ふふ、照人くん、滑りのフォームは満点です」

みつきが控えめに拍手。


「うわっ、ちょ、滑る……!」

赤坂は慣れない動きに戸惑いながら、ちょっとずつ後退。つかさが手を貸して、そっと支えてやる。


そんな中、縁は余裕のバランスでどっしりと立ち、「おいおい、みんなドジすぎだろ。今日はアヤメだけじゃなくて全員ドジ役だな」と苦笑い。


すると柊がすかさず、「いや、アヤメは今日だけじゃなくて、いつもドジ役だろ?」とニヤリ。


「ちょ、やめてよ~!今日だけだもん、今日だけ!」

アヤメがむぅっと頬を膨らませ、照人も「そうそう、普段は……いや、やっぱりアヤメだな」と悪ノリ。


「じゃあ決まりだね、“ミームカンパニーのドジ担当”はアヤメで!」

綾が宣言し、全員が「異議なし!」と手を挙げて大笑い。


「ひ、ひどい! でも……楽しいから、ま、いっか!」

アヤメは顔を赤くしつつも、笑顔でみんなと氷の上ではしゃいでいた。


冷たい浮島の上で、彼らの笑い声がしばし幻想の湖面に響き渡った――。


「よし、今日はここでいったん戻ろう。素材も十分集まったし、みんな疲れてるだろ?」

照人が落ち着いた声で告げると、どこか名残惜しげにしつつも、皆が素直にうなずく。


凍った浮島の上、慎重に一歩一歩戻るたび、足元がきゅっと音を立てて滑る。

それでも、転んだ拍子に見つけた宝石や、思いがけずはしゃいだ仲間たちの笑顔――

いつもの遠征にはなかった、ひと味違う達成感が、胸の奥にじんわりと広がっていく。


「今日は収穫大漁ってやつだな」

縁が荷物を軽く持ち上げ、誇らしげに笑う。


「うん……なんか、いつもより楽しかった気がする……」

みつきが小さく微笑む。


「またあんなの、毎日でもいいかも!」

アヤメは転びそうになりながらも、すっかり元気を取り戻していた。


「とりあえず、無事帰るまでが遠征だ。最後まで油断すんなよ」

柊が最後尾で声をかけると、つかさも「うん……帰ったら、ちゃんと風呂入りたい……」と控えめに付け加える。


光に包まれた浮橋の上、ミームカンパニーは互いに支え合いながら、一歩ずつゆっくりと帰還していく――



湖のほとりに併設された探索者ギルドの小さな換金窓口。その前で、ミームカンパニーの一行はどこか浮き足立った様子で列を作っていた。


「よーし、これが今日の採取分っと……けっこう重いな」

柊がまとめ役らしく、慎重にパウチ袋から素材の束を取り出してカウンターへ差し出す。

カウンターの職員が手際よく査定を始めると、仲間たちはガラス越しにそわそわと中を覗き込んだ。


「……結構な数、集めたね」

みつきが声を潜めて呟き、隣のアヤメは緊張で手を握ったり開いたり。


数分後、職員が伝票を手に戻ってきた。

「お待たせしました。合計で……82,400円です。内訳はここにまとめてあります」


その瞬間、アヤメが「っしゃぁ!」と小さく両拳でガッツポーズ。

「8万超えたの初めてじゃない?」と、綾がにやりと笑う。


「さっすがアヤメの凍てつく大詠唱ってやつぅ~?」

綾がアヤメの肩をポンと叩くと、「へへへ、まあね~!」と照れながらも満面の笑顔を返すアヤメ。


「いやいや、俺の的確な指示と、みつきのライトサポートあってこそだろ。な、照人」

柊がすかさず補足し、照人も「みんなでやったからだよ」と笑顔で返す


「……でもこれで、宿代もちゃんと払えるし、食費も気にしなくていいね」

つかさが、ほっとした顔で財布の中身を確認している。


照人と柊がその場で管理ノートを開き、財布の現金を一枚ずつ数える。

「宿泊費(3部屋×2泊)で42,000円。残金が約40,000円。それに前日分の繰越もちょっとあるな」


「よし、クラン費に半分、残りをみんなで分配。今回はしっかり分け前もあるぞー!」


「いえーいっ!」

「やったー!」

アヤメとみつき、つかさが声を揃え、小さくハイタッチ。


ささやかながら、手の中に“余裕”が生まれたことで、

仲間たちの顔には明るい笑みが広がる。

光に包まれた湖の町――ささやかな達成感が、今日の夕暮れをひときわ眩しく照らしていた。



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