模倣騎士、24
無重力に手間取りつつも、ミームカンパニーの面々は採取と迎撃を同時進行していた。天井からは「ぽたり、ぽたり」と光る雫が落ちる。まるで夜空の星が涙を零し、宙に漂ったあと、ゆっくりと足元に沈んでいく――
「これが“星灯の雫”……きれー……」
アヤメが無意識に手を伸ばした瞬間、光の粒がふっと逃げるように浮かび、
アヤメが思わず手を伸ばすと、透明な光の粒はすっと逃げるようにふわりと浮上した。
「あっ……!」
驚いた彼女の手首に、ぬるりと不気味な感触。
「……ぬるっ……? ぎゃああ!羽虫ぃぃぃ!!」
「アヤメ、まって!それ光晶羽虫だよ!」
重力が不安定な空間で、光を纏った小さな羽虫が群れを成して現れる。
その直後、地面からゼロ重力フィッシュがぬるりと浮き上がるように登場。
さらには背後からじわじわと迫る、単眼の浮遊モンスター――《浮遊眼球》。
「うわ、こっち来る!これヤバい奴だ!」
「仕方ない!戦うぞ――!」
だが、攻撃の方向が定まりにくい。詠唱中に姿勢が崩れ、アヤメと綾がもたついていると――
「風よ、押し上げろっ!」
つかさが風水術で即席の気流を足元に走らせ、アヤメの体をぐっと浮かせる。
「ありがと、つかさくん!……えっと詠唱は……『光は我が腕に宿りて照らす――シャインブレイズ!!』」
「詠唱長いから早くぅー!」
ラグが生じたものの、アヤメの放った光が眩く炸裂。
浮遊眼球の目をくらませたその一瞬――
「今だ!俺が止める!」
前に出た縁がゼロフィッシュの動きを盾で受け止め、ぐっと踏み込んだ瞬間――
後方でバランスを崩して転がってきた柊が、羽虫の群れに真横から突撃。
「お、おわああ!? 俺、今なに踏んだ!?!」
彼のスライディングの勢いそのまま、光晶羽虫の巣穴へ突撃。
ぽとり、ぽとり――黒光りする「星灯石」が床に転がり落ちた。
「や……やった!? すごいよ柊くん! 羽虫も散った!」
「……ラッキー過ぎる。てかそれ、レア素材だぞ」
柊は泥まみれで顔を真っ赤にしながらも、懐からぽろぽろと星灯石を拾い上げた。
戦いが終わった頃には、皆の袋には貴重な素材がたっぷり詰まっていた。
「星灯の雫、数個採れたし!」
「重力ゼロフィッシュの鱗も!これ魔道具に使えるって!」
泥仕合とラッキーが合わさった、なんとも言えない勝利だったが――
「……よし!流れ来てるぞ!!」
「次の区画行こうぜ!浮橋の方、面白そうだった!」
「灯火の浮橋」――第5区画へ向かうべく、光の道を進む。
新たな試練と素材、そしてまた何かが起きそうな予感とともに――
湖面に浮かぶ小さな光の島々は、まるで星砂を敷き詰めたかのようにキラキラと輝きながら、静かに移動している。
ミームカンパニーの一行も、その“浮島”を渡り歩きながら、次の足場を探した。
「気を抜くんじゃねえぞ! 時間経過で板が沈むからな!」
柊が鋭い声で全体を見渡す。
彼の声は風のように透明だが、ひとたび指示を出せば仲間の注意を一点に集める。
「来るよ! あっち、空中ランタン精!」
「こっちにはクラブ型が一体、跳ねてくるぞッ!」
赤坂と縁の報告が飛び交い、陣形が一瞬でアップデートされる。
島と島をつなぐ細い通路の向こうで、光の精霊たちが踊るように飛び回る。跳ねる爪、放たれる光弾。遠距離からの狙撃――ギミックに振り回される足場で、いつ攻撃が来てもおかしくない。
そんな緊張の瞬間、柊が低く囁いた。
「照人、お前は正面を押し切れるか? みつき、例の魔法、頼む」
「う、うんっ、まかせて!」
みつきは小さく深呼吸して、照人のすぐ頭上に向けて呪文を唱える。
「輝け、我らが盾にして剣――“光彩スポット”っ!」
一瞬で場が劇場のように切り替わった。スポットライトが照人を中心に放たれ、暗闇に浮かぶその背中が眩しく縁取られる。
浮島を渡る照人の動きが、魔法の照明で強調され、敵の視線を一身に集める!
「よし、来いッ!」
照人は剣を構え、足場ギリギリの位置から跳躍した。
島と島のあいだを蹴り、まるで空を駆けるように舞い上がる。翳る月光の下、跳躍クラブの爪が襲いかかるが、彼は鮮やかに斜めスライドで回避。
その動きはスポットライトに映え、まるで絵画が動き始めたかのようだ。
ランタン精の光弾も、照人の動きを照らす炎に変わり、狙いは完全に見透かされていた。
「――ぬらあっ!!」
大上段からの一閃がランタン精を吹き飛ばし、砕け散る光の結晶体が水面に一筋の波紋を描く。
「くらえっ!イミテイト・ラッシュ!」
連撃が炸裂。敵の体がふわっと宙に舞い、弾けるように消えていく。
「やっば……照人、かっこよすぎでは?」
「映えすぎてマンガみたいなんだけど」
アヤメと綾はぽかーんと口を開け、思わず手を止める。
その背後で虫系の雑魚が湧くが、赤坂が罠で封じ、縁が盾で押し返す。
「――照人に任せて、うちらは雑魚処理しよ。派手な主役はアレでいい」
「了解。私たちサポート回すね!」
後衛陣は、照人に集中攻撃が向くのを逆手に取り、後ろから魔法と矢で残敵を掃討していく。
しばらくして、移動足場のギミックをギリギリ乗り越えながら、敵を一掃。
「……ふぅ。結構スリルあったけど、終わったな」
「うわー照人くん、マジでスターだったわー」
「まぶしかったー!!物理的にも精神的にもー!」
照人はほんの少し頬を赤らめ、「お、おう……」とだけ呟いた。
柊が冷静に声をかける。
「次はあっちの島だ。まだ素材、取りきれてない」
仲間たちは再び軽やかに跳ねるように動き出し、光の浮島を次の舞台へと進んでいった。
戦闘のざわめきが収まり、揺れる足場が静止した瞬間、ミームカンパニーは一斉に採取モードへと切り替わった。
「よし、拾えるもん片っ端から回収しよっか!」
綾は腰に両手を当て、湖面に浮かぶ小島を見下ろす。金色に輝く砂粒や、微かな魔力を帯びた光粉がまるでお宝のように散らばっていた。
「クラブが消えたとこ、キラキラしてる……これ、落とし物じゃない?」
「あのクラブ魔物の跳躍腱、キラキラ消えた場所に落ちてる……!」
縁は素早く袋を取り出し、痕跡を辿って小さな肉質の腱片を仕分けしていく。その手つきはまるで職人のようだ。
つかさも風を読んで目を凝らす。
「ここ、浮島の縁で下から風が跳ね返ってる……石が半分埋まってるよ」
しゃがみ込んだ彼がそっと水面すれすれの砂をかき分けると、淡い青白い光を放つ小石が姿を現した。
「おおっ、“星灯の欠片石”だ! つかさナイス察知!」
アヤメが飛びつきながら袋に収める。
「えへへっ、まあねっ」
と、そのとき赤坂が不自然な草むらを指差した。
「ここ……地面が柔らかいし、コケの流れが乱れてる。掘られた跡だ」
手袋越しに土をかき分けると、銀色に光る鱗片がひらりと数枚顔を出した。
彼は手袋をして、そっと草の下をかき分ける。
すると、湿ったコケの下から、銀色の鱗片が数枚――。
「これは……“ランタン精の外皮鱗”。灯の魔法に反応するやつだ」
「ラッキー。けっこうな素材だよね、それ」
他のメンバーも、それぞれ目を凝らして素材を探していく。
「浮島の縁……この白っぽい貝、光ってるよ?これもいける?」
「“星反貝”。照明系の魔術触媒に使えるやつだよ。みつき、ナイス!」
みんなが手を汚しながらも一生懸命採取している中で――
「……俺の出番ないな。敵がいないと、空回るな」
照人が少し苦笑する。
「主役は戦ってくれたから。採取は、裏方の時間」
柊が肩を叩きつつ、ポーチの中身を見直す。
「素材の価値……ざっと見て、さっきの星灯の欠片石で1つ5000円相当。ランタン精の鱗もまとめて売れそうだな」
照人は袋の重みを確かめながら、地図アプリをチェックした。
「地味だけど、大事な稼ぎだよな」
「これでやっと、黒字に近づいたってわけか」
縁が納得の笑みを浮かべる。
素材袋がずしっと重くなったころ――
「……あ。次の島、動き始めた!」
つかさが風を読む。
「じゃ、行こう!次はラストの区画、『夜の中央庭』だ!」
光を纏った浮島を軽やかに跳び渡り、ミームカンパニーはついに最深部――第六区画「夜の中央庭(ナイトコア)」直前の島にたどり着いた。
アヤメは足場の端でぴたりと立ち止まり、息をのむ。
「……いよいよだね、最奥区画」
アヤメがちょっと緊張した面持ちで呟く。
「なんか、空気も違うよね……音がしないというか、光がすぅーって……」
湖面にゆらめく闇の中、ぼんやりと灯る漂流灯がまるで遠い星のように浮かんでいる。虫の音も風の囁きも、ぜんぶ吸い取られたかのような静寂のなか、みつきは杖をぎゅっと握りしめた。
浮島の向こうから、別のパーティが現れた。
「――あ?」
前を塞ぐように立っていたのは、全員が黒や濃紺の戦闘服に身を包んだ、五人ほどの男女。
年上に見える――おそらく、一般の探索者だ。
「悪いけど、ここから先は立ち入り禁止な。今、俺たちのクランが第六区画の“守人”と交戦中だ」
リーダー格の男が冷たく言う。
「は?それってあんたたちが勝手にやってるだけでしょ?別に道塞ぐ権利なんて――」
綾がやや苛立ちをにじませて詰め寄る。
男は肩をすくめ、わずかに口角を吊り上げる。
「……何かあったらこっちが責任取らされるんだよ。後輩の死体を見たくないだけさ」
その軽い嘲笑に、綾の拳がぎゅっと震えた。
「照人……どうする?」
「……引こう」
照人は静かに首を振った。
「先輩クランがボスに挑んでるなら、横入りするのもマナー違反だろ。それに、俺たちもまだ第六区画の環境に慣れてない」
「……はぁ~、むむむ~……」
綾は唇をかみしめるが、無理やり進もうとはしない。
縁がすーっと間に入って肩に手を置く。
「今日は第五区画で素材を回収しよう。まだ手薄のルートもあるし、クランの蓄えを増やしたほうが得策だ」
「それに、ホテルにいた先輩クランの人たちに、あとで話聞いてみよ。第六区画の注意点とか、ちゃんと把握してから行こう」
赤坂も冷静に同意を示す。
「……しょうがない。次は絶対うちらが先行ってやる」
綾が不満げながらも、引き下がる。
黒い戦闘服の先輩は、くすりと笑って手を振り、足早に去っていく。
「…俺たちは当分ここで稼ぐつもりだからな」
「じゃ、浮島引き返して、第五区画の巡回ルート戻ろっか。まだ採りきれてない場所あったし」
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