模倣騎士、19
《星燈の湖(ほしびのうみ)》
「湖周辺に展開する神秘系ダンジョン。魔力の流れが濃く、幻惑・浄化・光属性が中心。敵は強力ではあるけど、物理攻撃型は少なめ。何より――」
照人が少しだけ笑って言った。
「今のミームカンパニー、前衛少なめで、魔術師と支援型が多いだろ? だから、ここが一番“今の構成”に合ってると思う」
「だよねー。こうして見ると、今のうちらって前衛より魔術系が多いじゃん? 特に補習組も全員、魔法職でしょ」
綾が指を星燈の湖の部分に置く。
「でね、ここ。魔力の流れが濃いから詠唱練習にもなるし、ピカッてやるのもきっと映える!」
みつきをチラ見してそう言うと、彼女は小さく「……ぴかっ」と口に出して頷いた。
「風の流れも、湖の近くだとよく読めそう。精霊も……いるかもしれない」
つかさがぽそっと付け加えると、柊も静かにうなずいた。
「……確かに」
柊がうなずく。「俺も思ってた。地形が平坦で足場の安定性が高い。詠唱士や光術士にとっては最高の練習場だ」
「 しかもね、ここ! 見て見て、これ!」
綾が嬉々として資料の一枚を掲げる。
「宿泊設備つき! しかも申請すれば、学校が泊まる場所とご飯まで手配してくれるんだって! 露天風呂まであるんだよ!?」
「お前の注目ポイントが一発でわかるな……」
柊が目を細めるが、アヤメは勢いそのままに叫んだ。
「でもそれ、大事だよね! だって変に気を遣わなくて済むし、安心して夜も過ごせるじゃん!」
「……青春の1ページが、泥だらけの飯抜きじゃテンション上がらんしな」
縁が腕を組んでドヤ顔を見せると、みんなの笑い声がこぼれる。
「宿泊施設が整ってて、練習に向いてて、危険度も控えめ。これほど“夏の遠征”向きの場所もないな」
赤坂が冷静にまとめた。
「補習組も全員転職したしな。光術士・詠唱士・風水士、それに俺ら支援職と軽戦士系……魔術型ダンジョンで経験値稼ぎつつ、遠征の手順にも慣れる。アリだ」
照人が真剣な眼差しで、星燈の湖の地図を指でなぞる。
「じゃあ決定?」
綾が声を弾ませて聞く。
「――ああ、ミームカンパニー、行き先は《星燈の湖》。夏の遠征、第一歩だ」
照人の言葉に、三人はうなずき合う。
陽が傾き、ラウンジの窓から差し込む夕陽が、地図の上で水面のように揺れた。
◇教員棟
「よう、ミームカンパニーじゃねえか。申請書……ってことは、ついに遠征行くんだな?」
戦闘訓練科の担当教師・武井剛士。筋骨隆々、腕組みしただけで袖が破れそうなベテラン教師は、照人たちの顔を見てニカッと笑う。
「はい。次は《星燈の湖》に遠征申請します。人数は八名。男女別部屋希望です」
柊が手際よく申請用紙を差し出すと、武井はそれにざっと目を通し、ふむ……と真顔になった。
「《星燈の湖》か。いいチョイスだ。魔術系の練習にはもってこいだし、宿泊施設も申請通れば手配できる。ただし――」
その声が、少しだけ真剣味を帯びる。
「そこはな、《深緑の巡回路》や《灰の坑道》と違って、学校が専用に管理してるダンジョンじゃねぇ。つまり、一般の探索者も普通に出入りしてる場所だ」
「……あ、そういうことか」
照人がぽつりとつぶす。
「だからこれまでのダンジョンじゃ、他のパーティと出会わなかったんですね」
綾が頷く。補習組も口をそろえて「確かに!」と納得の表情。
「おう。いわば、今までのは“学校の訓練施設”みたいなもんだったからな。星燈の湖は、本物の探索者たちが使うフィールドだ。油断すんなよ」
武井は、そこで申請書を一旦机に置いて、全員を見渡した。
「ルールを一つ、しっかり頭に叩き込んどけ。ダンジョン内で他の探索者に会っても、
「不干渉、ですか?」
赤坂が確認するように問い返す。
「ああ。向こうが絡んでこない限り、声もかけるな、ついてくな、助けもしねぇ。お前らは学校の正式な遠征申請者って立場だけど、向こうはそうじゃねぇ場合もある。万が一トラブルに巻き込まれたら面倒だろ?」
「さっきも言った通り――あそこは探索者ならだれでも入れるダンジョンだ。つまり、お前ら以外にも探索者がうろうろしてる。プロもいれば、馬鹿な連中もいる。覚悟しておけよ」
「了解です」
柊が静かにうなずき、他のメンバーも頷く。
「もし、向こうから接触があった場合は?」
縁が重々しく尋ねると、武井は笑って親指を立てた。
「その時は――無視しろ、それでもってんなら、まずはお前らの判断を信じる。信頼してるぜ、ミームカンパニー」
その一言に、照人たちは少し顔を引き締め、同時にどこか誇らしげな気持ちになる。
「先輩たちとかも、そういう所に行ってるんですか?」
照人が思い出したように問う。
「おう。2年や3年の中には《古庭の遺構》や《熾熱の炉底》に行ってる連中もいる。中でも《星燈の湖》は比較的安全で人気も高いから、中級ダンジョンに行く前のバカンス代わりに学校の生徒クランも何組か遠征してる。現地で会ったら、タイミング見てアドバイスもらっとけ。向こうも“後輩だ”って分かれば悪くはしねぇよ」
綾がぱっと顔を明るくする。
「じゃあ、お話とか聞けるかも!」
「まぁな。ただしな――」
武井はそこで少し語気を強める。
「制服は絶対持ってけ。できれば移動中は羽織っとけ。それで“どこの所属か”が一目で分かるからな。余計なちょっかいも減るし、まともな連中なら無用なトラブルは避ける。」
赤坂がこくりと頷く。
「要するに、身分証明みたいなもんですね」
「その通り。制服=“学園の後ろ盾がある”ってことだ。ダンジョン近くのホテルとかも、制服着てりゃ割引が効いたりするぞ」
「まじで!? それ、めっちゃ大事かも!」
アヤメが目を輝かせるが、すぐ柊に小突かれて「いや、そういうとこじゃないだろ!」と小声で訂正。
「まぁ……正直、遠征に出たら学校の保護も完璧じゃない。荷物や金品の管理も、自己責任になる。でも逆に言えば――そこからが本当の探索者への第一歩だ」
武井は、書類に印を押しながら言う。
「じゃあ、準備が整ったら出発しろ。あっちでの生活も戦いも、全部が経験だ。夏休み、有効に使ってこい!」
「はいっ!」
「ミームカンパニー、ここまでの動きは今の2年と比べても早い。だからこそ言っておく。現地で油断すんな。交流はしても、頼り切るな。強くなるのは自分たち自身の足と判断だ。」
「はい……!」
照人たちは、背筋を伸ばして返事をする。
「よし、申請受理。準備整えたら出発していい。星燈の湖――楽しんでこいよ!」
夏の朝。雲ひとつない澄み渡る空が、遠征という旅の始まりを祝福しているようだった。
「よし、それじゃ――出発!」
照人がザックを背負いながら声を上げると、仲間たちが一斉にうなずいた。
出発地点は、見慣れた都市圏の中心駅。
通学で使い慣れた改札を抜け、私鉄を乗り継ぎ、やがて彼らは新幹線ホームへとたどり着く。
制服の上に羽織るカジュアルな上着、ザックに結んだ寝袋や道具袋。見ればすぐに「何かの訓練帰りか?」と思われる風貌の一団だった。
「うっわー! こういうのって修学旅行っぽくない? テンション上がる~っ!」
アヤメが駅のホームで両手を広げて声を弾ませる。
「わかる。お弁当とか持ってきたくなるやつ~」
綾がニヤッと笑ってアヤメの背中を軽く叩いた。
「……浮かれるなよ、まだ目的地にも着いてない」
柊は小さくため息をつきながらも、目元はどこか緩い。頬がわずかにほころんでいた。
「ちょっとはしゃいでるだけだよ~。だって、ちゃんとダンジョンの許可もらって、電車で遠征とか初めてじゃん!」
アヤメが窓側の席を確保し、隣に座ったみつきとハイタッチ。
「俺たち、ちゃんとしたパーティっぽくなってきたな」
赤坂がリュックを抱えて、通路に目を細める。
「……まあ、初級卒業って感じではあるな」
縁は落ち着いた表情でつかさの荷物を棚に押し込み、座席へと促した。
つかさはというと――
「わ……すごい速い……!」
車窓から流れる景色に目を丸くしていた。
照人はそれを見て、ほっとしたように笑みを浮かべた。
電車の中では、進行方向を囲むようにシートを回し、軽い作戦会議も始まった。
武井先生の「制服は移動中に羽織っておけ。学校関係者ってわかれば、余計なトラブルは避けられるからな」という助言を守り、皆揃ってブレザーだけは身につけていた。
「他の探索者とバッティングしても、基本は不干渉って言われてるけど……中には、目立ちたがりもいるんでしょ?」
綾がタブレットで《星燈の湖》の情報を確認しながら言う。
「戦うって感じじゃなくても、張り合ってくるタイプかもな」
照人が肩をすくめた。
「だったら、こっちも負けないって見せてやるだけよ」
綾が不敵に笑って拳を握る。
「それよりさ、詠唱士って実戦だとどれくらい変わるんだろう……?」
アヤメがソワソワと手を動かす。
「詠唱が強くなったって、あやめちゃん言ってたじゃん。どんなの? どんなの?」
みつきが横からぐいっと顔をのぞき込む。
「うふふふ……見せてあげたいけど、まだナイショ! 実戦で初お披露目しようかなーって! 演出も考えてるし!」
ドヤ顔のアヤメに、柊が小さく「詠唱長くしてるだけじゃないか……?」と突っ込みを入れるも、聞こえないフリ。
「ねー、私たち転職したばっかだから、ちょっとは見せ場作りたいよねー」
アヤメが得意げに詠唱のジェスチャーを交えて言うと、
「……電車の中で魔法の練習はやめろ」
柊の声が低くなった。
「……風の気配もね、前よりずっと細かく読めるようになったよ」
つかさが目を細め、木々の間から吹き抜ける風の流れを指でなぞるようにして言う。
「補習組も、なんか頼もしくなったな」
赤坂が少し感慨深げに呟いた。
新幹線を降り、在来線へ。そこからさらにゴトゴトと揺られるローカル線に乗り換えて、一行はじわじわと目的地へ近づいていった。
窓の外――ビル群はいつしか消え、緑の山々と澄んだ空が視界を満たしていく。
風景が変わるたび、メンバーのテンションもじわじわと上がっていった。
「ねねね、なんでさ、《星燈の湖》って“星”なん? ただの水ダンジョンじゃないの?」
アヤメが横揺れに合わせて揺れながら、座席から顔をのぞかせた。
「夜になるとさ、湖の水面に、星が降ってきたみたいに光が浮かぶらしい」
そう答えたのは縁。手にしたパンフレットを広げて、写真を指差す。
「魔素の濃度が高くて、その反応で光が散るんだと」
「……ロマンチックだね」
みつきが窓に頬を寄せる。そこに映る景色は、都会にはない柔らかな緑。
「魔素濃度が高いってことは……支援系や回復系の術式効果が増幅する可能性があるな」
柊がぼそりと呟く。分析モードに入った顔つきは、すでに戦術家らしい鋭さを見せていた。
やがて、列車がゆるやかに減速をはじめ――
キィィッ――とレールの金属音が鳴ったあと、小さな湖畔の駅へと静かに滑り込んだ。
駅舎は木造で、観光地らしい看板がひっそり掲げられている。周囲にはコンビニもなく、空には鳥の声と虫の音。
だが、空気が違う。湿り気を帯びた森の匂いと、どこか懐かしい湖の風が、肌を撫でた。
「……ついたな」
照人が一言つぶやいた。
その声に、誰からともなく頷きが返る。
みんなの視線の先には、まだ見ぬ《星燈の湖》。
輝きの奥にある、戦いと成長の舞台が――確かに広がっていた。
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