模倣騎士、13

【第六区画:翠の吊り橋】


ダンジョンの奥へと続く道を抜けると、視界が一気に開けた。


切り立つ崖と崖のあいだを、何本もの細い吊り橋が結んでいる。まるでクモの巣のように張り巡らされたその光景は、美しさと同時に、本能的な恐怖を呼び起こす。


「うっわ、これ……ガチで落ちたら即アウトなやつじゃん……」

綾が顔を引きつらせ、谷底を覗き込みながら後ずさる。


風がうねり、木々の葉が舞う。遥か下から吹き上げてくるその気流が、吊り橋をわずかに揺らしていた。


「板の間隔、広いな……ロープのテンションも甘い」

柊がしゃがみ込み、橋の結び目を指で確認する。

「重量装備で乗るのはリスク高い。縁、お前が渡ったらマジで橋落ちるぞ」


「……じゃあ俺、ここで待機ってことで……」

縁は無言で後ずさるが、すかさず――


「ダメです!」

アヤメがピシッと指を差す。


「いやいやワタシも無理だってば!魔法ぶち込むと反動で吹っ飛ぶの!ていうか高いとこマジでムリ!」

綾も吊り橋を指一本でちょんとつつき、揺れるのを見て顔を引きつらせる。


「苦手なもの、多すぎじゃない……?」

赤坂がぽそっと呟く。


 


 その時、前方から風がふわりと吹き抜けた。


「……ん。風、変わった」

 つかさがピクリと耳を動かした。


「つかさ、何かわかった?」

 照人が横から声をかける。


「うん。風の流れが、吊り橋の向こうから……来てる」

 つかさは目を細めて、耳を澄ます。

「あそこ。三番目の橋、風が一番強く当たってる。たぶん……そこに何かいる」


「風使い系の敵か……位置取りで崩される可能性もあるな」

 柊がすかさずメモを取り出す。


「となると、先行は軽量組だな」

 照人が手をあげる。


「俺が先導する。つかさ、風の流れを読みながらついてこい。残りは柊の指示で順次な」


「うん、任せて!」

 つかさはぴょこっと飛び跳ねるように照人の後ろへ。




照人が吊り橋を踏み出すと――板がギィ、と軋んだ。


「ふわっ……!」

 風が吹くたびに橋が揺れ、照人は体をしなやかに傾け、重心を巧みに移していく。


そのすぐ後ろ――猫のように体を低くして駆けるのは、つかさ。

小柄な体躯と風読みの勘が冴え、吊り橋の揺れさえ彼にとっては“情報”だった。


「……すげぇな、二人とも。軽業師でもやってたのかよ」

 縁が呆れ混じりにぼやく。


「そっちが重装歩兵なだけだよ!」

 綾が半泣きで橋の前で震えている。


「そっちが戦車すぎんのよ!ドカドカ音すごいし!」

 綾が吊り橋の前でプルプル震えながら叫ぶ。


「綾、渡るならロープ寄りを歩け。中央より安定する」

 柊が冷静にアドバイスを送る。


「わ、わかった!じゃあ……ロープ、触っていい?汚れてない?虫いない?」


「見ろよこの顔……もうほぼパニックだな……」

 赤坂が半分引きながら綾の背を軽く押す。


「だ、大丈夫!虫はいないし、ドロドロでもない……はず!」

 つかさが振り返って、励ますように両手で○を作って見せた。


「つかさ……!好き……!」

「えっ……えぇぇぇ!?!?」

 


つかさの耳が真っ赤に染まる。


そんなわちゃわちゃの中でも、メンバーは一人ずつ、慎重に吊り橋を渡っていく。


だがその時――風が強くなった。吊り橋が大きく揺れた直後――


「上っ!!」

 照人が鋭く叫んだ。


 ギャアアアア――!

 空中から突っ込んできたのは、鳥型魔物。鋭い嘴と鉤爪を備え、風を纏うように滑空してくる。


「うわっ!? 来る来る来るぅぅぅ!!」

 綾が悲鳴を上げながらロープにしがみつく。


 照人は吊り橋から――離れた。


「ちょ、あいつ跳んだ!?橋の上で跳んだぞ!?」

 柊が目を見開く。


「マジでそういうの心臓に悪いって……!」

 縁が顔を背けて叫ぶ。


だが、照人は落ちない。

ロープを軽やかに蹴り、支柱へと飛び移る。くるりと宙返りしながら――


「ミームナイトの一撃、見せてやるよ」

 剣が閃光を描き、魔物の翼を両断する。

 


 鳥型魔物の翼に直撃し、羽根が散った!


「ギィ――――!!」

魔物がバランスを崩し、羽根を撒き散らして落ちていった――が。


「もう一体!別角度から来るよ!」

 つかさの叫び。風が一気に押し返すように変わる。


「待って、それなら……わたしの出番っ!」

 みつきが胸の前で手を組み、叫ぶように唱える。


「《光精霊たちよ、導きの瞬きを――》ピカッ!!」


 炸裂する閃光。魔物が眩しさに目を細め、空中でバランスを崩した――そこへ。



「ナイス、みつき!」

 照人が滑り込むように支柱から宙返りで戻り、吊り橋の上に着地――。


 そのまま、揺れる橋の勢いを利用して魔物の腹に二撃目を叩き込む!


「はあああっ!!」


 剣の一閃。ミームナイトの特性、記憶再生の踏み込み。

 動きがまるで“最初からこうだったかのような”完璧さで、魔物の腹をえぐる。


 鳥型魔物が断末魔の声を上げ、谷底へと落ちていった。


「――討伐完了、っと」


 


橋の上に着地した照人。その背後で、橋がまたギィと揺れる。


「いや、お前……忍者かなんかだった?」

 縁が口をパクパクさせる。


「ふっ。見たか、これがミームナイトの柔の剣」

 照人が汗をぬぐい、ドヤ顔で決めポーズ。


「ちょ、橋揺れる!マジ無理!ワタシ、精神崩壊しかけてるんだけど!?!?」

 綾が橋に張りつきながら、半泣きで叫ぶ。


「あと何本あるの、この橋……精神ポイント、ゼロです……」

 縁が蒼白な顔でつぶやく。


「と、とにかく!照人くんカッコよかったよ!わたしのピカッも、役立ったよねっ!?」

 みつきがぴょんぴょん跳ねる。


「ああ、完璧だった。あれなかったら危なかった、完璧なサポートだったよ」

 照人が笑って、サムズアップ。


「やったー!わたし、今日主役級だった~!」


「……って、おーい。戦いはこれで終わりじゃねぇぞ。先に進むぞ」

 柊が冷静に前を指差す。


 吊り橋はまだ続いている。

 第六区画、空中の戦いはこれからが本番だった。



 照人とつかさが先行し、敵の気配を探る。柊は仲間の動きと揺れのタイミングを見て指示を飛ばす。縁はロープを両手で握りしめながら一歩一歩、橋を軋ませて進み――


 風が、うねるように吹き上がる。

 橋がギィィと音を立て、横揺れが増す。

「来る――風使いだ!」

 柊が前方を指差す。


 吊り橋の中ほど、太くねじれた樹皮を纏う魔物――風使いのトレントが立ちはだかっていた。

 その巨体から生える無数の枝が、まるで腕のように揺れ、風を巻き起こす。


 しかも、上空にはさっきの鳥型魔物とは別種の、滑空タイプが数体旋回していた。


「なんかこれ、ゲームなら完全にボス前イベントみたいな揃い方じゃない……?」

 綾が引きつった笑みで呟く。


「足場が不安定な上に空中戦……って、俺が一番向いてない地形じゃねえか……!」

 縁が盾を橋にゴンとぶつけるように構え、警戒する。


「つかさ、風の流れ、読めるか?」

 照人が横目で声をかけた。


「うん。なんか変な渦ができてる!あれ、たぶん橋をわざと揺らしてるよ!」


 トレントの枝がゆらりと動いたかと思うと――。


 ズドン!と突風が発生!吊り橋が横に大きく揺れる!


「わわっ!? うわああああっ!?!?」

 綾がぐるぐるロープに巻きついて空中で回る。


「おい暴れんな!落ちるぞ綾!!」

 縁が無理やりロープをつかんで体勢を整える。


「落ちるかと思った……!無理、虫より風が嫌いになりそう……!」



 その隙を突いて、鳥型魔物が突っ込んでくる!


「斜め上からくるよ!二時の方向!」

 つかさが声を張り上げる。


 照人は橋の揺れに合わせ、タイミングを見て――跳躍。


「つかさ、合図頼む!」


「今っ!」


「おおおおらあっ!!」


 鳥型魔物の頭上から、照人が空中一回転で飛び込み斬撃!

 片翼を切り裂き、そのままトレントの頭上へ着地――!


「今だ、照人!一気に潰せ!」

 柊が指示を飛ばす。


「了解!いっけええええ!!」

 橋の支柱を軸に跳び、照人の剣がトレントの風生みの枝へ突き刺さる!


 

 ズバァッ! 


 枝がへし折れた!

 風の渦が崩れ、吊り橋の揺れが弱まっていく。


「ナイス!崩した!」

 柊が拳を握る。




「じゃあ今度は……私の出番だよねっ!!」

 綾が枝に火球を打ち込む。


「《イライラの具現化ーッ!》…火力ゴン詰めギャルスフィア―!!」


 トレントの身体が燃え上がり、悲鳴のような風を撒き散らした。


「……動き止まった!照人、もう一発いける!」


「任せろ、いっけえええ!!」

 照人が跳び、最後の一閃――!


 剣が根元を断ち切り、風使いのトレントが倒れる!


「――討伐完了!!」


 

 風が止んだ。吊り橋が、静かに揺れを収める。



「ふぅ……風が止まるだけで、こんなに平和なんだな……」

 縁が重装を引きずりながら腰を下ろす。


「うぅ……ロープの跡が体に……あとで湿布貼ろ……」

 綾もへとへとでへたり込んでいる。


「つかさ、すげーな。風の流れ、完璧だったぞ」

 柊がぽんとつかさの肩を叩く。


「えへへ、役に立った~?」

 つかさが嬉しそうに目を輝かせる。


「立った立った。つかさ、俺らの風読み担当決定だな」

 照人がにっこり笑う。


「わたしのピカッは!? さっきからちょいちょいピカッってしてるけど!?」

 みつきがぐいぐい前に出る。


「うんうん、ピカッはずっと助かってる。いざってときに光ってくれ」

「それ、ほめてる……??」

 


 仲間たちが笑い合いながら、次の橋へ進む準備を始める。


 翠の吊り橋、突破まであと少し――。





「吊り橋攻略……完了……」

 縁が最後に渡り切った瞬間、思わず座り込んだ。


「な、なにこれ……高所恐怖症じゃないけど無理……!」

 綾もその場にへたり込む。


「はぁーっ、ここ、ヤバいね……」

 アヤメが呼吸を整えながら、森の奥を見やった。


 その視線の先――風の唸りの中、なにか大きな気配が待っていた。


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