模倣騎士、12

静かに、だが確かに――空気が変わった。


柊の瞳が鋭く光り、戦術家としての視線が戦場を切り裂く。

幻影たちの動き、照人たちの立ち位置、補習組の焦り――

 自らの幻影と、照人・縁・綾・赤坂――そして補習組の幻影の動きを、次々と分析していく。


「……模倣には、限界がある」


それは《戦術家》としてのスキル――“観測”が導き出した答えだった。


「全員、聞け!」


一斉に注がれる仲間たちの視線。

この瞬間、柊は“頭脳”として戦場を支配する存在に変わった。


「敵の動きは、こっちの“最適解”を模倣してくる。だったら――“わざと外せ”。フェイントと錯乱でズラしながら、叩け!」


「“ミスに見せかけた囮”ってことか……!」

照人が目を見開く。


「そう。補習組はあえて隙を作れ。敵がそれに反応した瞬間、全員でフォローして叩く! 予測できるなら、カバーはできる!」


「うわっ、かっこいい……!」

アヤメがうっとりと呟く。


「~~~い、言うなッ!! いいから集中しろ!!」


「でも顔は真っ赤~♪」

綾がちゃかして、柊がそっぽを向く。


「だから女子は苦手なんだよっ……!!」


照人が笑って手を掲げる。


「よし、作戦乗った! 順番は……俺、綾、縁、柊、赤坂、そして補習組な!」


「よっしゃー、久々に全力の火球ぶっぱなすチャンスきたー!」

綾が詠唱の準備に入る。


「頼むぜ、暴発だけはなしな……!」

 縁がちょっと引き気味だが頼もしさもある。


「いっけー、ド派手にやっちゃってー!」

 アヤメがテンションだけは高い。


「……やれやれ。じゃあ俺も本気出すか」

 赤坂がフードを深く被り直す。


 


 ――そして。


「今だッ!!」

柊の声が、戦場に火をつけた。


補習組の3人が、あえてバランスを崩した構えを取る。

幻影たちが一斉に反応――それが罠だった!


「《ミーム・スラッシュ》!」

照人の刃が敵の鎧を割る!


「《お団子・ふぁいやー》……爆ぜろっ!」

綾の魔法が地面を爆発させ、幻影たちを揺らす!


「そこっ、もらったぁ!」

縁の斧が敵・照人の足元を砕くように振り下ろされる!


「誘導完了……爆破」

赤坂の地雷が正確に敵・赤坂を吹き飛ばす!


「いいぞ……あと少しで“模倣戦”を抜けられる!」


 


だが、最後に残った“柊の幻影”が、じりじりと照人へと迫る。


「ここは……俺がやる!」

柊が一歩前に出る。


「マジか!? それ“同キャラ対決”だぞ!?」

縁が驚く。


「いいんだよ……参謀兼書記の仕事は、リーダーを守ることなんだからな!」


柊の目が、冷静に、自分自身を読み切っていく。


「――“今の俺”なら、こう動く……だからこそ――!」


「《スモークショット》!」


煙玉が炸裂。

幻影・柊が反応しきれず、咳き込むように身をよじる――その一瞬!


「そこだぁっ!!」

柊の足払いが幻影を崩し――


「任せたッ!!」

照人の斬撃が、正確に突き刺さる!


幻影が霧のようにほどけ、消えていく。


「ナイスアシスト!!」

照人が叫ぶ。


「当然だろ……これが戦術家だ!」

柊の口元に、わずかに勝ち誇った笑みが浮かぶ。


この一戦で、彼らは“模倣”の呪縛を打ち破った。

それは、クラン《戦え! 本気で笑え!》の“初めての勝利”と呼ぶにふさわしい、連携の証だった。


 ついに、すべての敵を撃破した。


「はぁぁあああ〜〜……終わったぁぁ……!!」

アヤメが泥まみれでその場にへたり込む。


「すごい……ほんとに……勝てたんだ……」

みつきがぽかんとした顔で、まだ夢の中みたいに空を見上げる。


「つ、つかさ! 風なんて読んでる場合じゃないってば!」

「えっ、でも……今の風、ちょっと違ってて……。なんか、こう、“勝利の風”っていうか……」

「それっぽいこと言っとけばいいってわけじゃないからねー!?」


 


柊が、みんなの方を見ずに、ぼそっと言った。


「……あー、その。……おまえら、最後まであきらめずに喰らいついてきたから……

……だから、俺もちょっとだけ――やる気、出た。……ありがとな」


「お、素直じゃーん」

「ギャルは怖いんじゃなかったのぉ?」

「うるっせぇえええ!!!」

耳まで真っ赤にして顔をそらす柊に、綾が肩をすくめて笑う。

 


こうして、“自分自身”との戦いは終わった。


風が止まり、森は――静かだった。

あれほど喧騒に満ちていた空間が、今は息をひそめるように、音を消していた。


木々の幹には、脈打つように古代の記録が浮かび上がっている。

まるで、“何か”を覚えようとしているかのように。


「へぇ……これ、ホンモノの“記録”だったんだな……」

縁が、手袋越しに幹をなぞる。しっとりとした木の呼吸のような温もりを感じた。


「“記録の木霊”って、ネーミングガチだったんだね~」

綾が写真をパシャパシャ撮っている。

「これさ、あとでフィルタかけて背景にしよ。バトルの余韻ってやつ」


「その使い道、正解なのか……?」

赤坂がいつも通りぼそり。




 


 一方、補習組はというと――


一方そのころ、補習組は――


「うわっ! この幹の模様、ちょっと光ってる! みつきーっ、早くきてきて!」

「ちょ、ちょっと揺らさないでっ!今ちょうど写メが……あああ!ブレた!!」


「でもなんか……この木、低周波っぽい音がしてない……?」

つかさが木にぴとっと耳をあてている。


「わ、わ、耳ぴょこぴょこしてる~。ショタ耳、かわいい~」

アヤメがじーっと見つめて、つかさが小動物みたいに縮こまる。

「やめてくださいぃぃぃ……!」

 


 そんな様子を、柊がちょっと距離を置いて眺めていた。


「……ふーん」


「なに、見惚れてんの?」

綾が背後からヌッと顔を出す。


「み、見惚れてねぇよ!」

すごい勢いで否定しながら、耳はしっかり真っ赤だった。


「ふふっ。そういう“バカみたいに仲良い空気”、ちょっと好きでしょ?」

「……うるせぇ」

「ワタシもだいぶ好き。バカっぽくて」

「俺も……まあ、ちょっとだけ」





そのとき、照人が皆に声をかける。


「なあ、これ。見てくれよ」


彼が指さした木の幹には、他とは明らかに異なる記号が浮かんでいた。

それは“クラン”という言葉に酷似した古語。そして、その下にあったもうひとつの文様。


「……これ、“誓い”って意味に近い」

縁が、静かに頷く。


「この森、“何かを始めたやつら”の記録を……ずっと残してるのかもしれねぇな」


「うっわ~、キザ~」

綾が笑いながらも、その表情はどこかまっすぐだった。


「でもさ。始まったばかりの俺たちのクランが、この森に覚えてもらえたんなら――

ちょっと、カッコよくね?」

照人がふっと笑う。


「それっぽく、締めやがって……」

柊がメモ帳を開きながら、肩をすくめる。


「そういえばっ!」

アヤメがぴょこんと跳ねる。


「もうすぐだよ!? 私たち、初期職Lv10いくんじゃない!? ね、みつき!?」


「マ、マジで!? 本当に!? うわーっ、スマホスマホ!」

みつきが目をキラッキラにして駆け寄ってくる。


「つかさ!風の流れどう!?レベルアップの風、吹いてる!?」

「えっ……えっと……風が……ワクワクしてる……ような気が……!」

「気のせいですねぇ!」


「……まあ、でも。次で……たぶん、全員初期職、卒業だ」

 照人がしみじみとつぶやいた。


 木々の間を、ふいにそよ風が抜ける。


「……風も言ってる。次、ちゃんと乗り越えたら、本当に“始まる”んだって」


「いい風だな」

 縁が空を見上げた。


「よっしゃ。じゃあ次でぶっちぎろうぜ!」

「うぉぉーっ!」

 アヤメが盛大に拳を上げる。


「お、おう……テンション高っ……」

 赤坂がちょっと引き気味にその拳を見ていた。


「しっかり記録も取って、次の区画に備えるぞ」

 柊がすでにノートを開いてメモを取り始めていた。


「はいはい、書記さんお仕事頑張って~」

 綾が肩をポンポンと叩く。


「……“参謀兼書記”な。間違えんなよ」


「んふふ、期待してるよ~」


 記録の木霊――その森に、確かにひとつ。新たな“記録”が刻まれた。

それは、“変わり者と元・落ちこぼれたち”のクランが歩き始めた物語の、はじまりのページだった。

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